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30年前、NHK大河主演で“視線をさらった”国民的スター。映画監督として映画賞を総なめした「レジェンド俳優」

  • 2026.6.25
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竹中直人-1983年10月撮影(C)SANKEI

俳優を一つの肩書で説明しきれない人がいる。竹中直人がそうだ。俳優として、映画監督として、舞台の芸の人として、別々の場所で別々の仕事を同時に走らせてきた。どれか一つが本業で他は余技、という関係ではない。三つともそれぞれに代表作があり、どれを切り落としてもこの人の像は不完全になる。

1996年のNHK大河ドラマ『秀吉』で主役を張った人物。1991年に自ら監督した映画でヴェネツィア国際映画祭の賞を獲り、同じ作品でブルーリボン賞主演男優賞も手にした人物。そしてテレビの一人芸で頭角を現し、舞台の集団にも籍を置いてきた人物。これらが同一人物だ。

竹中直人のキャリアは、一つの肩書をのぼる登山道ではない。三つの尾根を同時に登るような形をしている。

多摩美から、テレビと舞台へ

竹中の出発点は、絵を描く側にあった。多摩美術大学美術学部のデザイン科グラフィックデザイン専攻を卒業。視覚芸術の現場で訓練を受けた人が、テレビで一人芸の芸人として頭角を現した。在学中から、『ぎんざNOW!』や『TVジョッキー』などでモノマネ芸を披露。1983年にはテレビ朝日系『ザ・テレビ演芸』のオーディションコーナーでグランドチャンピオンに選ばれている。表情と身体だけで人物像を立ち上げる芸風が、ここで広く知られた。

ここで注目したいのは、芸の畑にだけ腰を据えたわけではないということだ。1984年公開の映画『痴漢電車・下着検札』や『ロケーション』など、映画俳優としての出発も同じ時期に切っている。1985年にはシティーボーイズらと劇団「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」を立ち上げ、舞台の集団にも籍を置いた。

一人芸の顔、映画俳優の顔、舞台の顔。三つの場が最初から同時に動いていた。視覚を組み立てる訓練、笑いで人を動かす身体、芝居の場で受ける芯。三つは別々の引き出しではなく、同じ人物のなかで互いを補強していた。

自分でカメラの後ろに回る

並走する顔の一つに、撮る人としての顔がある。1991年公開の映画『無能の人』で、竹中は初監督と主演を兼ねている。原作はつげ義春。多摩川の河原で拾った石を売って暮らす助川助三という男を、自ら撮り、自ら演じた。

この作品の評価は数字で残っている。第48回ヴェネツィア国際映画祭の国際映画批評家連盟賞、第34回ブルーリボン賞の主演男優賞、第6回高崎映画祭の若手監督グランプリと、一本の映画で、監督業と俳優業の両方が同時に外部の物差しに刻まれた。

この一本が単発で終わらなかったところに、竹中の本気がある。以後、自ら監督や共同監督を務める作品を継続的に発表してきた。撮る人としての顔は余技ではなく、もう一つの本業として育っている。多摩美で視覚を組み立てた人が、映画でも世界の構図ごと自分の手で組み上げる場所に立ち続けている。

大河の主役で当たり役

俳優としての顔が一つの頂に届いたのが、1996年だ。NHK大河ドラマ『秀吉』で、竹中は豊臣秀吉を演じた。農民から這い上がって天下を取った男を、1年がかりで担う仕事である。映画とテレビの両方で重ねてきた俳優としての仕事の積み上げが、大河の主役という持ち場へ届く。

一人芸で磨いた身体の振れ幅、俳優として重ねてきた芝居の厚み、監督として現場を見渡してきた目。並走させてきた三つの引き出しを、ここで一気に動員した。人をたらし込む愛嬌から、頂点に立った男の重みまで、振れ幅で持っていく秀吉像だった。

同じ1996年、竹中は映画『Shall we ダンス?』にも出ている。役所広司演じる主人公の同僚で、人目を忍んで社交ダンスにのめり込む青木富夫を演じた。片や天下人、片や踊りに没頭する勤め人。同じ年のうちに、まるで温度の違う二人を平然と立たせている。大きく演じることと、おかしみのある等身大の人物を立てること。どちらも自分の引き出しから自然に出てくる俳優だった。

喫茶店のカウンターの内側へ

並走の三つの顔は、いまも手放されていない。2026年6月に始まったNHK夜ドラ『ミッドナイトタクシー』で、竹中は喫茶店のマスター・昼川を演じている。主人公の象子(古川琴音)が通う深夜の喫茶店の主だ。大河の天下人を張った人が、街角のカウンターの内側で客を見ている。役の温度差を一人で抱えていられるのが、ここまで歩いてきた年月の厚みである。

カウンターの中から客を見ているマスターという役は、撮る人として現場を見渡してきた目とも、一人芸の場で観客の呼吸を読んできた感覚とも、舞台の集団で重ねてきた身体の感覚とも、どこかで地続きだ。俳優、監督、芸の人。三つの顔のどれも手放さず、この人はそれぞれの場所で次の仕事を引き受け続けている。並走させてきたからこそ、いまもどの場所にも竹中直人として立っている。


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