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編集長に一問一答! 読者の質問にスペシャルアンサー

  • 2026.6.5
(左)<strong>坂井佳奈子</strong>/「ELLE JAPON」編集部でファッション・ディレクターなどを経て、2014年1月に「ELLE girl」編集長に就任。 2022年よりELLE&ハーパーズ バザー グループの編集局長を兼任。(右)<strong>塚本香</strong>/ファッションジャーナリスト。「フィガロジャポン」、「ELLE JAPON」、日本版「ハーパーズ バザー 」編集長を歴任し、現在はファッションジャーリストとして国内外で活躍。 Hearst Owned

2026年4月23日(木)に開催した、myELLE メンバーシップイベント第一弾「Inside Fashion: カリスマ編集長が語る、モード雑誌の舞台裏」 。ELLE 編集長の坂井佳奈子とELLEをはじめ、数々のモード雑誌の編集長を歴任し、現在はファッションジャーナリストとして活躍する塚本香さんが、自身のキャリアや編集者の仕事について熱烈トーク。ここでは語りきれなかった参加メンバーからの質問にズバッと回答。ここでしか読めない貴重なエピソード&勇気づけられるキャリアの金言を、myELLEにログインしてぜひチェックして!

Q. 仕事やプライベートで心掛けていることを教えてください。編集長として、ご自身のライフスタイルとの両立で大変だったことは何でしょうか?

塚本さん:「身体も心も健康でいること。人としての理念を忘れないこと。私は子育てを経験していないし、夫が同業者で理解があり、家事も積極的にこなしてくれたので、仕事とプライベートの両立に悩んだことがないのです。忙しくて自分の時間がないと感じたことがありません。仕事がただ楽しかったので、ワークライフバランスも自分に最適なカタチでとれていたと思っています」

坂井編集長:「常に『やってみたい』と思えるワクワクする気持ちを持ち続けることを大切にしています。そういう気持ちがないと、楽しい時はいいのですが、うまくいかない時には“ただつらい”になってしまうので。どんな状況でも、その中にあるおもしろさや良い部分を見つけようとすることは、仕事でもプライベートでも意識していることかもしれません。

私はシングルマザーとして2人の子どもを育てながら働いていたので、とにかく時間が足りなくて、毎日必死でした。ライフスタイルとの両立は、正直簡単ではなかったです。でも、あの頃のように無我夢中で走り続けた時間があったことは、今振り返ると、自分の人生にとって大きな財産だったと思っています」

Q.20代に戻れたらどんなキャリアを選びますか?

坂井編集長:「私の20代は子育てをしていたので、もともと選択肢が限られていたのが現実でした。でも、もし自由に選べるなら、若い時にしかできないことをしてみたかったですね。例えば、さまざまな国を巡りながら、文化やアートに触れるような“風来坊の旅人”のような生き方。若さゆえの勢いで、知らない世界へどんどん飛び込んでいたと思います。実際に娘が大学時代、数カ月にわたってヨーロッパ各国を一人旅したのですが、親として心配しつつも、どこかうらやましいなと感じていました」

SetsukoN / Getty Images

Q. 新人の頃にやっていてよかったなと思うことや習慣はありますか?

塚本さん:「編集者という仕事に限定される習慣かもしれませんが、“1日1本企画を考えること”。もちろん考えた企画をすべて提案したわけでも、それが実現したわけでもありません。でも、身近なところに仕事のヒントがあること、アイデアはどこからでも生まれること、なにより自分の頭で考えることがいかに大事かを知ることができました。あとは、自分の得意ではないジャンルを徹底してやるということでしょうか」

坂井編集長:「とにかく、たくさんの人に会うことです。私自身、自分でページを担当できるようになった頃、友人や知人とのつながりに何度も助けられました。人との縁が仕事につながることも多く、『やっぱり人とのつながりは大切だな』と実感した経験があります。どこでご縁がつながるか分からないので、普段から誠実に、善い行いをしておくことはおすすめです(笑)」

Q.編集長になるために「今」そして「20代」にするべきこと、そして反対にする必要はないことを教えてください!

塚本さん:「私が20代でやったことは今振り返るとすべて必要だったこと。あれもやっておけばよかった、これもやっておけばよかったとやらなかったことを悔やむ気持ちはあっても、やったことへの後悔はありません。だから“する必要はないこと”を思いつきません。どんな経験も自分次第で糧になる気がしますし、仕事に近道はないと思っています。『プラダを着た悪魔』のアンディも同じではないでしょうか。ジャーナリスト志望でありながら『ランウェイ』編集部でアシスタントとして働いたことが無駄だったかというとそうではないですよね。その後のキャリアにおいてアンディがミランダの下で経験したことは意味があるものになっています。その経験を自分がどう受け止めるかが明日への切符になるはずです」

