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アカデミー賞ノミネート監督・山崎エマはなぜ『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』のか?【著者インタビュー】

  • 2026.5.5

ドキュメンタリー映画『⼩学校〜それは⼩さな社会〜』をご存じですか? ご覧になったことはありますか?
 
2024年12月公開になった映画で、2026年5月現在はNetflixほか配信でも観ることができます。端的に言えば、東京にある公立小学校に通う1年生と6年生の学校生活を春夏秋冬にわたって描いたドキュメンタリーなんですが、これが……しみじみと、イイ! お子さんがいらっしゃる方、教育のお仕事に従事されている方はもちろん、日本で小学校を卒業した方、日本で暮らす方働く方……とにかく、万人に観てもらいたいと激しく人にオススメしたくなる作品なんです。実際に私も周囲に薦めたところ、観た人が私と同じ状態になってまた人に薦めて……と、「ネズミ算って、こういうことよね」と、イイものが拡がっていく縮図のようなものを見ています。

映画『小学校〜それは小さな社会〜』
監督・編集:山崎エマ(『モンキービジネス おさるのジョージ著者の大冒険』『甲子園;フィールド・オブ・ドリームス』) プロデューサー:エリック・ニアリ 製作・制作:シネリック・クリエイティブ 国際共同製作:NHK 共同制作:Pystymetsä Point du Jour YLE France Télévisions 協力: 世田谷区 世田谷区教育委員会 製作協力:鈍牛倶楽部 配給:ハピネットファントム・スタジオ 宣伝:ミラクルヴォイス 宣伝協力:芽 inc.
2023年/日本・アメリカ・フィンランド・フランス/カラー/99分/5.1ch

イギリス人の父と日本人の母を持つ山崎エマ監督が700時間に及んだ撮影を99分にギュッと濃縮、本作の短編版である『Instruments of a Beating Heart』は、アメリカのアカデミー賞の短編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされ、長編は海外でも多数上映され、賞を獲り、話題となりました。監督は大阪の公立小学校を卒業後、中高はインターナショナル・スクールに通い、アメリカの大学へ進学されたのですが「6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12 歳になるころには、⽇本の⼦どもは“⽇本⼈”になっている。すなわちそれは、⼩学校が鍵になっているのではないか」と考え、この作品を作ることにしたそうです。公立小学校で1年間カメラを回すなんて、許可取るだけでもとんでもない難易度なのに、それすらもアイデアと情熱でクリア。そんな名作を受けて、新潮社から山崎監督の初の著書『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』が発売されることになりました。これが……映画と合わせて読むと、10倍楽しい! そんなオトナミューズ激推しの著書について、映画のビハインドについて、映画ライターのよしひろまさみちさん(そもそもオトナミューズに本作をオススメしてくれた恩人)が、お話を聞いてくれました。ぜひ、映像作品や著書と共にお楽しみください。

他の人と人生を比べることで自分の環境に気づけたのも大きい

――ドキュメンタリーの2本『⼩学校〜それは⼩さな社会〜』と短縮版『Instruments of a Beating Heart』はもちろん素晴らしかったんですが、書籍『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』も本当に面白かったです。
山崎 やった! 褒められまくってる。もっと言って下さい!
――まえがきにありましたが、自分語りはお初、なんですよね? そうとは思えなかったですし、超絶ユニークな成長録でした。
山崎 自分語りも本の出版も全く、人生プランにはなかったんですよね。
――いや、これを決めた編集者の目は確かかと。だって、すごい話なんですもん。なんでこれまで著書は考えなかったんです?
山崎 書くことはあまり得意じゃなくて、苦手意識もあったんですよ。それも学生のころから。だから、映像がいい、と思ってやってきたんですよね。本でも振り返ったように、そもそも大阪のおしゃべりな子が、ダンスとかに出会ったことでからだで表現することを覚え、文字など残るような方法ではないやり方をしてきているから、映像に出会ったときに、私が「伝える」方法はこれだ、と思ったんです。作品を作って取材を受けるようになり、取材でしゃべる機会は増えたんですけど、自分で文章化するのはちょっと恐怖があったんですよね。
 

