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量子の「ゆらぎ」が四つ葉のクローバー型に、英オックスフォード大が世界初成功

  • 2026.5.8
Credit: Băzăvan et al., Nature Physics (2026) / CC BY 4.0

英オックスフォード大学の研究チームが、量子の位置と運動量の間にある「ゆらぎ」を「四つ葉のクローバー型」に変形させることに、世界で初めて成功しました。

量子の世界では、粒子の位置と運動量を同時にぴたりと決めることはできず、両者のあいだには決して消せない「ゆらぎ」が必ず存在します。

このゆらぎを、横軸に位置・縦軸に運動量をとった特殊な地図に描き出すと、ぼんやりとした雲のような形として現れます。

この「雲の形」を自在にデザインする技法は、量子コンピュータの精度向上や量子センサーの高感度化など、次世代の量子技術を一段押し上げる鍵だと考えられてきました。

しかし四つ葉のクローバーのような複雑な形にすることは、これまでどんな実験装置でも実現されていませんでした。

そこで研究者たちは「順番を変えると結果が変わる」という量子世界の性質を逆手に取り、この壁を突破しました。

研究の詳細は、2026年5月1日付で『Nature Physics』に掲載されています。

目次

  • 不確定性原理の「ゆらぎ地図」
  • 順序が違うと結果が違うのはなぜか?
  • 2つの力から全く新しい効果がうまれた

不確定性原理の「ゆらぎ地図」

不確定性原理の「ゆらぎ地図」
不確定性原理の「ゆらぎ地図」 / Credit: Băzăvan et al., Nature Physics (2026) / CC BY 4.0

物理学において粒子の状態を知るのに重要なのは「今どこにいるか」(位置)と「今どれくらいの勢いで動いているか」(運動量)です。

たとえば、ボールが転がっているとすると、ボールの状態を完全に言い表すにも、この「今どこにいるか」(位置)と「今どれくらいの勢いで動いているか」(運動量)が必要になります。

