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全身麻酔中の脳が「物語の言葉の意味」まで読み取っていたと判明――でも目覚めたら忘れている

  • 2026.5.21
全身麻酔中の脳が「物語の言葉の意味」まで読み取っていたと判明――でも目覚めたら忘れている
全身麻酔中の脳が「物語の言葉の意味」まで読み取っていたと判明――でも目覚めたら忘れている / Credit:Canva

手術を受けるとき、麻酔の注射を打たれた瞬間、私たちの意識はぷつりと途切れます。

気がついたときには手術は終わっていて、そのあいだのことは何ひとつ覚えていない──そんな経験をされた方も多いと思います。

では、その「何も覚えていない時間」のあいだ、私たちの脳の中では、いったい何が起きているのでしょうか。

これまで多くの研究者は「脳もほぼ眠ったような状態になっている」と考えてきました。

ところが、アメリカのベイラー医科大学(BCM)で行われた最新の研究によると、麻酔で意識を失っている患者さんの脳の中では、流された物語の言葉が一つひとつ解析され、その意味や品詞などの文法的な手がかりまで読み取られていたというのです。

意識を失っているあいだの脳は、これまで思われていたよりも、ずっと多くの仕事をこなしていたのかもしれません。

研究内容の詳細は2026年5月6日付で、科学雑誌『Nature』に掲載されました。

目次

  • 麻酔で意識がない間も脳は音に反応していた
  • 麻酔中の脳は物語の言葉に反応し、次の言葉の手がかりまで持っていた
  • 意識とは何か──舞台裏で動いていた脳

麻酔で意識がない間も脳は音に反応していた

麻酔で意識がない間も脳は音に反応していた
麻酔で意識がない間も脳は音に反応していた / Credit:Canva

・なぜそんな実験ができたのか

研究を率いたのは、ベイラー医科大学の神経外科教授サミール・シェス博士のチームです。

舞台となったのは、脳の奥深くにある「海馬」と呼ばれる小さな器官でした。

タツノオトシゴのような形をしていて、左右にひとつずつあります。

役割を一言で言えば、脳内の「記録係」のような存在です。

今日あった出来事を整理し、長期の記憶として保存する仕事を担っています。

最近の研究では、それだけでなく、言葉の文脈を読み取る働きにも関わっていることが分かってきました。

ただし海馬は、耳から入った音の信号が届くまでにかなり遠回りする、いわば脳の「奥座敷」のような場所にあります。

だからこそ研究者たちは「麻酔で意識が落ちれば、海馬への信号はかなり弱まるはずだ」と考えていました。

ところが、その想定は外れたのです。

被験者の脳に電極を差し込んだ
被験者の脳に電極を差し込んだ / Credit: Katlowitz et al., Nature (2026) / CC BY 4.0

いったい、海馬では何が起きていたのか。

それを確かめるためには、頭蓋骨を切り開き脳に直接電極を刺すような特殊な状況での実験が必要でした。

もちろん、こうした実験は誰にでもお願いできるものではありません。

協力を仰いだのは、薬では発作を抑えきれない重いタイプの「てんかん」を抱える7人の患者さんでした。

このタイプのてんかんでは、最後の選択肢として「発作の発生源になっている脳の一部を、外科的に取り除く」手術が行われることがあります。

研究チームは患者さんの同意のもと、「どのみち取り除く予定の組織です。手術の直前の数十分だけ、研究のために脳の活動を記録させてください」と申し出ました。

健康な人にはとても頼めない実験が、この特殊な事情だからこそ実現したわけです。

記録に使われたのは、「ニューロピクセル」というごく細い針のような装置でした。

髪の毛より細い針の表面に、384個もの電極(電気信号を拾うセンサー)がびっしりと並んでいます。

どれくらい高性能かというと──従来の脳波計が「満員の劇場の外から、ざわめきだけを聞いている状態」だとすれば、ニューロピクセルは「劇場の中に入って、観客ひとりひとりの声を録音できる」くらいの違いがあります。