――こうしてご自身で書いてみてどうでした?
山崎 ドキュメンタリーを作るほうがぜんぜん手間がかかるんですが、なにせ書くのが初めてだから、かなり苦労しました。担当編集者のおかげで形にできた、と思っています。
――出版のお話は、アカデミー賞の後ですか?
山崎 そうです。アカデミー賞のノミネートを受けてから、いろいろなチャンスがありました。この本もそうですし、絵本を出さないか、とか。そこで何をするかしないかを自分なりに考えて選んだのがこの本になります。
――『小学校〜』の制作日記みたいなビハインドストーリー本っていうことも考えられたと思いますが、あえてご自身の人生のストーリーを振り返ることにしたのは?
山崎 『小学校〜』で描くことができなかった部分を文章化するというプランはなかったんですよね。それだったら、むしろ私じゃなくても書けますから。
――ライターさんはもちろんですけど、映像にできなかった小学校の仕組みみたいなところは学者さんや専門家が補完してもらえればいいですものね。
山崎 そうそう。私の人生の軸で、私にしかできない、私だからできる、ということに挑戦しているつもりなんですね。なので、映画を文字としてノンフィクション化するのは全く考えてなかったですし、自分にしかできないことを広げるとしたら、自分のストーリーを今やるのが一番適していると思ったんです。

――実際のところ、テキスト化することで自分でも驚いたことがたくさんあったんじゃないですか?
山崎 そりゃもう! 親にもインタビューしましたし、そもそも文章化するために自分の半生を振り返ることなんてない機会ですからね。頭の中で思い巡らせることはあっても、テキスト化すると「こんなだったっけ、私?」ってことがいくつも。特に最初の20年間くらいの話は、自分自身が感じていたことはあったにせよ、親の思惑は知らなくて。あのときこうした理由、を聞けたのは本当によかったです。
――イギリスの祖父母のところに単身送り出されたところですね。あれ、本でも書いてありますけど、ほぼ武者修行……。
山崎 NY大学では周囲から「親がそんなことをするわけない。それはフィクションだろ」って言われましたから(笑)。
――リサーチしたのは親御さんだけですか?
山崎 中高時代(インターナショナルスクール)の仲のいい友だちと話していたときに、自分の記憶から消していたことをいろいろと気づかされました。いろいろと話を重ねていくことで、やっぱりうちの両親はすごいな、プランがあってやってくれていたんだな、と思ったんですよ。
――本の後半で出てきますよね。山崎さんにやってきたこととそのタイミングも、全てお父様お母様の思惑があった、って。
山崎 そうなんですよね。とくに父は教育者だったからかもしれませんが、私のことを最優先にしながら彼自身の人生を生きていたってことを感じますね。他の人と人生を比べることで自分の環境に気づけたのも大きいですし。そういった意味では、この本を読んでくださった方が、比較対象としていろいろ考えて語っていただきたいなと思ってます。

3歳の息子と私はイギリス英語と日本語、夫とはアメリカ英語!

――じつは私の知人にも山崎さんの幼少期と似たことを経験した人がいまして。同じくイギリスなんですが、わけのわからないまま送り出されて英語教育を受け、日本に帰ってからアイデンティティに苦しんだ、っていう。もちろんその人の親御さんにも思惑があったんですけど、それが分かるのと分からないままとは違いますよね。
山崎 いや、ほんとそうです。私の両親がやってきたことを私もマネしたいんですけど、ぜんぜんできてなくて。どうやってこういう決断をしたんだろう、ってことは、本を書き終えた今でも不思議に思っています。
――ともすると、何かうまくいかないときに親のせいにしちゃいそうなシチュエーションですけど、そうでもなかった?
山崎 なかったんですよ。親のせいにするっていう発想自体がなくて、うまくいかないと感じていた当時は「世界ってこういうもんだ」と思ってたくらいですので。
――この本のためのインタビューじゃ足りなかったでしょ?
山崎 もう追加取材してますよ。息子が生まれた瞬間から(笑)。でも、私にしてくれたことをそのままコピペできないんですよね。うちの息子は3歳なんですが、私とはぜんぜん違いますし、親としての状況も全く違う。コピペできない分、私と夫なりの正解を出さないと、と思いながら子育てしてますよ。
――厳しいですねー。コピペできたら楽なのに。
山崎 そうなんでしょうねー。でも、子どもも親もみんなそれぞれ個性が違いますから。たとえば本に書いた通り、私の場合は父とは英語、母とは日本語、親同士は英語でコミュニケーションをとってましたけど、うちはこれまた違ってて。私と息子は日本語、夫と息子はアメリカ英語でしょ。その時点でイギリス英語だった父とはシチュエーションが違う。それだけでなく、父はけっこうな時間家にいましたけど、夫は出張が多いのでそこまで家にいないんですよ。そうすると、息子には英語が足りなくなってしまったり。
――日本語だけになってしまうと、山崎さんとぜんぜん違いますもんね。
山崎 英語も日本語もネイティブレベルでできる環境があるのに、息子が日本語しかできない、あえて制限をかけているみたいなことになるのはもったいないと思うんですよ。そのために、夫がいないときでも、英語と日本語で話しかけていくようにしたり。うちの両親とはスタンスが違うけど応用しているみたいなかんじで取り組んでます。
――試行錯誤の連続ですね。
山崎 そうそう。それはうちの両親も同じだったとは思いますが、試行錯誤してることを子どもに感じさせなかったのがすごいと思います。私も「今日は日本語ね」みたいなことは言わずに、いろいろ試しています。

