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『廃用身』染谷将太が挑んだ“医師・漆原糾”を自ら解体。「演じるうえでは“100%善人”」

  • 2026.5.21

「医療や介護に限らず、まだなにも確立していないような革新的なものを生みだすことができる人間は、自分に相当の自信があり、周りが見えていない強さがあり、あとちょっとだけ“なにか”が欠落しているものなのかもしれません。でも同時に、一ミリでも自分を疑ってしまうとたちまち崩壊してしまう脆さも備えている。“天才”とは運のめぐり合わせや、あらゆる要素がうまく重なった時だけに成り立つ、紙一重で危ういものだと感じました」。

【写真を見る】四股切断を笑顔で説得…染谷演じる漆原の冷たい眼差しは正気か、狂気か?

ヘビーなテーマの作品に挑んだ覚悟を語ってくれた 撮影/梁瀬玉実
ヘビーなテーマの作品に挑んだ覚悟を語ってくれた 撮影/梁瀬玉実

5月15日に公開を迎えるや、すでに賛否両論の渦を巻き起こしている『廃用身』(公開中)。主演を務めた染谷将太は、自身が演じた漆原糾という医師について、一つ一つ言葉を選びながら“解体”を進めていく。そこには、介護という日本社会における喫緊のテーマに対して極めてセンセーショナルなかたちで斬り込んでいく本作に、主演という立場で深く携わった者として強い覚悟のようなものが見え隠れしていた。

タイトルにある“廃用身”とは、麻痺などによって回復の見込みがない手足を指す造語。現役医師の作家、久坂部羊のデビュー作を原作にした本作の舞台は、ある町のデイケア「異人坂クリニック」。そこでは院長の漆原がコスパのいい介護を目指して考案した“Aケア”と呼ばれる画期的な医療行為が広まっており、それを受けた老人の間では“好ましい副作用”が現れたという。しかし、デイケアに関するとある内部告発の流出と、患者宅で起きた事件をきっかけに、すべてが暗転していくこととなる。

「“100%善人”だという意識をもって役に挑みました」

「脚本を読ませていただいた時に、初めてこの物語に出会いました。これまで誰も触れてこなかった、触れようとさえしなかった題材に挑み、命や医療に関する倫理観をこちらに問いかけてくる。想像を遥かに超える衝撃を味わったと同時に、この作品を映画にすること自体が倫理観を問われるものになるかもしれないと直感しました。『この映画はどうなっていくんだろう?』。そんな不安がまったくなかったとは言い切れません」。

現役医師の作家、久坂部羊のデビュー小説を映画化した『廃用身』 [c]2025 N.R.E.
現役医師の作家、久坂部羊のデビュー小説を映画化した『廃用身』 [c]2025 N.R.E.

本作のファーストインプレッションを包み隠さずに振り返る染谷は「でもそれと同時に、『この映画を観てみたい』『その先にあるものを見てみたい』という想いが自分のなかに強くあることに気が付きました」と続ける。そうした作品への期待感ともう一つ、メガホンをとった吉田光希監督の存在も染谷の不安感を和らげる重要なファクターとなったようだ。

「10代のころに吉田監督とお会いして、手掛けられた作品もすごく好きで、いつかご一緒できたらとずっと思ってきました。なので、初めに抱いていた不安も『吉田さんなら絶対に大丈夫。絶対に信用できるし、必ずやすてきな作品になる』という確信と安心感によって徐々に取り払われていったんです。おかげで現場に入ってからはリラックスして役に臨むことができました」と明かし、「映画の雰囲気からは意外に思われるかもしれませんが、現場はすごく明るい雰囲気で、スタッフさんも共演者の方々もとても生き生きとしていたんです」と教えてくれた。

10代のころから親交のあった吉田光希監督と念願のタッグが実現 撮影/梁瀬玉実
10代のころから親交のあった吉田光希監督と念願のタッグが実現 撮影/梁瀬玉実

吉田監督から漆原役についてあったリクエストは、“医師として自信があり、誰も論破できないような隙のない人であってほしい”ということ。染谷は「誰もが漆原の説得力に呑み込まれていくよう演じました。善人なのか、悪人なのか。そのどちらともいえない人物に見えますが、演じるうえでの意識としては“100%善人”。自分の推し進めるAケアは患者のためであり、そのご家族のためであり、介護業界のためである。それだけを考え、自分は正しいことをしているのだという自信を持って漆原に徹しました」と、役づくりの根本でもある“人格”の解釈について言及する。

「プロフェッショナルとしては正しいけれど、人としては冷徹」

映画公開前に行われたMOVIE WALKER PRESS主催の試写会では、観客から漆原の人間性に対する賛否両論の感想が寄せられていた。「応援したくなる医師」という全面的に肯定する声から、「一理あるけれど、いきすぎたところがある」といった賛否決めかねる声、「怖い」や「狂気を感じる」など否定的な声まで。その一部を直接伝えると、染谷は観客の声を真摯に受け止めているかのように何度も頷く。

舞台は“Aケア”と呼ばれる画期的な医療行為が広まる異人坂クリニック [c]2025 N.R.E.
舞台は“Aケア”と呼ばれる画期的な医療行為が広まる異人坂クリニック [c]2025 N.R.E.