脳の細胞(ニューロン)がひとつずつ発する微かな電気信号を、別々に聞き分けられるのです。

この装置をヒトの海馬に挿入したのは、これまでに例のない試みでした。

患者さんたちはその後、麻酔がかけられますが、研究者たちにとってはここからが本番でした。

・単純な音にも「学習」していた海馬

研究は2つの実験に分かれています。

まずは比較的シンプルな方から。

研究者は、麻酔でしっかり眠っている3人の患者さんに、低い音と高い音の2種類を聞かせました。

普通に流れる音のあいだに、ときどき「仲間外れの音」をこっそり混ぜる、というシンプルな仕掛けです。

すると、麻酔下の患者さんの海馬のニューロンたちは、その「仲間外れの音」にちゃんと反応していました。

そして、もっと驚いたことがあります。

その反応が、10分かけて少しずつ鮮明になっていったのです。

最初は曖昧だった「ちがう音への反応」が、刺激を続けているあいだに、だんだんと明確になっていきました。

これは脳科学で「可塑性」と呼ばれる現象──つまり脳が経験に応じて自らを書き換えていく、しなやかな性質を示しています。

10分かけて何かを学ぶ。

それは普通、目を覚まして集中している人がなにかを練習するときに見られる時間スケールであって、麻酔下の脳で観察されるとは、誰も思っていませんでした。

意識のない脳が、その短いあいだに、ある種の「学習に近い変化」をしていた。

「意識がなければ脳は単純な反射しか起こさないはずだ」──そんな従来の見方を、今回の結果は揺さぶったのです。

しかし驚きはそれに留まりませんでした。

麻酔中の脳は物語の言葉に反応し、次の言葉の手がかりまで持っていた

麻酔中の脳は物語の言葉に反応し、次の言葉の手がかりまで持っていた
麻酔中の脳は物語の言葉に反応し、次の言葉の手がかりまで持っていた / Credit:Canva

4人の患者さんには、もっと複雑なものが流されました。

アメリカで人気のあるストーリーテリング番組「The Moth(ザ・モス)」の自伝的な物語などが、合計10〜20分にわたって再生されたのです。

別の患者さんには、宇宙について語る教育動画も使われました。

研究チームは、患者さんの海馬にある数百個のニューロンが、物語の単語ひとつひとつにどう反応するかを、こと細かに記録しました。

すると、3つの驚きの事実が浮かび上がってきます。

① 単語によって、海馬の反応がはっきりと変わっていた

「家」「行く」のような日常的によく使う言葉と、めったに登場しない珍しい言葉とでは、海馬のニューロンの反応パターンが明確に違っていたのです。

実際の数値を見ても、よく使われる単語ほど海馬の細胞が強く発火する傾向が、はっきりと出ていました。

これは音の高低に反応していたのではありません。

脳が単語ごとの意味的な違いを捉えていた、ということです。

② 似た意味の単語には、似たパターンで反応していた

「犬」と「猫」のように意味の近い単語に対しては、海馬のニューロンも近いパターンで反応していました。

一方で「犬」と「ペン」のように意味の遠い単語に対しては、反応のパターンも大きく違っていたのです。

これを裏付けるために研究者が使ったのが、AIの世界で発達した「単語の意味を数字の組で表す技術」でした。

意味の近さを数字の距離として測れる仕組みで、その「意味の地図」と海馬の反応がきれいに対応していたわけです。

単に音に反応していたのではなく、言葉の意味のレベルで処理が起きていたという強い証拠になりました。

③ 単語の文法的な役割まで読み取れた

それぞれの単語が名詞なのか、形容詞なのか、副詞なのか──ニューロンの反応パターンから、その単語が文の中で果たしている役割まで読み取ることができました。

麻酔下の脳は、単語の文法的な役割という、文の組み立ての一部までつかんでいたわけです。

そして、もっとも興味深いことがあります。

こうした「意味の処理」の精度は、過去の研究で目を覚ましていた患者さんを測定した結果と、ほぼ同じレベル、一部の指標ではむしろ高めの値も見られたほどだったのです。

「意識を失った脳は能力的に劣っているはずだ」というイメージを、今回の数字は静かに覆します。

論文の共著者ベンジャミン・ヘイデン博士はこう語ります。

「こうした処理は、私たちが目を覚まして注意を向けているときに起こるものだと考えられてきました。それが、無意識の状態で起きていたのです」。

眠った脳が「次に来る言葉」を予測する

もうひとつ、研究チームが見つけたことがあります。

現在処理している単語のニューロンの活動には、「次に来る言葉」に関する情報まで含まれていた、というのです。