ブルマって、なにアレ。今考えると信じられない

――息子さんの初等教育は山崎さんと同じ日本式で行くんですよね?
山崎 はい。今は保育園に通っていて、このまま近所の公立小学校に進学する予定です。ただ、私のように中学からインターナショナルか海外の学校か、と言われると、まだ決めかねてます。
――パートナーさんはどう考えてらっしゃいます?
山崎 彼はアメリカ育ちで、日本の小学校や教育システムを全く知らなかったんですよ。すごくリベラルで、教室内で同じことをしている人が誰もいないくらい自由な環境で教育を受けてきていました。でも、『小学校〜』を一緒に作ったプロデューサーでもあるので、公立に通わせることは同意してくれてます。
――『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』(20)では高校にも密着され、かなりな時間日本の学校を撮られてきましたが、そんな監督からして日本でしか起こり得ないな、と感じていることはなんでしょう?
 
編集部注……『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』2018年、夏の甲子園は記念となる第100回目の大会を迎えた。日米の合同クルーは、激戦区となる神奈川県の横浜隼人高校と、大谷翔平や菊池雄星を輩出した岩手県の花巻東高校を密着取材。青春のすべてをひと夏にぶつける球児たちや、共に喜び、共に葛藤する監督2人の1年間を追いかけたドキュメンタリー映画。Netflixで配信中。
 
山崎 日本の社会は、生活面や人間形成も含めて、学校にその役割をしてくださいっていうシステムなんですよね。もちろん学校や先生がたの色はある程度あるんですけど、基本的な学習指導要領に沿った内容が大体決まってて、ユニバーサルなシステムっていうのが日本のよさでもあり、息苦しさも作ってるんだと思います。その一方で、そこが画期的。アメリカとかだと、共通の理解がなかなかないですから。でも、日本にずっといる方からすると、日本の教育が世界中でも似たようなもんだと思いがちですが全然そうじゃないですからね。『小学校〜』を世界中で上映しましたが、海外の人からよく言われたのは「子どもたちが小さいころから役割を任され、大人が責任を与えてる」ってこと。日本だと『はじめてのおつかい』って番組ありますけど、それが世界中で大ヒットしたのは、あれがある意味で衝撃映像だったからなんですよね。日本だとちょっと大人のように子どもを扱いますし、学校では集団の中でどう生きていくかの練習みたいなところはかなりユニークなのかなと思います。国によっては、子どもが働かないといけないみたいなまだ状況がありますけど、それとも、違いますしね。でも日本のように発展してる社会では、子どもは子どもらしくみたいなものもありますから、『子どもらしくいつつも、大人と同じ役割、責任みたいなものはある』というのはなかなかほかではないと思いますよ。
――社会生活に出ても困らないだけの、最低限の知識を与えている。
山崎 そうそう。社会に入る練習は、極端にいえば保育園から始まっている気がしますし、小学校ではそれがあたりまえ。学校っていう場所の役割が、勉強は当然だけど、それよりも大事な人と関わる練習の場になっているんですよね。
――私もドキュメンタリーと本を拝見する前は、小学校なんていい思い出一つもありゃしない、と思っていましたけど、俯瞰してみるとすごくいいことをしてもらった、と、ポジティブに捉えることができましたもん。なにせ、暴力教師がたくさんいる時代だったんで。
山崎 時代的にビンタ、げんこつがあたりまえにありましたよね。
――そうそう。今はそれよりはヘルシーになったけど、厳しく指導するところは変わっていない。
山崎 暴力は一切認められませんが、厳しい指導というのはバランスなんですよね。私の小学校時代と今のそれも違いますから。個々にとってなにが最適か、個性を伸ばすためにはなにが必要か、ってことは長年言われているから、現場でもそれが浸透しているし、ありのままを認めつつも、個々の持つ才能を見極める先生が増えているんですよね。そこはほんと進化してると思います。
――私のころは、給食はみんな同じ量、同じ時間で食べきるのが決まりで、泣いても許されないって感じでしたから。
山崎 それ、私のころもありましたよ。廊下に立たされたりして。でも、授業を受けてないとダメだから廊下の窓から首を出せ、とか(笑)。しかもブルマですよ、体育。
――あれ、なんだったんでしょうね……今だったら犯罪。
山崎 ほんと、信じられない(笑)。

