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日本初のカンヌ最優秀女優賞。『急に具合が悪くなる』岡本多緒に独占インタビュー!

  • 2026.6.10
Yutaro Yamane[TRON]

今年5月に開催された第79回カンヌ国際映画祭で日本人女性初の快挙を果たした、俳優・岡本多緒さん。濱口竜介監督の最新作『急に具合が悪くなる』で、ヴィルジニー・エフィラとともに最優秀女優賞を受賞したばかり。

『急に具合が悪くなる』は、ある老人介護施設を舞台に、日仏のふたりの女性――施設のディレクターであるマリー=ルーと、末期がんで余命僅かな舞台演出家の真理の出会いを描いた作品だ。ひょんなことから出会ったふたりは、ままならない現実のなかにあって、「幸福な世界」の実現を諦めずに模索し続ける同志のような関係を築いてゆき、それが一筋の希望を照らし出してゆく。

自身が演じる真理役を「こんなにも自分と重なる役は初めて」と語る多緒さん。環境問題に取り組むアクティビストとしても知られる彼女は、作品が描き出す社会について、その中で軽視され傷つけられている様々なものについて、どんなことを感じたのだろうか。

5月に開催されたカンヌ国際映画祭の授賞式にて。主演のふたりによる最優秀女優賞W受賞は感動を呼んだ。 Andreas Rentz / Getty Images


「この役をできるのは私しかいない」と直感

――濱口竜介監督との出会いについて、過去の作品の感想や、出演の経緯、オーディションの様子など、心に残ってるものを教えてください。

私は『ウルヴァリン:SAMURAI』(2013年)というハリウッド映画でデビューしたのですが、そこからイメージを広げたい気持ちがすごくありました。特に活動拠点を日本に移すにあたって、どうすれば日本映画の世界に入っていけるのか、試行錯誤しながらずっと考えていました。濱口監督の作品はもちろん大好きでしたが、まだ遠いところにいる気がしていたので、この作品のお話で「お会いできるかも」と聞いた時は「まさか!」と思うほど嬉しくて。監督は『ウルヴァリン:SAMURAI』で私を知ってくださったそうなので、縁とはわからないものだなと思いました。

――ちなみに濱口作品で一番のお気に入りは?

あえて一番を決めるなら『悪は存在しない』('24)でしょうか。でも『偶然と想像』('21)も好きだし、『寝ても覚めても』('18)も好きです。この作品もそうですが、キャラクターとの距離感が、近すぎず、かといって突き放しもしないのが心地よくて。メッセージ性は強いのに押し付けがましさがないのも、監督のお人柄に通ずるところもあるんだろうなと思います。

『急に具合が悪くなる』で岡本はパリを拠点とし、闘病中の舞台演出家を演じる。 © 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners


――実際にご自身がその世界の住人になったわけですが、どんな現場で、どんな感想を持ちましたか?

リハーサル期間中も、撮影が始まるのが楽しみでしょうがないという感じでした。ヴィルジニーさんとの出会いも映画そのままに、短い間にぐっと距離が近くなりましたし、本当に日々楽しくて。でも現場では、これまでの作品でついた癖のようなものを指摘されることも、毎日ありました。そういう楽しさや難しさも含めて、モチベーションをずっとキープできる刺激にあふれていましたし、チームのなかでこの作品に対する漠然とした信頼感があったんです。「楽しい」は漢字では「楽(らく)」と同じですが、決して楽(らく)ではないんだけれど、気持ちとしてはリラックスした状態で毎日望める環境もとてもありがたかったですね。

――「クセを指摘される」というのは、濱口監督独特の「感情を乗せずにセリフを読む」訓練を重ねたという感じでしょうか?

そうですね。当初は「監督はこの方法で何を見ようとしてるんだろう?」と探っていたのですが、「1000本ノック」をずっと続けるうちに、監督は声を聞いているんだなと感じました。アメリカでも声に重点を置くアクティングコーチのもとで学んでいたこともあり、自分なりに大切な要素だなと思っていましたが、特に濱口監督のなかでは「いい声」という明確なものがあって、それを目指すという作業だったのかなと思います。言語化までは至っていませんが、徐々に「こういうことかも」と監督の考えが見えてきた気がします。

真理と深い絆を築く、療養施設の施設長マリー=ルーを演じるのは、ヴィルジニー・エフィラ。 © 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

――この脚本の感想というのはどんなものを持ちましたか?

