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30年前、明るいCMソングの奥にあった芯 甘えない発声が同世代の少女に"憧れ"を残したワケ

  • 2026.6.13

1996年。テレビからもラジオからも、よく似た匂いの音が流れていた。きらびやかなシンセサイザー、走り続ける打ち込みのリズム。小室哲哉が手がけた音が、その年の空気そのものを染めていた。街を歩けば、どこかの店先から必ずその種類の音が聞こえてくる。そんな時代だった。

にぎやかな音の洪水のまんなかに、力強い声でまっすぐ立っていた歌い手がいる。

hitomi『In the future』(作詞:hitomi・小室哲哉/作曲:小室哲哉)ーー1996年5月22日発売

「アメリカンチップス」のCMから流れてきた、前向きでダンサブルな一曲だ。軽快なのに、どこか芯が強い。聞いた人の背中を、そっと押すような響きがあった。

街じゅうが小室サウンドで満ちた年

1996年は、小室哲哉の音が日本中を覆った年だった。チャートの上位には、彼の関わった曲が当たり前のように並んでいた。

hitomiにとっても、この年は勢いのまんなかにいた時期だ。2月の『Sexy』、5月のこの曲、そして8月の『by myself』。立て続けに放たれたシングルは、同じ年の9月に届いた2枚目のアルバム『by myself』へと流れ込み、そのアルバムは彼女にとって初めてのランキング1位となった。つまりこの曲は、いちばん駆け上がっていた時期の、ど真ん中に置かれた一枚なのだ。

同じ時代の音をまとった歌い手は、ほかにも大勢いた。けれどhitomiは、その渦に乗りながらも、自分の色をはっきりと持っていた。にぎやかな流行の音のなかで、埋もれずに立っていられる強さ。それがこの時期の彼女にはあった。

声の強さは、流行に乗るための道具ではない。むしろ流行の側が、彼女の声を必要としていた。そんなふうにも聞こえてくる。

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hitomi-1997年11月撮影(C)SANKEI

CMから流れた夏前のあの高揚

この曲をいちばん多くの人が耳にしたのはCMだったかもしれない。

軽快なギターのカッティングと、跳ねるようなビート。明るい画面に、力強いボーカルがぴたりと重なった。夏が来る前の、あの浮き立つような気分。それをそのまま音にしたような一曲だった。

テレビをつければ流れ、店先でも流れる。くり返し耳に入るうちに、いつのまにか口ずさんでいる。CMソングというのは、そうやって生活の風景にまぎれこんでいく。この曲も、1996年の初夏の景色の一部になっていた。

打ち込みの音は、ともすれば冷たくなる。けれどこの曲では、hitomiの体温のあるボーカルが、その冷たさをやわらかくほどいていく。機械の正確さと、人の声の熱。その二つが気持ちよく溶け合っているように感じる。

かわいさではなく、意志で立つ声

hitomiの声は、かわいさで売り込むタイプではない。張りのある、意志のはっきりした歌い方。甘えるのではなく、自分の足で立っている。高い音をきれいになぞるのでも、か細くささやくのでもない。前を向いて言い切る、まっすぐな発声だ。この曲のボーカルには、その後の彼女を形づくる強さが、すでにくっきりと表れている。

サビで声を張り上げる瞬間も、軽く流していくところも、芯の通り方は変わらない。強く出すから強いのではなく、迷いなく前を向いているから強い。そういう種類の頼もしさが、この声にはある。かわいさを求められがちな時代に、はっきりと意志を持って立つ姿。それは、同じ世代の女性たちにとって、ひとつの憧れのかたちに映ったように思う。自分もこんなふうにまっすぐ立っていたい、と。

時代の音は移り変わっていく。打ち込みのきらめきも、いつかは古びる。けれど、自分の意志で立つ声は、流行とは別のところで強さを保ち続ける。

奇跡を自分で引き寄せて

この曲をいま聞き返すと、最初に立ち上がってくるのは、あの力強いボーカルだ。きらびやかな音に包まれながら、まんなかでまっすぐ前を向いていた一人の歌い手。にぎやかな時代の音にのまれることなく、自分の声で歌っていた。

流行の衣はとうに脱げても、声の輪郭だけはくっきりと残っている。いま聞いても、その芯はにぶっていない。

明るくダンサブルな一曲。けれどその奥には、誰にも譲らない芯がある。私はそこに、流行の渦のなかでも消えなかった、一人の女性の意志の確かさを感じる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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