これだけ聞くと、つい「脳が次の言葉を予測していた」と書きたくなります。

実際、一部のニュースではそう紹介されています。

けれども、論文の著者たちは「これは能動的な予測そのものとは限らず、文脈化で説明できる現象だ」と慎重に述べています。

「今日はとても天気が」と聞こえてくると、私たちの頭には自然と「いい」「悪い」「不安定だ」といった候補が、なんとなく浮かんできます。

これは「次の単語を当てよう」と意識して予測しているわけではありません。

これまで聞いてきた言葉が脳の中で文脈をつくり、その文脈が結果として次の方向をぼんやりと示している、という性質のものです。

麻酔下の海馬で起きていたのは、まさにこの「文脈ができている」状態でした。

AIが文章を書くときに「文脈に基づいて次の単語の確率を計算する」のと、確かに似た性質ではあります。

けれども「能動的に予測している」とまでは言えませんでした。

「今日はとても天気が」という言葉から脳が「いい」「悪い」「不安定だ」という言葉を思い浮かべることはあっても、それを超えて「今日の天気を踏まえた季節特有の気象現象」まで勝手に(能動的に)話を広げるような動きはないわけです。

一方で興味深いことに、実験を受けた患者さんは、誰ひとりとして、術中に流された音や物語のことを覚えていませんでした。

術後ケアユニットでの聞き取りでも、翌日の回復期での聞き取りでも、「あの音や物語が聞こえた気がする」「あんな話を聞いた覚えがある」と語った人はいなかったのです。

海馬では確かに言葉の処理が走っていた。

けれど、それが「思い出せる体験」「意識的な記憶」として成立することはなかったというのは非常に示唆に富みます。

意識とは何か──舞台裏で動いていた脳

意識とは何か──舞台裏で動いていた脳
意識とは何か──舞台裏で動いていた脳 / Credit:Canva

・「覚えていない」が説明できる

ここからは「脳が反応したのに覚えていない」という現象に、今回の研究に加え関連研究の成果も含めて切り込んでいきたいと思います。

研究チームはこの不思議な結果を、ひとつのキーワードで整理しています。

それは、「焼きつける働きが弱まっていた」ということです。

私たちが何かを覚えるプロセスは、大きく二つの段階に分けられます。

ひとつめは、今この瞬間の出来事を、脳の神経活動のパターンとして書き取る段階(専門的には「符号化(エンコーディング)」と呼ばれます)。

ふたつめは、書き取った内容を、あとから引き出せる長期の記憶として焼きつけ直す段階(こちらは「固定化(コンソリデーション)」)です。

たとえるなら、ひとつめは「メモを取る作業」、ふたつめは「メモを清書して本棚にしまう作業」のような違いです。

メモは取ってあるのに本棚に並んでいなければ、私たちは「あとから取り出して読み返す」ことができません。

記憶研究の権威であるアメリカ・カリフォルニア大学アーバイン校のジェームズ・マクガフ博士は、サイエンス誌に発表した総説で、この「焼きつけ直す段階」を「分・時間、ときには日単位で進む、長く続く作業」だと整理しています(McGaugh, 2000, Science)。

今回の発見が示しているのは、麻酔下の海馬ではメモを取るところまでは動いていたが、本棚にしまう作業が止まっていた、という構図です。

では脳は、どうやって経験を「本棚に並べる」のでしょうか。

鍵になるのは、なんとも不思議な現象です。

経験のあと、脳がその活動をすばやく自分で再生する──そんな働きが、海馬にはあるのです(専門的にはこれを「リプレイ(再生)」と呼びます)。

1994年、サイエンス誌に発表された画期的な研究で、迷路を走り抜けたネズミの海馬では、休んでいるあいだに、走ったときとまったく同じ神経の発火パターンが何度も繰り返されることが報告されました(Wilson & McNaughton, 1994, Science)。

まるで脳が、自分で経験のビデオを早送りで何度も再生しているような現象です。

それ以降の研究で、このリプレイの瞬間に現れる特徴的な脳波(専門的には「鋭波・リップル」と呼ばれます)こそが、記憶を本棚にしまう鍵だと考えられるようになっています(Buzsáki, 2015, Hippocampus)。

ところが、今回の実験で使われたプロポフォールという麻酔薬には、ある特徴があります。

脳のあちこちの領域が、息を合わせて連携することを強く抑える働きがあるのです(専門的には「広域的なネットワーク同期の抑制」と呼ばれます。Mashour & Hudetz, 2018, Trends in Neurosciences)。