坂井編集長:「まず、『これは必要ない』と言い切れることは、一つもないと思っています。どんな経験も、あとから思いがけない形でつながることがあるので。編集長になるために必要かは分かりませんが、『全体性を見る力』は大切だと思います。部分だけではなく、空気感や時代性、人との関係性まで含めて物事を見る力。私自身、ようやく最近少しずつできるようになってきた気がしています。

20代に“これをやれば編集長になれる”という魔法はありません。でも、新人時代、編集会議で企画を出した時に、当時の編集長から『あなたの企画だけで1冊作ったら、きっとすてきな号になるわね』と言っていただいたことがありました。また、その後別の媒体に移った際、自分が提案した企画がすべて採用されたこともありました。そうした経験を通じて、自分を認めてくれる上司や先輩の存在が、大変な時を乗り越える原動力になっていたのだと思います」

Q. 今までのお仕事の中でいちばん大きなお仕事は何でしたか? また、大きなお仕事や壁と乗り越えるために意識していることがあったら教えていただきたいです。

塚本さん:「どの仕事も同じくらい大きいと思うのですが、あえていえば編集長に初めて就任したときは責任の重さをそれまで以上に感じました。『もうこれ以上は無理、と思ったときに、もう一度力を出す』というのが私が壁を乗り越える方法です」

坂井編集長:「たくさんありますが、3つ挙げるとしたら――。まず一つは、モデル・俳優の Kōki さんのデビュープロジェクトです。発売まですべて極秘で進めていたので、情報が一切漏れずに発売日を迎えられたのは、本当に奇跡のようでした。スタッフや関係者の皆さんには、今でも感謝しています。

大変だったという意味では、現場エディター時代に 『シャネル』が恵比寿で開催した大規模ショーのページを担当した時。トップモデルたちのファッション撮影を15分で行いながら、同時にバックステージ撮影のディレクションも担当していました。今振り返ると、かなり綱渡りでしたが、とても反響の大きい企画になりました。

3つ目は、『ELLE JAPON』30周年イベント。30人のアーティストとの交渉や、チャリティーオークションを含め、さまざまなコンテンツを立体的に作り上げました。来場者の方々からたくさんうれしい言葉をいただくことができた印象深いプロジェクトです。

意識しているのは、締め切りまでに間に合わせるための瞬発力と馬力。そして、一度世に出たものはずっと残る仕事なので、精神的なタフさも必要だと思っています。でも、その先には必ず達成感があります。先日のトークイベントで 塚本さんもおっしゃっていましたが、うまくいかなかった号が出た月は、『早く来月が来てほしい』と落ち込むこともあります(笑)」

Q. 最先端のファッションにずっと触れ続けると自然と目が肥えてくると思うのですが、ご自身で洋服をデザインして形にしたい!と思ったことはありますか?

坂井編集長:「ゼロから何かを生み出してデザインする才能は、自分にはあまりないと思っています(笑) ただ、すでにあるものの魅力を最大限に引き出したり、見せ方を考えたりする“プロデュース”的な関わり方は、比較的得意かもしれません。今は職業の枠に縛られず、自分を表現できる時代になっていると思うので、それぞれが自分らしい表現力を育てていけるとすてきですよね」

Q. 塚本さんの言葉で「諦めないでください。でも辛い時は逃げてもいいと思います」とありましたが、塚本さんの経験でその場から離れたことで、開けたこと、見えたことがあればご経験をもとに教えてください。

塚本さん:「わたしは往生際が悪く、諦められない性格なので、逃げた経験はないのです。でも今さらながら逃げてもよかったのかなと思うこともあります。逃げるというのはすべてを放棄してするわけではなく、違う場所を見つけてそこで自分と向き合うこと。それだけ重い決断でもあります。でも自分を解放してもう一度力を出すチャンスを与えることもときに必要なのではと思っています」

Q. もし違う仕事をしたとしても、共通して大切だなと思うことは何かありますか?

塚本さん:「自分ひとりで仕事をしているわけではなく、周囲の人に支えられて仕事ができているという感謝の気持ちを忘れないこと。自分だけでなく一緒に働いている人たちがみんなが幸せで、誇りを持って仕事ができるように心を配ること。自分の言動に責任を持って、最後までやり切ること」

坂井編集長:「一緒にチャレンジしてくれる仲間を見つけることです。私はどちらかというとチャレンジャータイプなので、違う仕事をしていたとしても、その部分はきっと変わらないと思います。そして当たり前ですが、『心から信頼できるかどうか』は、何より大切にしています」

WWD / Getty Images

Q.ファッション誌編集長の毎月の洋服代は?

坂井編集長:「まったく買わない月もありますし、まとめて購入する時もあるので、本当にバラバラです。具体的な金額は……考えただけでも恐ろしいので、あまり計算しないようにしています(笑) ただ最近は、買う点数自体はかなり減りました。年齢を重ねるにつれて、“良いものを長く着たい”という気持ちが強くなってきた気がします」

Q.「プラダ」などのブランドの服は日常でも着ますか?

