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宇宙を終わらせる「真空崩壊理論」を原子の輪で確かめた――終末の種は量子トンネルから来た

  • 2026.6.9
宇宙を終わらせる「真空崩壊理論」を原子の輪で確かめた――終末の種は量子トンネルから来た
宇宙を終わらせる「真空崩壊理論」を原子の輪で確かめた――終末の種は量子トンネルから来た / Credit:Canva

私たちの宇宙は「仮初めの安定」の上に成り立っているだけかもしれない——物理学にはそんな恐ろしい理論があります。

中国・清華大学で行われた研究により、宇宙を終わらせうるとされる「真空崩壊(偽真空崩壊)」の理論的シナリオを、わずか16個の「原子を輪」で再現することに成功しました。

研究では、今の安定状態に終末をもたらす「終わりの種」が量子トンネル効果で出現し、そこから崩壊が広がっていく様子が示されています。

さらに研究では、今の安定状態の様子によって、崩壊が劇的に変わるという、予想を超えた現象も報告されました。

この研究は2026年3月27日に学術誌『Physical Review Letters』に掲載されました。

目次

  • 宇宙はすでに何度も「生まれ変わっている」
  • 私たちの宇宙に相転移が起こるかもしれない
  • 原子の輪で「小さな宇宙の終わり」を作る
  • 私たちの宇宙は、終わるのか?

宇宙はすでに何度も「生まれ変わっている」

宇宙はすでに何度も「生まれ変わっている」
宇宙はすでに何度も「生まれ変わっている」 / Credit:早稲田大学

宇宙は安定している——私たちは何となくそう思って暮らしています。

物理法則は昨日と同じように今日も働き、明日もそうだろう、と。

でも実は、宇宙はこれまでに何度も根本的な「生まれ変わり」を経験してきました。

誕生直後の宇宙は、今とはまるで別世界でした。

現在の宇宙を支配する4つの基本的な力——重力・電磁気力・強い力・弱い力——は、もとは1つにまとまっていたと考えられています。

ところが宇宙が冷えるにつれ、力は次々と「分離」していきました。

まるで水蒸気が冷えて水になり、さらに冷えて氷に変わるように。宇宙もまた、温度が下がるたびにまったく別の姿に変わったのです。

物理学ではこれを「相転移」と呼びます。

ある転移では、粒子が質量を獲得し、別の転移では、物質の基本粒子であるクォークが閉じ込められて陽子や中性子が生まれました。

そしてさらに冷えると原子が形成され、宇宙は初めて「光が通る透明な空間」になったのです。

ここで注目してほしいのは、こうした「衣替え」が起きるたびに、宇宙のルールが根本から変わったという事実です。

前の時代で見えていた粒子の振る舞いや力の現れ方が、次の時代には大きく変わりました。そのたびに、前の時代の「安定」は消え去ったのです。

さて、ここで素朴な疑問が浮かびます。

今の宇宙のルールは、本当に「最終版」なのでしょうか?

宇宙はこれまで何度も衣替えをしてきました。

でも、今着ている服が最後の一着であるという保証は、実はどこにもありません。

もし「次の衣替え」があるとしたら——それはどうやって始まるのでしょうか?