リプレイをして記憶を本棚にしまうには、奥座敷にあたる海馬と、本棚にあたる大脳皮質(脳の表面に広がる領域)が、綿密に手を取り合う必要があります。

ところが麻酔下では、その手のつなぎ方が切れている。

だから、入り口でメモを取るところまでは動いていても、その先のリプレイや本棚への書き込みは、十分には進みにくかった可能性があるのです。

患者さんが何も覚えていなかった理由は「処理は走った。けれど、焼きつけることができなかった」とまとめることができるのです。

・「なんとなく残っている」も説明できる

長年、医師たちは「麻酔中の何かが、なんとなく心に残ってしまった」と訴える患者さんに、ときおり出会ってきました。

明確に思い出せるわけではないけれど、漠然とした不快感だけが残っている、というケースです。

これは医学の世界で、明確には思い出せないけれど心のどこかに残っている記憶(専門的には「暗黙記憶(implicit memory)」と呼ばれます)として知られる、長年の謎でした。

2021年、イタリアのパドヴァ大学を中心とした研究チームが、これまで世界中で行われた関連研究をまとめて統計的に検証する大規模な分析(専門的には「システマティック・レビューとメタ解析」と呼ばれる手法)を発表しています。

そこでは、こうした漠然とした記憶の痕跡が、麻酔から覚めた患者さんに一定割合で実際に残っていることが確認されました(Linassi et al., 2021, Life)。

今回のネイチャー論文も、自分たちの発見を「この長年の謎を、神経活動のレベルで説明しうるもの」と位置づけて、この先行研究を引用しています。

メモを取るところまでは進んでいたから、痕跡は確かに脳のどこかに残った。

けれども本棚にしまう作業は不完全だから、思い出として取り出すことはできなかった──そう考えると、患者さんが訴える「なんとなく嫌だった」「気分がしばらく沈んでいた」という感覚も腑に落ちます。

意識のない脳でも、心のすみに何かを置いていく。

今回の研究は、その「置き方」の仕組みに、初めて細胞レベルの説明を与えたのです。

そして、未来の応用についても触れておきましょう。

筆頭著者のヴィギ・カトロウィッツ博士は、こんな問いを投げかけています。

「これらの信号を利用して、脳卒中や外傷で話せなくなった人のための音声補助装置を動かすことはできないだろうか」と。

すぐに実現するわけではありません。

けれども海馬がこれほど豊かに言葉を処理しているのなら、そこから信号を取り出して、話せなくなった人の「言いたいこと」を読み取る装置のヒントにできるかもしれない──そういう未来像です。

・意識と記憶は同じ「つながり」の仕組みをもつのか?

最後にもうひとつ、研究チームが投げかけている、もう一段深い問いがあります。

「意識とは何か」──その答えは、もしかするとひとつの脳の領域に宿っているのではなく、複数の領域が連携してやりとりする「つながり方」の中にあるのではないか、と研究者たちは指摘しています。

これは「意識は脳のあちこちの領域が情報を共有する仕組みから生まれる」という考え方(専門的には「グローバル・ニューロナル・ワークスペース仮説」と呼ばれます)に通じる発想です。

フランス・コレージュ・ド・フランスの神経科学者スタニスラス・ドゥアンヌ博士らが長年提唱してきた理論で(Dehaene & Changeux, 2011, Neuron)、脳の各領域はそれぞれの仕事を続けていても、それを束ねる広い範囲のやりとりが途絶えれば、私たちが「意識」と呼ぶ統合された経験は成立しない──そんな考え方です。

ここで、ある気づきが浮かび上がってきます。

先ほど見た「記憶を本棚にしまう作業」もまた、海馬と大脳皮質の広い範囲の連携を必要とする現象でした。

「意識」と「記憶」は、どちらも脳の領域同士のやりとりによって成立するという、同じ仕組みに支えられている可能性があるのです。

患者さんが覚えていなかったのは、麻酔下の脳が「働いていなかったから」ではなく、「働き同士のつながりが弱められていたから」。

そう考えると、私たちが手術台で失っているのは活動そのものではなく、活動を束ねて一本の経験にする”接続”の方なのかもしれません。

研究を率いたシェス博士は、こう締めくくっています。

「脳は、私たちが完全に理解している以上に、舞台裏で多くの働きをしているのです」。

今回の研究は、意識の謎に直接答えるものではありません。

けれども、答えを探すべき方向に、そっと光をあてた一本だったと言えそうです。

参考文献

Researchers discover advanced language processing in the unconscious human brain
https://www.bcm.edu/news/researchers-discover-advanced-language-processing-in-the-unconscious-human-brain

元論文

Plasticity and language in the anaesthetized human hippocampus
https://doi.org/10.1038/s41586-026-10448-0

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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