大多数の先生方は子どもに対してすごく真剣に取り組んでくださっている

山崎 短編版がオスカー賞候補になったとき、ニューヨーク・タイムズの見出しで、「レジリエンス」って言葉がついたんですが、これが世界中でバズっていて。意味は「苦境に直面したときに、元の健康的な状態へ戻す回復力」みたいなことなんですが、これ、世界中の親が子どもに植え付けたい特性ナンバーワンなんですよ。でもこれって個人差がありますし、強さっていってもいろいろな種類があるから、難しいんですよね。理想としては、安全に愛されている関係性がある環境下で、何かできないことに直面したときにそれを乗り越える練習を、なんでもいいからすることなんですよね。跳び箱を一段あげられるようになるとか、楽器を弾けるようになるとか、そういうのでもいいと思うんですが、それが大人になったとき、困難に向き合える力をためていくことにつながるんだと思うんです。それでいうと、私が小学校時代、運動会で人間ピラミッドとかいろいろやったことに対して、頑張った先に見える景色とか、練習を重ねるうちに見えてくることとか、それを知ることができたことが大きいと思っています。それを知っているから、今にもつながっていると思っているんですよ。
――『甲子園〜』『小学校〜』と本を通して気づかれたことですよね。
山崎 はい。学校のハードウェアの部分って昭和からぜんぜん変わっていないんですよね。体育館はこう、教室はこう、ってことは国で決められているから、何十校も取材のお願いで学校を訪れるたびにデジャブのような感覚に陥るほどでした。でも、それも日本っぽい。形から入るじゃないですか、日本って。ただ、中身はそれぞれ違うんですよ。私の小学校時代は、先生に褒めてもらうためだけにがんばる、みたいなところもあって、それはそれで日本っぽい目的意識だとは思うんですけど、ただそれによって自信をつけて自己肯定感を高めることもできるようになったのが今の現場だなと思っています。今は小学校でも叱るだけじゃなくてちゃんと褒めますし、それが子どもたちにうまく作用している、と。こういったシステムが、海外の自由な教育とうまく相互作用していくことで、バランスがもっとよくなっていくんじゃないかな。
――ですよねー。アメリカの友人、ゴリッゴリに自己肯定感高いのがうらやましくもあるんですけど、その反面、自信がありすぎて謙虚さがちょいと少なく感じることもままありますから。自由な教育は100%いいことか、って言われるとちょっと違うのかな、と思ってしまう。そこが日本人の自信のなさにつながる、という方もいると思うんですけど、強さにも変えることができるんじゃない? って、本を読んで思いました。
山崎 そうそう。いいとこどり、じゃないですけど、あちこちの教育でいいところをうまく取り入れてバランスをとると、もっといい時代が来るような気がするんですよね。次世代がもっと豊かになるためにすべきことって、そこにあるんじゃないでしょうか。
 

――そのためにはまず、『小学校〜』とこの本で、親世代が経験した学校教育と、今のそれが違うことを知ってもらわないと。
山崎 そうそう。親にならないと分からないどころか、親になっても学校の現場は分からないですから。しかも、学校で起きることが報道されるとしたら、だいたいネガティブなことや課題ばかりですからね。たしかに、悪いことは悪いんですけど、それは一部に過ぎないですし、大多数の先生方は子どもに対してすごく真剣に取り組んでくださっていますから。しかも、今の日本の学校教員は、時間も人数も足りていない中でマックスのことをしてくださっているでしょ。そこを補うために、親も動かないといけないと割り切ったほうがいいとも思っているんですよね。
――あ、それいいですね。PTAとはまた違う流れで。
山崎 たとえばこれからはAIを活用した教育が始まるらしいんですけど、補えるところはどんどん活用すればいいと思うんですよ。個人のスキルを伸ばすことなんかは家でやって、学校というスペシャルな場所でしかできないことを学校に担っていただく。そういうことも、本を読んだ方同士で語り合ってもらいたいんですよね。

次回作は『小学校~』の大人版!?