私たちの宇宙に相転移が起こるかもしれない

私たちの宇宙に相転移が起こるかもしれない
私たちの宇宙に相転移が起こるかもしれない / Credit:Canva

この問いに答えるには、物理学でいう「真空」の意味を知る必要があります。

物理の真空とは「空っぽの空間」ではなく、「これ以上エネルギーを下げられない、いちばん安定した底」のことです。

安定な底にいるなら終末が訪れなさそうに思えますが、問題は底が1つとは限らないことです。

あなたが今、ある谷の底にいるとしましょう。

見渡すかぎり山に囲まれていて、ここが一番低い場所に見えます。

けれど山の向こう側に、今いる谷よりもっと深い谷(安定した世界)が隠れているかもしれません。

1977年、アメリカの理論物理学者シドニー・コールマンは、まさにこの構図を宇宙にあてはめました。

私たちの宇宙は一番深い谷に落ち着いたのではなく、山に囲まれた浅い谷——「偽の真空」に留まっているだけかもしれない、と。

今の底ともっと深い底がトンネルで結ばれる様子
今の底ともっと深い底がトンネルで結ばれる様子 / Credit: 清華大学

「でも山があるなら大丈夫では?」と思いたくなります。

実際、この山——エネルギーの壁——は途方もなく巨大で、人類がどれほどエネルギーをかき集めても正面から越えることはできません。

たとえ私たちの周りにあるものが偽の真空であっても138億年にわたって安定してこられたのは、この壁のおかげです。

ところが、量子の世界にはやっかいな抜け道があるのです。

エネルギーを一切使わずに、山を”すり抜けて”しまう現象——量子トンネル効果と呼ばれるものです。

山を登って越えるのではなく、山の中をトンネルが貫通してしまう……そんなイメージです。

そしてこのトンネルを抜けて、今の底よりもっと安定した底に到達すると、そこにごく小さな「泡」が生まれます。

この泡の内部は、今の宇宙よりもさらに安定した「本当の底」です。

そして本当の底のほうが安定しているため、泡はまわりの空間を引きずり込みながら、光速に近い速さで膨張していきます。

トンネル効果で生じたたった1つの泡が、宇宙のどこかに生まれるだけで十分です。

宇宙のすべてが、新しい底に向かって変わり始めます。

しかも、新しい底での物理法則は今のものとは異なります。

原子の構造も、力の強さも、すべてが書き換わりうるのです。

いま「当たり前」として私たちが頼っているルールが、丸ごと消え去る可能性があります。

これが真空崩壊、あるいは偽真空崩壊と呼ばれている——宇宙の究極の「衣替え」とも呼べるシナリオです。

ですが偽真空崩壊はの魅力は恐ろしさだけではありません。

小さな量子の世界と大きな宇宙スケールの物理が交わる、非常に奥深い問題でもあるのです。

というのも、週末の種となる最初のトンネル効果は極小の量子現象ですが、その結果として生まれる泡の膨張は宇宙全体に及ぶからです。

そのため偽真空崩壊を研究することで、「小さな世界」と「大きな世界」をうまく結ぶヒントが得られると考えられています。

ただ、宇宙の終わりを「実験」でそのまま調べるのは当然ながら困難です。

そこで物理学者たちは、まったく別のものを使って、この「終末」を”見立てる”ことにしました。

原子の輪で「小さな宇宙の終わり」を作る

清華大学のYu-Xin Chao氏らのチームが実験の主役に選んだのは、ルビジウムという金属元素の原子です。

ただし、普通のルビジウム原子ではありません。

普通の原子の中心には原子核があり、そのまわりに存在する電子と一緒に、全体としてはぎゅっとコンパクトにまとまっています。

ところが、レーザーで大量のエネルギーを注ぎ込むと、風船を膨らませるように外側の電子がぐんぐん遠くへ押しやられます。すると原子全体が膨れ上がり、通常の数千倍もの大きさになります。

この「ふわふわに膨らんだ状態」の原子を、「リュードベリ原子」と呼びます。

このリュードベリ原子では、外側の電子はかろうじてぶら下がっているような状態で、ほんのわずかな外力にも敏感に反応するようになります。

研究者にとっては、「思いどおりに操りやすい、実験向きの原子」となるわけです。

チームはこのリュードベリ原子を16個、輪の形に並べました。

16個の原子の輪の模式図
16個の原子の輪の模式図 / Credit: 清華大学

すると原子間の力によって、隣どうしが自然と逆の量子的な状態を取り、チェス盤の白黒のような規則正しい交互パターンが生まれます。

この交互パターンには2通りの並べ方があり、通常はどちらもまったく同じエネルギーで安定しています。

チームはここにレーザーを使い、片方のパターンをわずかにエネルギーの高い「偽の底(浅い底)」に、もう片方をエネルギーの低い「本当の底」に仕立てました。

つまり、「いつか崩壊しうる偽の安定」と「その先にある本当の安定」の両方を、原子16個の輪の上に埋め込んだのです。

こうして原子の輪は、崩壊の可能性を抱えた「小さな宇宙」になりました。

では、この「小さな宇宙」で何が起きたのでしょうか?

