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20年前、冬の部屋で書かれた夏 半年で"あ、これ何の曲"が紅白の舞台まで運ばれたワケ

  • 2026.7.8
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BONNIE PINK-2006年7月撮影(C)SANKEI

砂浜にしぶきが立ち、水着の女性がプールへ飛び込む。ロサンゼルスで撮られたCM映像が、画面のなかで朝の光に洗われていく。その上に乗っていたのは、英語の発音をかすかに残した女性の声と、晴れ間にひょいと飛び込んでいく軽いビートだった。

BONNIE PINK『A Perfect Sky』(作詞・作曲:BONNIE PINK)ーー2006年6月28日発売

夏のはじまり、というよりも、夏が動き出すまえの澄んだ朝の匂いがする。失恋の余韻すら、湿度を持たないまま遠ざかっていく。湿らないこと、軽くなれること、上を向いていられること。この曲の核は、まずそこにある。

サビが先に届いて曲が後から追いついた

最初に流れていたのは、サビだけだった。資生堂の日焼け止め「アネッサ」のCMで、蛯原友里がシャワーを浴び、プールへ飛び込み、海辺の砂を蹴って走る。その十数秒に、英語混じりのフレーズが2回繰り返される。曲名のない短いリフレインが、夏の入り口の街じゅうで反復された。

テレビから何度も同じサビが聞こえてくる。「あ、これ何の曲」と思った瞬間にCMが切り替わり、曲名は浮かんでこない。ただ耳のなかでサビだけが居残る。そういう不思議な滞留が、その年の6月の街には起きていた。

もともとCM用につくられた楽曲だったため、サビしか存在しなかった。そこからフル尺がつくられ、ラジオやテレビの音楽番組で1曲分の姿を聴くことになる。CMの15秒で植えつけられていた数小節が、フル尺のかたちを取り戻してやってくる。「あの曲だ」という発見の声が、6月の終わりに重なって響いた夏だった。

暖房を効かせた部屋で出口から書いた夏

この夏のはじまりは、真冬の部屋で作られている。CM側からBONNIE PINKに楽曲提供の打診が入ったのは、CM放映の前の冬。期間は1週間。当初は本人の既存曲を当てる案もあったが、書き下ろしに切り替わった。窓の外は冷えきった空気で、部屋の暖房をしっかり効かせ、汗をかきながら夏の音を絞り出している。

夏の歌を冬に書く逆温度は、シンガーソングライターの仕事ではよくあることだ。それでもこの曲の場合、まず作られたのが「曲」ではなく「サビ」だったことに、特殊な負荷がかかっている。CMが要求するのはおおよそ15秒のループに耐える1フレーズで、起承転結の物語ではない。短い高揚をどう独立させるか、という問題から先に解いていく。

サビの完成度を上げてしまったあとで、Aメロ・Bメロを後ろから生やしていく作業は、出口から逆向きに道を引くようなものだ。起承転結で進める作曲より、むずかしい仕事になる。事実、CMで耳を引いたサビは1曲分の流れに置き直されても、突き出た高音や強引な転調で支えを必要としない。前後のメロディが、サビの高さに自然と歩幅を合わせて連れていってくれる。11年積んだ書き手に蛇口がひねられた順序

BONNIE PINKは、この曲で世に出てきた人ではない。1995年デビュー。本曲が出るまでに11年が積まれている。

その11年は、決して順風満帆の一直線ではなかった。アルバム単位で評価され、英語と日本語を行き来する独特の作詞・作曲・歌唱で、洋楽寄りの耳を持つ層からは早い段階で支持されていた。海外のミュージシャンとの仕事も厭わない。けれども、テレビの茶の間が「あ、この人ね」と一言で結びつける段階には、長らく届ききっていなかった。

そのアーティストが、11年目の夏に、街のあちこちで耳に入ってくる存在になる。ブレイクという言葉が似合うかどうかは別として、家庭に名前が届いた瞬間であることはまちがいない。

この急な広がり方は、誰かの仕掛けで起きた一発逆転ではない。CMで音を当てる仕事はCM側の選択であり、結果として声の主はもとから一人で作詞・作曲・歌唱まで担っていた書き手だった。「11年やってきた人がCMで突然見つかった」のではない。11年で積み上げてきたサビの強度と歌い口の独自性が、たまたま夏の入り口で蛇口をひねられた、という順序に見える。

泣かない焦がさないを支える物を置かない音

歌詞は、失恋を引きずらないと決めた人物の思いが描かれている。サビの中央に置かれた「君の胸で泣かない 君に胸焦がさない」の一行が、その方針を端的に示す。泣かない、焦がさない、と二つの否定が並ぶ。否定の言葉でありながら、湿った響きにはならない。前を向くために、いったん過去の柔らかい場所を自分から閉じる手つきが、声の角度に表れている。

そのドライさを支えているのが、Burning Chickenと本人の共同による編曲だ。具体的なジャンル名で囲い込むのが惜しいほど抜けのよい、軽やかなバンドアンサンブル。ドラムは前のめりで、ベースは弾みすぎず、ギターは空気を埋めずにアタックだけ置いていく。鍵盤も金物も、必要な瞬間にだけ顔を出して引いていく。声の周囲に物を置かない、という意志が音作り全体を貫いている。

声は、けっして強く張らない。英語と日本語のあいだを行き来する独特の発音は、母音をやわらかく散らし、子音の輪郭はくっきり残す。失恋を語る歌い手の声が、湿らずに、けれども冷たくもならずに、薄い空気のように立ち上がる。聴き終わったとき、別れの話を聴いたという重さよりも、空を見上げたときの呼吸の浅さのほうが先に残る。夏の朝に流れていてしっくりくる失恋の歌、というのは、案外少ない。

夏の朝の曲が冬の食卓まで届いた距離

2006年12月31日、BONNIE PINKは第57回NHK紅白歌合戦の舞台に立っている。初出場で歌ったのは『A Perfect Sky』だった。

夏の朝のために書かれた曲が、年の終わりの冬の夜に、いちばん大きなテレビの画面で歌われる。CMで耳に残ったサビを、曲名と顔と声が結びついた状態で、家族で囲んだテレビから聴く。半年前のあの「あ、これ何の曲」が、ここでようやく一本の線につながる。デビューから11年積み重ねてきた声が、年末の歌番組の舞台に立った瞬間でもあった。

真冬の部屋で絞り出した数小節が、半年を渡って、もういちど冬の夜に戻ってくる。スタジオのライトの下で、声の周囲に物を置かない作り方そのままに、サビが伸びる。湿らない夏の朝の旋律が、湿らない冬の夜の歌になって響いた。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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