1. トップ
  2. エピソード
  3. 「大丈夫、力になるからね」シェルターまで駆けつけた義両親→子供の手を取った瞬間の眼差しに背筋が凍った40代

「大丈夫、力になるからね」シェルターまで駆けつけた義両親→子供の手を取った瞬間の眼差しに背筋が凍った40代

  • 2026.5.13

味方だと信じていた人たち

元夫のDVから子供を連れて逃げ出したのは、もう10年も前のことです。シェルターの場所を教えてくれたのも、最初に背中を押してくれたのも、義両親でした。普段から実の息子の様子を心配し、私の体調まで気にかけてくれていた人たちだったのです。

「大丈夫、力になるからね」

義母はそう言って、震える私の肩を抱きしめてくれたのです。義父も静かに頷いていました。あの夜、私は心からこの人たちを信じたのです。施設に入った日、子供の手を引いて頭を下げる私に、義両親は何度も大丈夫だと繰り返してくれました。

シェルターでの暮らしが落ち着き始めた頃、義両親は子供の様子を見に通ってくれるようになりました。荷物を運び、保育園の手続きを手伝い、休みのたびに顔を出してくれたのです。

(やっと安全な場所にたどり着けた)

そう思っていた私は、義母が子供の手をぎゅっと握ったときの眼差しに、ふと違和感を覚えました。慈しみとは違う、何かを確かめるような目だったのです。

優しさの裏側にあったもの

違和感の正体に気づいたのは、子供が「おじいちゃんの家に泊まりたい」と言い出した日でした。義両親は何度も、何度もそう誘っていたのです。地元の友人たちと会う約束まで、いつの間にか義両親の予定で塗り替えられていました。

ある日、元夫から電話が入りました。親権を争うつもりなら覚悟がある、と低い声で告げられたのです。同じ頃、義両親の口調も少しずつ変わり始めました。

「孫のためには、お父さんも必要なんじゃない?」

優しい声でした。けれど言葉の中身は、最初から決まっていたかのようだったのです。私はようやく理解しました。手助けに見えていたものは、子供を元夫のもとへ戻すための、長い長い段取りだったのです。シェルターの所長に相談しても、外に味方は残されていませんでした。

抵抗する余力はもう残っていませんでした。子供を傷つけないために、私は静かに身を引きました。信頼できた地元の友人にも別れを告げ、住み慣れた町から姿を消したのです。

あれから10年、シェルターの所長から、子供の様子は今も時折届きます。元夫と義両親は、最後は絶縁状態だと聞きました。優しい振りをして近づいてきたあの夜の眼差しが、今も背筋を冷やすのです。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

元記事で読む
の記事をもっとみる