■ 発見①:小さな宇宙は、理論が予想する形で崩れはじめた

チームはまず、偽の底に置かれたパターンに何が起きるかを観察しました。

ただ先にも述べたように、偽の底と本当の底のあいだにはエネルギーの「山」があります。

2種類ある量子的状態の一方からもう一方に変化するには、エネルギー的にタダではなく、普通なら、この山は越えられません。

しかし量子の世界には、トンネルがあります。

実験では、そのトンネルが開く瞬間が捉えられました。

リングの一部で、量子トンネル効果によって数個の原子が集団的に状態を変え、「本当の底」側のパターンを持つ小さな領域——真の真空の「泡」——が自然に生まれたのです。

そしてこの泡が崩壊の起点になり、偽の底のパターンは、時間とともに崩れ始めました。

最初は速く、やがて緩やかに。

元の規則正しい配列は、まるでじわじわと溶けるように失われていったのです。

そして崩壊の速さを詳しく測ると、偽の底と本当の底のエネルギー差が小さいほど崩壊がゆっくりになる、というきれいな関係が浮かび上がりました。

これは、約50年前に量子場理論が予想した「偽真空崩壊らしい指数関数的な崩れ方」によく似ています。

しかも、原子16個のリングでも24個のリングでも、崩壊の速さはほぼ同じ値になりました。

これは重要な手がかりです。

もし崩壊がリング全体の「足並みを揃えた一斉イベント」なら、参加する原子が多いほど足並みは揃いにくくなり、リングが大きいほど崩壊は遅くなるはずです。

でも、そうはなりませんでした。

つまりこの崩壊は、リングの片隅でほんの数個の原子がトンネルを抜けるだけで始まる——リング全体の大きさとは無関係な、「局所的な出来事」だったのです。

これはまさに、コールマンが宇宙について予想した姿と同じです。

広大な宇宙のどこか一点に、たった1つの泡が生まれるだけで、終わりは始まります。

リングの大きさが変わっても——あるいは宇宙の広さがどれほどであっても——そのことは変わらないのです。

■ 発見②:底の「作り方」で、終わりの運命が激変した

次に研究者たちは、今の状態(偽真空状態)が終わり方に変化を与えるかを調べました。

ある世界が終末を迎え別の世界になる場合、終わり方にも終わろうとする世界の特徴が出るかもしれないと考えたからです。

そこでチームは、偽の底の「作り方」を変えたら崩壊がどう変わるか、を調べました。

一つ目は、パターンを機械的に交互に並べただけの、いわば「急いで雑に組んだ偽の底」。パッと見は偽の真空に見えますが、内部の量子的な構造は粗いままです。

もう一つは、レーザーの強度をゆっくり上げながら、量子的なもつれを丁寧に作り込んだ、「時間をかけて精密に仕上げた偽の底」。

こちらは理論上の「理想的な偽真空」により忠実な状態です。

要するに、「パッと見は同じだが中身の丁寧さが違う2つの模型」を、まったく同じ条件のもとで崩壊させたのです。

結果は、劇的に異なりました。

精密に作った偽の底は、数値シミュレーションでは量子場理論に対応する予測と4桁以上にわたって見事に一致しました。

実験結果も、この精密な底のほうがより遅く、安定して崩れることを支持しています。

一方、雑に作った偽の底では、崩壊の途中で激しい「ぶれ」が混入し、理論の予測から大きく外れてしまいました。

特に偽の底と本当の底のエネルギー差が小さい領域——崩壊が微妙にゆっくり進むはずの状況で、ズレは顕著でした。

なぜこんな違いが出るのか。

精密に作った偽の底は、崩壊後のシステムから見て「ほぼ固有の状態」に近い性質を持っています。余計な振動が抑えられ、純粋な崩壊だけが静かに進みます。

一方、雑に作った偽の底は、さまざまな状態が入り混じった「ごちゃ混ぜ」です。崩壊しようとする動きと、崩壊とは無関係な振動が同時に走るため、きれいな法則が見えなくなってしまうのです。

もしこの小さな宇宙の教訓を私たちの宇宙に重ねるなら、私たちの宇宙が今どんな「底」にいるか——その状態次第で、終わりの姿は変わるのかもしれません。

底の性質が少し違うだけで、崩壊が理論通りに進むか、予想外のぶれを伴うかが決まります。

これは将来、偽真空崩壊をシミュレーションするすべてのチームにとって極めて重要な教訓です。「理想的な準安定状態をきちんと準備すれば、崩壊率の指数的な抑制という普遍的な法則が成り立つ」ことが、実験と数値解析を合わせて示されたのです。