「こんなにも自然に役に入っていける作品があるんだ」と思いました。創作されたキャラクターを演じる上で、少なくとも1~2か所、多ければ半分ぐらいは「何でこういう言動をするのだろうか?」と自分に落とし込みきれない、理解が及ばない部分がどうしても出ると思うんです。でも今回は、真理が普段から考えていることが自分とかなり近く、直感的に「この役をできるのは私しかいないんじゃないか」とまで思えたのは、初めての体験でした。

――ご自身と真理の考えの近さを強く感じたのは、どんな部分でしょうか?

「不可能なことは不可能です。可能になるまでは。可能への抜け道は、見つけたときだけ、もとからあったとわかる。やってみないと、それは一生わからない」というセリフは、私の人生にも通じているように思えるし、世の中はそれの連続だなと。でも「小さな世界で自分を嫌いにならずに生きていく方がいいんじゃないか?」と思う瞬間や、そういう休息の日々が必要だなと思う時もすごくあります。外に向けて闘ってばかりいると滅入ってしまうし、すり減ってしまうので。そういう哲学的なメッセージも含めて、普段から自分が考えていることが、真理を通じて描かれているように感じましたね。

――夜中にマリー=ルーと話す「自分たちの苦しみの根本にある、資本主義の罠について」は、多くの観客が「そのとおりだな」と思いながら見る場面だと思います。あの場面はどんなことを考えながら演じていましたか?

あのシーンは本当に「真理は私だ!」と感じた場面で、強く印象に残っています。誰もがなんとなく感じつつも「今更何を言ってもしょうがない」と諦めていることを、ああいった形で整理して言語化することで、多くの人が「なるほど」と理解するのではないでしょうか。かといって「答え」が出せる訳ではないので、じゃあどうすれば?みたいな部分もリアルです。とても挑戦的なシーンだと思いますが、そこに役者として携われたことは本当に嬉しいです。

© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

ハリウッドから日本に拠点を移した理由

――ちなみに活動拠点をアメリカから日本に移したのは、なにか心境の変化があったのでしょうか?

私はハリウッドを目指して渡米したのではなく、たまたまそこに放り込まれてしまった感じだったんです。ですから当初は、周りが「すごいね!」とか「ビッグディールだね」とか言ってくれることに、ただ流されていたんですよね。でも大人になってだんだんと見えてくるものもありました。その過程でコロナ禍のアジア人差別が起こったときに、ハリウッドで俳優として働くことの責任についてすごくシリアスに考え始めてしまったんです。映画やドラマなどの作品で、自分が体現してきた「日本人女性」「アジア人女性」のイメージは、主にアメリカにおいてどういう影響を与えてきたんだろうと。

――欧米の映画のなかにありがちな「日本人女性」「アジア人女性」を、そのまま演じることに抵抗があったということでしょうか?

「アジア人女性=支配しやすい対象」というステレオタイプの役を演じることで、そうしたイメージを描き続けるシステムのなかに巻き込まれてしまったんだなと。それが現在も続くアジア人差別を継承しているのではと感じたんです。同時に、自分のなかに「日本人のステレオタイプ」に通じる「日本人らしさ」のようなものがあるにしても、「やっぱり違う」と思うことが多くなっていったんですね。

そんな時に、大規模な作品のオーディションでまさしくそのイメージを助長していると感じたシーンがあったんです。勇気を出して監督やプロデューサーに「なぜですか?」と尋ねてみたんですが、相手には全く響いていないことにショックを受けて。もちろんそういう人ばかりではないですが、「マス的にウケるのはこういうもの」という実態があるわけです。私はそういう世界に属して、こういう日本人女性像、アジア人女性像を伝え続ける存在ではいたくないと思い、日本に帰る決断をしました。

Yutaro Yamane[TRON]

――岡本さんが環境保護をはじめ様々な社会運動をされる中で、擦り切れずにいられる理由はなんですか?

戦争などが実際に起きている今の時代、そうした社会状況にセンシティブに反応しがちなアクティビストたちのなかには、活動するのが苦しいと感じている人もすごく多いです。それこそ自分の気持ちや活動をどうサステナブルにしていくかは、永遠のテーマであると同時に、今まさにホットな話題なんです。

思うに、一度活動から離れてもいいのかなと。私自身アメリカにいた頃は、流れてくるニュースに常に一喜一憂しつつ、それをきっかけに新たな学びや知識を得てゆきましたが、自分が「優しい人間だったか?」と問われれば、必ずしもそうではなかった気がします。「社会や世界が良くなるためにこうなるべき」という考えは先鋭化しがちで、私もそういう傾向が強かったなと。

