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「去年は異常なし」20代で糖尿病が判明。治療の効果が出ない裏で進行していたがん【医師解説あり】

  • 2026.5.25

27歳で宣告された重度の糖尿病。懸命な治療にもかかわらず数値が改善しない日々の中、ある意外な原因が判明します。絶望から10年、家族やパートナーの支えを糧に健康を取り戻すまでの、私の闘病と回復の記録です。【医師解説あり】

突然の体のだるさに

27歳のころ、突然普段とは明らかに違う体のだるさに襲われました。普通に生活をするのが難しいと感じるほどのだるさで、彼氏(現在の夫)と遊んでいても「少し車で休ませてほしい」とお願いをするほどでした。

また、同時に「水を飲んでも飲んでも喉が乾く」と感じていました。仕事にも支障が出てしまうため、近くにあった内科を受診しました。

血液検査と尿検査の結果、過去1〜2カ月ほどの血糖状態の目安となるヘモグロビンA1c(HbA1c)は11%、血糖値は500mg/dLで、医師から「重度の糖尿病です」と診断を受けました。前年度の会社の健康診断ではまったく異常がなかったため、あまりにも突然の診断にショックを受けたことを覚えています。

※参考:HbA1cの基準範囲は4.6〜6.2%、血糖値は食後2時間で140mg/dL未満が目安。

まったく良くならない数値

すぐに本格的な治療が始まったものの、数値がまったく良くならないのです。そんなある日、医師から「あなた甲状腺が出ているね、ちょっとエコーを撮ってみようか」と提案されました。

これは本当に偶然なのですが、たまたま最初に通い始めた内科の医師がもともと大病院の内分泌科で勤務されていたことから気付いた違和感であったことを後に聞かされました。

エコーを撮影していると、突然看護師がガタッと立ち上がり「先生!」と部屋から出ていってしまい「何があったの?」と非常に不安になりました。

診察室に戻ると、医師から「細胞診をしないと詳しいことはわからないが、甲状腺に腫瘍のようなものが見える」と告げられました。そして3カ月後に、総合病院へ糖尿病の教育入院をするときに甲状腺の細胞診もおこなうことが決まりました。

しかし入院を待つ間にも、糖尿病の症状はどんどん進行していきました。血液中に糖があっても体がうまく利用できない状態が続いた結果、体は代わりのエネルギーを求めて脂肪などを分解し、その過程で生じる「ケトン体」が検査で確認されるようになりました。

食べていても体重が落ちていき、わずか3カ月で62kgから55kgへと7kg減少しました。最悪の場合は昏睡状態にもなりかねないと言われました(糖尿病性ケトアシドーシス)。

まさかのがんが判明

そしてようやく入院の日を迎えました。病室ではインスリン注射の練習をしたり、糖尿病について勉強するのと同時に、甲状腺の細胞診もおこなったところ「甲状腺乳頭がんである可能性が高い」ということが告げられました。がんと聞いて最初は驚いたものの、医師からは「甲状腺乳頭がんは進行が遅く、転移なども過度に心配しなくてよいことが多い」と説明され、ひとまず安心しました。

併せて、前年の健康診断で問題がなかったのに突然糖尿病になってしまったことについても「がんができたことによって、自分の体内のインスリンの効き目が弱くなってしまって一気に症状が進んでしまった可能性がある」と説明を受けました。

ただ、実際に摘出してみないと本当にがんかどうかの判断がつかないということで、この入院からさらに4カ月後に甲状腺の半分(腫瘍がある側)を切除して調べたところ「甲状腺乳頭がん」であったことが確定しました。

医師からは「治療しても数値が良くならなかった原因は、このがんである可能性が大きいこと」を改めて告げられ、それを裏付けるかのように、入院時には13%まで悪化していたHbA1cは、7%へと少しずつ下がっていきました。

10年続いた通院

しかし、甲状腺を切除したことによってホルモンの分泌が足りなくなる可能性もあることや、もう片方の甲状腺にも病変になりそうなものがあることから、定期的な通院を続けることになりました。この通院は結果的に10年程度続きました。

術後はいったん落ち着いたように思えた糖尿病ですが、その後、急激に体重が落ちた時期がありました。同時に体調の悪さも出て、不安になり受診すると、血糖値は600mg/dLまで上がっていました。

受診したまま帰宅できず、即入院になったこともあります。こうした深刻な悪化は10年の中で2回程度でしたが、医師から命に関わりかねない状態だと説明されていたため、定期的に総合病院で検査を受け、薬や注射の回数を組み合わせてコントロールしながら過ごす日々になりました。

ある日訪れた転機

初めて異変に気付いてから10年以上がたち、20代後半だった私と夫(当時の彼氏)もアラフォーになりました。私は糖尿病があるため、日ごろから食事には気を付けていましたが、それでも夫婦そろって体型が気になり始めました。

そのため、夫婦2人で筋トレと有酸素運動を始めることにしました。大変な日も2人で励まし合いながらトレーニングを続けること1年、周りからも体型の変化について指摘されることが増えてきたと感じたころ、HbA1cの数値が5.8%とほぼ正常の範囲内に落ち着き始めました

その後も運動やカロリーコントロールを続けた結果、さらに1年たってもHbA1cの数値が悪化することがなかったことを機に、今までは定期的に総合病院でおこなっていた検査も近所のかかりつけ医で大丈夫と言われ、インスリンも注射せずに飲み薬だけで良いと言われるほどになりました。

まとめ

この10年を振り返って真っ先に感じることは、20代で糖尿病とがんが判明という衝撃的なことにもかかわらず、周りが静かに見守っていてくれたことへの感謝の気持ちです。

判明当時はまだ実家で両親と暮らしていたので、きっと両親は内心ショックであっただろうと思うのですが、私には一切ショックであることや過度な心配をしている素振りを見せることはありませんでした。でも、母は食事の献立を私のために考えてくれたり、父が私の知らない間に医療保険に入っていてくれたおかげで、私自身のペースで体調の回復に努めることができたと痛感しています。

闘病期間中に彼氏から夫になった私のパートナーもまた、私の体調を優先して寄り添っていてくれましたし、自己管理が大変でくじけそうなときにも常に励ましてくれました。この経験から、自分も誰かが困っているときは静かに見守りながらも必要なときに手助けできる人間でありたいと強く感じています。

医師による解説:数値が改善しない場合、別の疾患の可能性も

治療をしても数値が改善しない場合は、背景に別の疾患が隠れている「二次性糖尿病」の可能性があります。本例のように、がんやホルモン異常が原因でインスリンの効きが悪くなることもあるため、「おかしい」と感じたら主治医と相談し、全身を詳しく調べる姿勢が大切です。

※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。

※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。

監修:菊池大和先生(医療法人ONE きくち総合診療クリニック 理事長・院長)

取材・文:磯辺みなほ/30代女性。ゲーマー。発達障害持ちの夫と2人暮らし。大変なことも多い中、それ以上にネタと笑顔にあふれる毎日を送っている

イラスト:ほや助

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年3月)


監修者:医師 医療法人ONE きくち総合診療クリニック 理事長・院長 菊池大和先生

地域密着の総合診療かかりつけ医として、内科から整形外科、アレルギー科や心療内科など、ほぼすべての診療科目を扱っている。日本の医療体制や課題についての書籍出版もしており、地上波メディアにも出演中。

ベビーカレンダー/ウーマンカレンダー編集室

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