■ 発見③:「泡」を注文通りのサイズで作り分けた

3つ目の発見もユニークです。

研究チームは、崩壊の過程で生まれる「真の真空の泡」を、狙った大きさで選んで作ることに成功しました。

なぜそんなことが可能なのでしょうか。

今回の原子リングは、なめらかに連続した場ではなく、原子が飛び飛びに並んだ「離散的な系」です。

こうした系では、エネルギーの取りうる値も飛び飛びになるため、特定の条件がぴったり揃ったとき——物理学者が「共鳴条件」と呼ぶ状態——に、ちょうどその大きさの泡だけが優先的に生まれるのです。

ざっくり言えば、「メニューから泡のサイズを選べる」ようなもの。

チームは実際に、長さ1、長さ2、長さ3の泡を、条件を変えながら選択的に生み出しました。

たとえば長さ2の共鳴条件に合わせると、そのサイズの泡が他を明らかに上回って生まれました。

1個の原子を個別に検出できるリュードベリ原子プラットフォームの精度があったからこそ、どのサイズの泡がどれだけ生まれたかを、密度としてはっきり読み取れたのです。

ここで注目すべきなのは、この「共鳴的バブル核生成」という現象が、なめらかに連続した量子場には存在しないという点です。原子が飛び飛びに並んだ離散的な系にだけ現れる、特有の現象なのです。

従来の場の理論は「なめらかに連続した場」を前提に構築されてきました。

しかし、この小さな原子の輪は、その理論の枠組みだけでは捉えきれない物理を見せてくれました。

つまりこの実験は、これまでの理論では開けなかった新しい扉を、一つ押し開いたことになります。

私たちの宇宙は、終わるのか?

私たちの宇宙は、終わるのか?
私たちの宇宙は、終わるのか? / Credit:Canva

じつは、私たちの宇宙が「偽の底」にいるかもしれないという話は、ただの空想ではありません。

2012年に発見された「ヒッグス粒子」という素粒子の重さなどから計算すると、私たちの宇宙はちょうど「安定」と「危うい安定(準安定)」の境目あたりにいる可能性が示されています。

つまり、いま私たちが暮らしているこの宇宙の真空そのものが、「本当の底」ではないかもしれない。

もっと深い底が存在し、いつかそこへ崩れ落ちる可能性がある——そんなことを、素粒子の実測データが示唆しているのです。

とはいえ、ひとつ救いがあります。

仮にそうだとしても、崩壊までの時間は宇宙の今の年齢よりもはるかに長いと見積もられています。

現在の標準模型にもとづく計算では、10の数百乗年——つまり、1のうしろにゼロが数百個も並ぶような途方もない数字になります。

宇宙の今の年齢は約138億年ですから、宇宙がこれから何度「生まれ変わって」も足りないほどの時間です。

さらに、今回のような閉じた系——外部とエネルギーをやりとりしない系——では、生まれた泡は無限に膨張することができませんでした。

エネルギーが保存されるために、泡の暴走が食い止められたのです。

「光速で宇宙全体を飲み込む」という最悪のシナリオは、少なくともこの小さな宇宙の中では実現しませんでした。

しかし同時に、「底の作り方で終わりの姿が変わる」という発見は、私たちにこうも告げています。

宇宙の運命を正しく予測するには——あくまで実験からの推測ですが——今の宇宙が「どんな状態にいるか」を正確に知る必要がある、と。

そしてそれは、まだ十分には分かっていないのです。

注目すべきは、この問いに挑んでいるのが清華大学のチームだけではないことです。

論文の末尾には、ドイツ・テュービンゲン大学のクリスティアン・グロス教授のグループが、2次元のリュードベリ原子配列を使った同様の研究を同時期に進めていたことが記されています。

世界の複数のチームが、同じ壮大な問いに異なる角度から挑んでいるのです。

今後、研究チームはより高い次元の系や、複雑な格子構造への拡張を目指しています。

今回の実験は1次元の「輪」でしたが、2次元や3次元の配列に進めば、より豊かな「場」のふるまいを模倣できるかもしれません。

さらに、偽の底と本当の底が複数存在するような、より入り組んだエネルギー地形の研究も視野に入っています。

宇宙はこれまで何度も「衣替え」しそのたびに、前の時代の安定は跡形もなく消え去りました。

次の衣替えがあるのかどうか、あるとすれば、それはどんな姿をしているのか。

その答えに近づくための手がかりは、もしかすると、こうした小さな原子の輪の上に、すでに現れ始めているのかもしれません。

元論文

Probing False Vacuum Decay and Bubble Nucleation in a Rydberg Atom Array
https://doi.org/10.1103/kqzq-fnr4

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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