そして「漆原の場合は医療を提供する立場として、患者さんやその家族の感情を一切見ることなく、症状や体に対してなにがもっとも適しているのか。その人の介護環境や家庭環境にとってAケアを行なう選択がどれだけよいものなのかということしか考えていなかったんです」と語り、「感情に流されることなく淡々と医療を執行していくのは、プロフェッショナルとしては正しいことだと思います。でも人として考えると、どうしたって冷徹に見えてしまう。きっとその辺りに、皆さん怖さや狂気を感じたのでしょう」と分析。

では客観的に見て、染谷は漆原という医師についてどう思っているのか?訊ねてみると、しばらく考え込んだ後、「ちょっと斬新すぎるので、厳しいかもしれないです(笑)」との答えが。「撮影現場でも、キャスト同士で『自分だったらどうするか?』『自分の家族だったら?』『本人がやりたいと言ったら?』という会話に自然となりました。でも答えが出ることはなく、いつもモヤっとしたまま終わっていたんです。ただ、そうやって想像している時間が、演じるうえではすごく意味のあるものになったとは感じています」。

「“人体に対する冷静さ”は『田鎖ブラザーズ』にも通じている」

『廃用身』での経験は、すでに「田鎖ブラザーズ」にも活きていると語る染谷 撮影/梁瀬玉実
『廃用身』での経験は、すでに「田鎖ブラザーズ」にも活きていると語る染谷 撮影/梁瀬玉実

子役時代から多くの映画やテレビドラマに出演し、俳優としての実力を磨いてきた染谷。その充実したフィルモグラフィーのなかには『怪物の木こり』(23)や『劇場版ドクターX FINAL』(25)と、本作のようないわゆる“サイコパス”の医師を演じた経験が。「自分で意識していなくても、過去に別の作品で演じた役の経験が新しく演じる役に反映されることはあると思っています。『同じことをしないようにしよう』と意識している時点で、積み重なったものがあるということですからね」。

現在放送中のTBS系のテレビドラマ「田鎖ブラザーズ」では、医師ではないが法医学の知識を持った検視官を演じている。「『田鎖ブラザーズ』の田鎖稔と『廃用身』の漆原は、すでに亡くなった方を相手にしているのか、存命の方と向き合っているのかという大きな違いがあります。ですが、人体に対する冷静さという点では、どこか共通しているものがあるように感じています」と、すでに本作での経験が別の作品へ活かされていることを告白。

決して感情的にならず、追い込まれていく漆原の“脆さ”を体現した [c]2025 N.R.E.
決して感情的にならず、追い込まれていく漆原の“脆さ”を体現した [c]2025 N.R.E.

「ただ漆原の場合、どの方面からも感情が入り込む隙がまったくない。これまで演じたどんな役とも決定的な違いがあり、本当に難しい体験でした」と、あらためて漆原という役の特異性に触れる。「岩上役の六平直政さんが涙を流しながら自分の状況を吐露するシーンの撮影では、思わず自分も六平さんが放つ感情に引っ張られそうになりました。でも我に返って、自分に『それは違うだろう』と言い聞かせたんです。相手の感情に同情してはならない。素直に反応してはいけない演技というのはとても難しく、同時に新鮮で楽しいものでもありました」。

そして「漆原のセリフの大半は、Aケアについて説明するものでした。演じるうえでは、どうすれば目の前にいる人に説得力を持って伝えられるのかを考えることに頭を使っていたので、撮影期間中は毎日お芝居をしに行くという感覚はあまりありませんでした」と振り返る。「“人は生きているだけで演技をしている”という考え方がありますが、それに近い体験といえるでしょう。お芝居なのかどうか曖昧なラインを経験できたことは、確実に今後の作品でも活きていくと思います」と、難役を乗り越えた“その先”に期待感をにじませていた。

『廃用身』は公開中! 撮影/梁瀬玉実
『廃用身』は公開中! 撮影/梁瀬玉実

取材・文/久保田和馬

※吉田光希監督の「吉」は「つちよし」が正式表記

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