塚本さん:「はい、仕事のときはブランドの服を着ることが多いです。オフの日は、Tシャツやパンツなどカジュアルなアイテムも着たりします。部屋着にはしていないですが(笑)」

坂井編集長:「はい、日常でも着ます。人生後半に差しかかると、『この服をあと何回着られるかな?』と、つい逆算してしまうので(笑)、元を取るためにもどんどん着ています」

(C) 2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.

Q. コレクションでは、作品の他に何を見ていますか? また、そのポイントから何を得ていますか?

塚本さん:「会場の設定、音楽やモデルの仕草などの演出。服だけでなくショー全体がシーズンのテーマやデザイナーが伝えたい時代の空気を表しています。“ファッションは社会を写す鏡”と言われますが、コレクションを見ていると、自分たちがいまどんな世界にいるのか、この先どんな明日に向かっていきたいかを感じることができます」

坂井編集長:「空間の雰囲気や音楽、ヘアメイクなどもよく見ています。あとはゲストの方々の着こなしも。ブランドによって会場の空気感やスタイルが全く違うので、その場に集まる人たちを見ることで、そのブランドらしさを理解するヒントになることも多いです」

Q. いちばんオーラがあった、あるいは忘れられないトップモデルは?

塚本さん:「マルタン・マルジェラの『エルメス』のデビューコレクションに登場した80年代のトップモデル、アンヌ・ロアール。1998年のこのショーには当時としては珍しくさまざまな年代のモデルがキャスティングされていたのが印象的でしたが、特に彼女の知的な美しさが心に残っています。「ヴァレンティノ」の2019年春夏コレクションのトップを飾ったクリステン・マクメナミーも会場の空気を一瞬で変えてしまうようなオーラがありました。当時、彼女は50代半ば。90年代に活躍していた頃も個性的でしたが、それを凌駕するような圧倒的な存在感でした。

「エルメス」1998年秋冬コレクションに登場したアンヌ・ロアール Penske Media / Getty Images
「ヴァレンティノ」2019年春夏コレクションのトップを飾ったクリステン・マクメナミー Getty Images

ショーではないですが、リンダ・エヴァンジェリスタを撮影したときも彼女のプロフェッショナルな動きにやっぱりスーパーモデルと言われていた人は違うと感動しました。3人ともに若い全盛期というより歳を重ねたゆえのオーラを感じさせてくれました。私自身もそういう年代だったから、余計にそう思ったのかもしれません」

リンダ・エヴァンジェリスタ Rose Hartman / Getty Images

坂井編集長:「ケイト・モスです。決して長身ではないのに、あの圧倒的な存在感。ニコラ・ジェスキエールが手がけていた頃の『バレンシアガ』のショーをパリで見た時は、本当に鳥肌が立ちました。

「バレンシアガ」2001年春夏コレクションに登場したケイト・モス Victor VIRGILE / Getty Images

また、ケイトが来日した際に撮影したことがあるのですが、その時もかなり時間がなくて(笑)。撮影開始から数分で『もう撮れたでしょ?』と言って現場を去ってしまったんです。でも、後から確認すると、捨てカットが1枚もない。すべてが完璧でした。時代の空気感とも完全に一致していた、唯一無二のモデルだったと思います」

Q. これから行ってみたい場所は? 今まで行った国でいちばん良かったところを教えてください。

塚本さん:「行ってみたいのはフランス・スペインの国境をまたぐバスク地方とイタリアのプーリア。良かったのはフランスのプロヴァンスとイタリアのトスカーナ。でも、いちばん好きなのはパリです」

イタリア、プーリア州のヴィエステとガルガーノ半島 Peter Adams / Getty Images

坂井編集長:「行ってみたいのは、インドネシア・スンバ島にある「ニヒ・スンバ(NIHI Sumba)」。馬が好きなので、自然の中で乗馬をしながら、ゆっくりバカンスを過ごしてみたいです。

NIHI Sumbaのプライベートプール付きヴィラと目の前に広がる絶景 Courtesy of TripAdvisor

あと、もう一度じっくり滞在してみたいのがスリランカ。以前ストップオーバーで立ち寄った際、建築家のジェフリー・バワの邸宅に宿泊したのですが、その体験が本当に素晴らしくて。次は長期滞在をして、アーユルヴェーダを受けたり、建築や自然に触れたりしながら、いろいろな場所を巡ってみたいです」

Q. これからやってみたいことを教えてください。

塚本さん:「パリに1年くらい住んでみたいです」

坂井編集長:「いつか田舎に家を建ててみたいです。自然に近い場所で、季節を感じながら過ごせる暮らしに憧れがあります」

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