ここではシンプルに、左右1方向にだけ転がるボールを考えてみます。

すると、この2つの必須情報は1枚の地図にまとめることができます。

横軸が「位置」を表し、右へいくほど、粒子が右寄りにいることを意味します。

純粋に左右の位置が横軸のメモリと一致します。

次に縦軸を「運動量」にします。

上へいくほど、粒子が勢いよく動いていることを意味します。

たとえば「真ん中あたりにいて、やや速めに動いている」ボールは、この地図の中央よりちょっと上あたりに1個の点として打てます。

「右端にいて、ほとんど止まっている」ボールなら、勢いがほとんどゼロなので地図の右端の横軸近くに点が打たれます。

普通のボールならば、このように地図のうえに1個の点をぴたりと打てます。

「今ここにいて、これくらいの速さで動いている」と正確に言えるからです。

ところが量子の粒子は、この地図のうえに1個の点を打つことが許されません。

「ハイゼンベルクの不確定性原理」と呼ばれる量子世界の根本ルールが、それを禁じているのです。

このルールをものすごく簡単にいうと「位置と運動量を同時にぴたりと決めることはできない」という決まりです。

そのため量子の粒子は、この地図のうえでは点ではなく「ぼんやりした雲」として描かれます。

「だいたいこのあたりにいて、だいたいこのくらいの勢いで動いている」としか言えないため、地図の上に雲のように広がってしまうのです。

量子力学のあやふやな部分をわかりやすく描いた「ゆらぎの雲」と言えるでしょう。

ちなみに厳密には、物理学者はこの地図を「位相空間」、そこに描かれる雲のような領域を「ウィグナー関数」と呼んでいます。

電子のような粒子の存在確率を描いた雲とは違いますが、量子だけが持つもう一段奥にある雲と言えます。

このゆらぎの雲は半分を削って「そっち側のゆらぎはゼロ」とすることはできません。

粒子の位置はどこにでも「あり得る」もので、粒子の運動量もどの速さでも「あり得る」からです。

少し難しく言えば、不確定性原理が、ゆらぎの雲の「面積」を一定以下に縮めることを宇宙に許さないからです。

しかし、雲を削って捨てることはできなくても、その形を変えることは可能です。

たとえば、まんまるの雲を横方向にギュッとつぶして、縦に細長い楕円形にすることができます。

こうすると、横軸方向(位置)のゆらぎが狭まる代わりに、縦軸方向(運動量)のゆらぎが広がります。

位置がどこか分かりやすくなる代わりに、どれくらいの勢いで動いているかは分かりにくくなるわけです。

雲の面積はほとんど変わらないまま、形だけが変わるのです。

これを物理学では「スクイージング(絞り込み)」と呼びます。

実はこの技術、すでに実用化されています。

ブラックホールの衝突を捉えてノーベル賞を取った重力波検出器LIGOでも、後にこのゆらぎの操作が導入され、感度の向上に役立てられています。

LIGOは、はるか遠くのブラックホールが衝突した際に生じる「空間のさざ波(重力波)」を検出する装置です。

重力波が通過すると、レーザー光の経路がほんのわずか──原子核の直径の1万分の1程度──伸び縮みします。

これを測りたい。

そこでLIGOは、さらに感度を上げるために、レーザー光の量子ゆらぎを絞り込む技術を取り入れました。

「測定の邪魔になるゆらぎ」を極限まで小さく絞り、代わりに「測定に影響しない方向のゆらぎ」に引き受けさせたのです。

ゆらぎの総量は変わっていません。

でも邪魔な方向のゆらぎだけを集中的に抑え込んだことで、より微弱な重力波の信号も、ノイズの中から浮かび上がるようになりました。

ある種の等価交換のようなことを行い、必要な精度を得るために不必要な精度を捨てたわけです。

「ゆらぎの形を変える」というのは、SFの話ではなく、もう現実に使われている技術なのです。

ところがゆらぎの偏らせ方には、じつは段階があります。

位置と運動量というゆらぎの交換は1:1が妥当で、横長棒か縦長棒のどちらしかないように思えます。

しかしそうではありませんでした。

風船をギュッとつまむことを想像してみてください。

2か所をつまむと、楕円形です。
これが2次の絞り込みでLIGOで使われているやつです。
3か所をつまむと、三角おにぎり型。
これが3次の絞り込みで超伝導回路という特殊な装置で、ごく最近やっと実現されました。
4か所をつまむと、四つ葉のクローバー型。
これが4次の絞り込みです。

段階が上がるほど、ゆらぎをより複雑な形に整形できます。

量子コンピュータの精度を上げたり、量子センサーの感度を高めたりする応用の幅が広がるわけです。

ただこれまで4次の絞り込みでゆらぎの雲を四葉のクローバー型にすることは理論的に予想されていましたが、誰も達成できていませんでした。

量子の世界で粒子をつまむ道具は「レーザー」ですが、このレーザーの波長は、つまみたい粒子が量子的にぼんやり広がっている範囲より何十倍も大きいのです。

いわば常に分厚い軍手をはめたまま作業するしかない状況で、つまむポイントが増えるほど(=段階が上がるほど)、力が粒子に上手く伝わらなくなっていきます。

極小の風船を何十重ねにもした軍手で操作するのと同じようなものです。

超伝導回路という別の装置では特殊な工夫で三角型まで届いた例もありますが、もっと複雑な四つ葉のクローバー型は、どの装置でも絶望的と思われていました。

さらに量子の世界は、目に見える世界の直感が通じないいくつもの問題が存在します。

「順番を変えると結果も違う」というものがその1つです。

たとえばコーヒーに砂糖とミルクを入れる場合、先に砂糖を入れても先にミルクを入れても、最終的な味は同じです。

順番は結果に影響しない。

これが私たちの日常です。

しかし量子の世界では、操作する順番を変えるだけで、結果が微妙に違うものになってしまうのです。

たとえるなら「量子コーヒー」の前に砂糖とミルクがあるときに「砂糖➔ミルク」と入れた場合と「ミルク➔砂糖」と入れた場合で、味が別物になってしまうことがあるわけです。

このような量子世界の順番に影響を受ける性質(非可換性)は、実験家にとって「邪魔者」でした。

ですが今回オックスフォード大学の研究者たちは「邪魔者を、味方にしてやろう」と考えました。

順序が違うと結果が違うのはなぜか?

順序が違うと結果が違うのはなぜか?
順序が違うと結果が違うのはなぜか? / Credit: Băzăvan et al., Nature Physics (2026) / CC BY 4.0

オックスフォード大の研究者たちの発想の転換を理解するには、なぜ量子の世界では「順番が違うと結果が違う」のかを、少しだけ知っておく必要があります。

難しい話に思えますが、本質は極めてシンプルです。

順番が違うだけで結果が違うということは、裏を返せば、量子は「どちらの順番で操作されたか」という情報を、どこかに保存しているということです。

(※厳密には『2つの操作の合成が単純には入れ替えられない』という代数的な性質)

量子の位置と運動量の広がり具合を示す2軸は目に見えるサイズのボールの状態を描くには十分ですが、量子はそれだけでは描けません。

スピンの向き、エネルギーの分配、波の位相……地図には載りきらない「隠れた軸」が、実はたくさんあります。

物理学者はこの「隠れた軸まで全部含めた空間」を高次元空間(ヒルベルト空間)と呼んでいます。

高次元空間というとすぐにお手上げ感がでてきてしまいますが、「粒子の状態を正確に決めるのに、2つや3つではなく、もっとずっとたくさんの数値軸が必要だ」という意味です。

