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かつて、光をまとった伝説の「マスコットガール」映画賞を総なめ→NHK朝ドラに引っ張りだこの「名女優」とは

  • 2026.6.29
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風吹ジュン-1974年4月撮影(C)SANKEI

役者の長いキャリアを語るとき、人はつい「変わった」と書きたくなる。アイドルから演技派へ、華やかさから渋みへ、看板から脇へ。物語にすると分かりやすいからだ。

ただ、その図式に収まらない人がいる。風吹ジュンがそうだ。1973年に初代ユニチカマスコットガールとして世に出た女性と、2026年の朝ドラ・夜ドラの祖母役として画面に立つ女性。半世紀の距離があるのに、まとっている光の温度が変わらない。脱ぎ捨てたのではなく、ずっと持ち続けたものが、いまの席にちょうどよく収まっている。そういうキャリアだ。

光が先で、役が後から来た

風吹のキャリアは、女優ではなくモデルから始まっている。1973年、初代ユニチカマスコットガールに選ばれた。英国人写真家デイヴィッド・ハミルトンが撮った柔らかな粒子のポスターが、いきなり広告の真ん中に置かれた。翌1974年に歌手デビュー、その後女優の仕事へ移っていく。

注目すべきは、出発点が「演技」ではなく「光のまとい方」だったということだ。先に光があって、後から役柄がその光のなかへ入ってきた。これは順序として珍しい。多くの役者は役で名を上げて、光は後から付いてくる。風吹は逆だった。だから、後の役柄も「演じる」より「その人がそこに立つ」ことで成立しているように見える。出発点の順序が、いまの祖母役の佇まいにまで効いている。

光のまま生活の側へ降りる

転機は1991年の竹中直人の初監督作である映画『無能の人』だった。風吹が演じた助川モモ子は、ダメな夫を抱え、幼い息子のためにチラシ配りで生活を支える妻である。アイドル的な華やかさを脱いだ地味な役で、毎日映画コンクール助演女優賞、ブルーリボン賞助演女優賞、報知映画賞助演女優賞、日本アカデミー賞優秀助演女優賞などを受けた。批評の側が彼女を「アイドルの先」へ呼び出した瞬間だった。

大事なのは、ここで彼女がアイドル時代の自分を消したのではないということだ。生活に疲れたモモ子の表情には、ユニチカのポスターで微笑んでいたあの柔らかい温度が、明度を落として残っている。光を捨てて演技を取りに行ったのではなく、光のまま生活の側へ降りてきた。

助演女優賞が評価したのは、たぶんそこだ。役のために自分を消す技術ではなく、自分の温度を役の重みのなかへそのまま運ぶ仕事。これが以後の風吹の現場での呼ばれ方を決めていく。

説得しないで家族を運ぶ

2013年の映画『そして父になる』では、福山雅治演じる主人公の継母・野々宮のぶ子を演じた。是枝裕和監督がカンヌ国際映画祭審査員賞を受けた家族劇である。

子どもの取り違えに揺れる物語のなかで、のぶ子の役どころは家族をつなぐ側だ。声を張らず、説き伏せもせず、義理の息子のかたわらにただ温度を置く。是枝の家族映画は、こういう「説得しないで運ぶ」役を担える人を必要としている。

声高に正しさを語る人ではなく、その場にいるだけで家族の継ぎ目が崩れずに済む人。風吹はそういう役者として呼ばれた。これは1991年に助演女優賞が認めた仕事のまっすぐな延長線上にある。生活の側に降りた光が、今度は家族の継ぎ目に置かれた。

家族の重心を預けられる席

2010年代の後半、風吹は朝ドラの祖母役を立て続けに引き受けている。2015年から放送のNHK連続テレビ小説『あさが来た』では、波瑠演じる主人公・あさを支える姑・白岡よのを演じた。続く2018年の『半分、青い。』では永野芽郁演じるヒロイン・鈴愛の祖母・楡野廉子を演じている。

『半分、青い。』では祖母役と並行してナレーションも兼任した。物語の途中で亡くなったあとも、空の上から鈴愛の人生を語り続ける配置である。劇中の人物と語り部、生者と死者を一人で引き受ける役で、風吹の声と佇まいが家族の物語そのものに同伴した。

朝ドラの祖母役を立て続けに任されるというのは、現場側の判断としてかなり強い指名だ。家族の話の重心を、安心して預けられる席を持つ人だと見られているということ。1973年に光を先に得て、1991年に助演女優賞で生活の側へ降りて、2013年に是枝の家族の継ぎ目に立ち、その積み重ねが朝ドラの祖母の席にちょうど収まった。順番がきれいすぎるくらいきれいに繋がっている。

光の置き場所だけが変わった

2026年夏、風吹はNHKドラマ『リラの花咲くけものみち2』に出演する。山田杏奈演じる主人公・聡里の母方の祖母・牛久チドリ役。北海道を舞台にした獣医ドラマで、孫を獣医の道へ押し出す祖母という役である。前シリーズからの続投で、家族の物語の重心を任される側に変わらず立っている。

1973年にハミルトンに撮られたジュンと、2026年に北の大地に立つチドリ。並べると、変わったように見えて、変わっていないのが分かる。光を先に得た人が、半世紀かけてその光を家族の物語の重心へ運んできた、というキャリアだ。

年月で何かが薄れたのではなく、温度の置き場所だけが変わっている。キラキラのまま、おばあちゃんになった。風吹ジュンというキャリアの面白さは、そういう地続きにある。


※記事は執筆時点の情報です

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