――そういえば、小学校のロケ先なんですが、ほんといいこと思いつきましたよね。『甲子園〜』は、甲子園100回大会の記念年だったから前人未到の密着ができた、という経験をもとに、小学校は東京オリンピックのイベント年を活用するなんて。
山崎 いやいや、もうあれは必死で。必死さが増したことで、なんか手はないか、ってずっと考えてたんですよ。以前住んだことがあった世田谷が、たまたま東京オリンピックでアメリカのホストタウンになることが分かったから、話くらいは聞いてくれるんじゃないか、と持って持ちかけたのがきっかけです。
――にしたって、小学校に1年密着。しかも、生徒を撮るなんて無理ゲーですよ。
山崎 そう。絶対ないですよね(笑)。いまどき珍しいマンモス校でしたし。でも、そこで関係性を構築して、映画の中での1年生、今はもう6年生になったんですけど、彼らと親御さんのOKをとって。しかも学校って、先生が転勤しちゃうんで、映画に出てきた先生方はもうあの学校にはいないんですよ。それくらい刹那なものだった。
――それでいうと、たまたまとはいえ、コロナ禍における学校生活を切り取れたのも、史料的な価値がありますね。
山崎 本当にたまたまでしたけどね。最初は2020年4月から撮影を始めようとして、その当時の1年生と関わり始めたんですが、緊急事態宣言で中断。それで翌年から仕切り直しになったんですが、あのときいつ休校になってもおかしくないくらい不安定だったじゃないですか。やってるときも、後半はきっとマスクがとれるはず、と思ってたのにぜんぜんそんな感じじゃないですし。だから、一回全部をやめて、仕切り直しで5年か10年後にやるか、みたいな話も出たくらい。結果としては、もともと訴えたかったテーマ性にプラスして、あの困難な状況下での教育現場も収めることができて、よかったんだと思います。子どもはもちろん、大人も正解がないなかでなんとかしようとしてる姿が収められましたから。
――不謹慎ですが、ラッキーではありましたね。
山崎 人類の歴史レベルで残せてよかったと思いますね。『甲子園〜』はコロナ前で、『小学校〜』はコロナ禍、次の作品を含めて何かしらのテーマを持った3部作として観られる時代がきたら面白いですよね。
――ってことは、次回作も学校?
山崎 いえ。次は学校で学んだことがどうなっていくのかを描く、『小学校〜』の大人版を考えてます。こういう教育を受けた子どもが育つとどういうことになっているのか。日本の強みって、今も昔も組織力、チーム力だと思うんですよ。組織や企業に入ってくる20代の若者とそれを仕切る60代の間は断絶して価値観がぜんぜん違う。なのに、外から見た日本の大人のイメージは90年代イケイケ時代の組織に忠実なサラリーマン像が強く残っているんですよね。そこが画一化されたものなのか、それとも変わってきているのか。分断がちょっとでも減って、関心を持って理解し合えるようになることに、ちょっとでも貢献できればと思っています。
――それはオモロそう。中学校をやるのかと思ってたんですが(笑)。
山崎 インターナショナルスクール行っちゃったんで分からないんですが、中学校はまた、小学校とはぜんぜん違うんですよね。一気に人間形成されるって聞いてます。ちょっと興味あるんですよね……映画じゃなくても撮ろうかな。
――期待してます。あと、次の著書も!

『⼩学校〜それは⼩さな社会〜』
story 「6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12 歳になるころには、⽇本の⼦どもは“⽇本⼈”になっている。すなわちそれは、⼩学校が鍵になっているのではないか」との思いを強めた山崎監督が、1年間、150⽇、700時間世田谷の公立小学校に密着取材したドキュメンタリー。本作の短編版『Instruments of a Beating Heart』が第97回アカデミー賞で短編ドキュメンタリー部門にノミネートされた。
監督・編集:山崎エマ/配給:ハピネットファントム・スタジオ/公開:現在、Netflixほかにて配信中
© Cineric Creative / NHK / ZED Pystymetsä / Point du Jour

Interview & Text_MASAMICHI YOSHIHIRO
Photograph_KAZUYUKI EBISAWA[MAKIURA OFFICE]
 

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