結婚の条件が「収入・身長・学歴」の3軸だけでなく、外見や性格といった多数の要素で構成されているように、量子の状態も多数のパラメーターで構成されています。

数学の世界では3つの数値で決まるなら3次元、10個の数値が必要なら10次元です。

そして量子の粒に「力を加える」「レーザーを当てる」といった操作は位置や運動量だけでなく隠れた軸も同時に影響を及ぼします。

そのため「A→B」なのか「B→A」なのかという順番が違うだけで、2軸の地図の上では違いがわからなくても、隠れた軸のうえで大きな差が生まれるのです。

たとえるなら、料理で「焼いてから切る」のと「切ってから焼く」は、「肉に加熱と切断を1回ずつ行った」という粗い情報だけ見れば同じです。

料理を1度もしたことがない人は、順番の違いの重要性に気付きません。

しかし「断面の状態」「火の通り方」「食感」「香り」といった評価軸を加えた途端、前者はじっくり火を通してから薄く切り分けるローストビーフ、後者は一口大に切ってから強火であぶる焼肉になります。

順番が違うだけで、まったく別の料理になるのです。

量子の世界でも同じことが起きています。

操作の順番は、私たちの目に見える2軸の地図には映らなくても、隠れた軸のうえでは確実に大きな差をつくっているのです。

単純に見ればこのような現象は「邪魔」に思えますが、仕組みを知れば利用できる可能性も見えてくるでしょう。

筆頭著者のバザヴァン博士自身「実験室では、非可換性は余計な動きを生む”邪魔者”とみなされがちです。しかし私たちは逆に、その特徴を利用して強い量子相互作用を生み出しました」と述べています。

2つの力から全く新しい効果がうまれた

2つの力から全く新しい効果がうまれた
2つの力から全く新しい効果がうまれた / スクイーズド(絞り込み)状態群を生成するために用いられる実験的なトラップイオン装置。イオンは電極構造の間に閉じ込められ、精密に調整されたレーザー場によって制御されるCredit: David Nadlinger

研究者たちは対象となる粒子(ストロンチウムイオン)を電場の中に閉じ込め、そこにレーザーで2種類の異なる力を同時にかけ続けることにしました。

この2つの力は「順番が違うと結果が違う」ことが知られている、非可換な組み合わせです。

1つ1つの力は、地図のうえで、ゆらぎの雲をただ押し動かすだけの単純な操作です。

ところが2つの非可換な力を同時にかけ続けると、地図には映らない隠れた軸のうえで、差がどんどん蓄積されていきます。

テーブルの上ではニコニコして様子に変化がないのに、見えないテーブルの下では激しい足蹴り合戦が続いているようなものです。

やがてこの隠れた蓄積が、私たちの見える2軸の地図のうえにも波及してきます。

元の2つの力には含まれていなかった、まったく新しい効果が地図の上に現れるのです。

そうしてレーザーの周波数を選んで4次の効果を取り出すと、ゆらぎの雲も形を変え始め、最終的に測定された姿は四つ葉のクローバー型でした。

四葉のクローバーのようなゆらぎ地図が出現した
四葉のクローバーのようなゆらぎ地図が出現した / Credit: Băzăvan et al., Nature Physics (2026) / CC BY 4.0

2つの力(非可換)を同時にかけ続けるだけで、どちらの力にも含まれていなかった新しい効果が設計どおりに現れた──これは日常ではほとんど見られない、量子の世界独特の現象です。

もうひとつ、論文が示した驚くべき事実があります。

同じ実験装置のまま、レーザーの周波数を変えるだけで、楕円(2次)→三角(3次)→クローバー(4次)を自在に切り替えられるということです。

これは影絵に喩えれば、「手の形を変えるだけで、犬にもウサギにも鳥にも変えられる」ようなものです。

しかも、その手は隠れた軸の空間に伸びていて、私たちには直接見えない。

見えないまま、影の形だけを頼りに手を動かして、望みどおりの形を作ってみせた。

論文の最後にはこう記されています。

「この手法は、達成可能な相互作用の次数に原理的な上限がない」

クローバーの先には、もっと複雑な形が待っている可能性もあるのです。

さらに論文は、この手法が量子コンピュータの誤り訂正や、素粒子物理学で扱う「格子ゲージ理論」のシミュレーションなど、これまで手が届かなかった応用領域につながる可能性があるとも述べています。

2軸の地図の上の影を自在に操れるようになったことで、隠れた軸に眠っていた量子の性質を、初めて実験室で呼び出せるようになるわけです。

研究を主導したスリニヴァス博士は「私たちは、量子物理の未踏の領域を探索できる新しいタイプの相互作用を実証しました。これから何が見つかるか、本当に楽しみです」と述べています。

元論文

Squeezing, trisqueezing and quadsqueezing in a hybrid oscillator–spin system
https://doi.org/10.1038/s41567-026-03222-6

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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