最近は、自分がもう少しゆったりと優しい気持ちで携わっていた方が、長く活動を続けられるのではないかと感じます。

© 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

――真理にも「(他者を犠牲にすることのない)小さな世界で、自分を嫌いにならずに生きていく、それも正解だと思う」というセリフがありましたね。

フランスの啓蒙思想家ヴォルテールの、『カンディード』という小説があるんですね。主人公カンディードは社会への関心を持たず、自分の庭の杏や梨の木の成長ばかりを気にかけているので、ある人が彼に議論を仕掛けるんです。すると彼は「ご説ごもっとも。ともあれ、私たちは自分の庭を耕さなければならない(Cela est bien dit, mais il faut cultiver notre jardin)」と答える。つまりカンディードは、自分と家族が食いっぱぐれずに生きていくことに集中しているんです。誰もが彼みたいに生きていたら、それはそれで素敵な世界なんじゃないかーーそういう極論もあるんですよね。

自分と社会の関わりは、テーマによっても違うし、人生のどの局面にいるのかによっても違ってきます。今の私は、一時の強い怒りのエネルギーよりはちょっと落ち着いたところにいると思うんですが、これがまた再燃する可能性もあるし、なにか違う形で進化できるかもしれないし……どうなっていくかは、まだわからないです。そうやって常に人々が自分の生活と折り合いをつけながらこの社会に携わっていくことで、私たちは不満や怒りを良い変化に繋げられたり、癒しや助け合いの中で何かを守っていくという事が可能になっていくのではと考えています。

Yutaro Yamane[TRON]

――この映画がたどり着くテーマ「境界をなくすこと」について。今の時代は、人と人、国と国、宗教と宗教などが境界によって分断され、憎しみや争いが絶えません。そういう時代において「境界をなくす」という概念は、どんなものをもたらすと思いますか?

本当にいろんなテーマが詰まってる作品なので、観た方それぞれがその人生のポイントでそれぞれに受け取るものだと思うんですが、真理とマリ-=ルーが惹かれ合ったように、お互いに興味を持ち、相手を知りたいと思う気持ちが大事なのかなと。差別やヘイト、ひいては戦争を引き起こすものの根本には、「知らない」という恐怖があると思うんですが、じゃあ「どうして知らないのか?」といえば、興味を持とうとしないから。日本でも今、移民問題などで極端に排他的な動きもありますが、異文化や異質なものをただ毛嫌いするのではなく、「この人たちはどうしてこういう考えをするんだろう?どうして違う文化なんだろう?」と、少し興味を持って話しかけてみる、調べてみる、みたいなことで、社会はかなり良くなっていくんじゃないかなと。

『急に具合が悪くなる』チームとともに。第一子妊娠中という特別な瞬間に、カンヌの舞台で笑顔を届けてくれた。 Stephane Cardinale - Corbis / Getty Images

――今年5月に開催された第79回カンヌ国際映画祭にて、日本人初となる最優秀女優賞を受賞されました。共演のヴィルジニー・エフィラさんとのW受賞という、まさに歴史的な快挙を果たされたばかりです。

受賞についてはいまだに実感がありません。一生実感できないのではないかと思っているくらいです。でも、この映画をより多くの方に観ていただけるきっかけになれば嬉しいなと思っています。

ジャケット¥107,800 パンツ¥48,400 ドレス¥55,000 /すべてMame Kurogouchi(マメ クロゴウチ オンラインストア)ピアス 右¥924,000 左¥2926,000/共にREPOSSI(レポシ 日本橋三越本店)シューズ¥185,900 PIERRE HARDY(ピエール アルディ 東京)

PROFILE

TAO OKAMOTO
1985年5月22日生まれ、千葉県出身。14歳で日本でモデルデビュー。2006年に渡仏しパリコレに参加。その後 “TAO”名義で、パリ・ミラノ・ロンドン・ニューヨークと数々のトップメゾンのショー、雑誌、ワールドキャンペーン広告に多数出演し、トップモデルとして活躍。13年に、米映画『ウルヴァリン:SAMURAI』(ジェームズ・マンゴールド監督)でヒロイン・マリコ役に抜擢され、スクリーンデビュー。その後、ドラマ『ハンニバル』シーズン3(15)、『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(16/ザック・スナイダー監督)、『マンハント』(17/ジョン・ウー監督)、ドラマ『ウエストワールド』シーズン2~3(18-20)、『沈黙の艦隊』(23/吉野耕平監督)など国内外の作品に出演。23年より、拠点を日本に移し、本名の“岡本多緒”として活動をスタート。同年に自身で初めて監督・脚本・主演を務めた短編映画『サン・アンド・ムーン』が、第36回 東京国際映画祭 Amazon Prime Video テイクワン賞のファイナリスト作品に選出。監督3作目となる短編映画『マイ・スウィート・パーラ』が第20回札幌国際短編映画祭で最優秀子役賞を受賞するなど、多岐にわたって活躍中。

『急に具合が悪くなる』6月19日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

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