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“100年に一人の逸材”『元プロレスラー(49歳)』が激白…“観客激減”の暗黒期に下した【驚きの決断】とは「負けるよりいい」

  • 2026.5.21
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(C)テレビ朝日

テレビ朝日のポッドキャスト番組『アルコ&ピースの#文化人が1番やばい〜Produced by しくじり先生〜』は、お笑いコンビ『アルコ&ピース』の平子祐希さんと酒井健太さんがさまざまな分野の文化人ゲストを招き、その人生や本性に迫る番組。

2026年5月5日の配信回には、現役時代は100年に一人の逸材のキャッチコピーのもと活躍し、現在は「新日本プロレスリング」の代表取締役社長・棚橋弘至さん(49歳)が登場。観客が激減した新日本プロレス暗黒期に、自ら立ち上がって会社を救った戦略について語りました。

観客が10列から3列に…新日本プロレス暗黒期の絶望

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(C)テレビ朝日

2000年代前半、「新日本プロレスリング」は存続の危機ともいえる暗黒期に突入しました。

橋本真也さんや武藤敬司さん、長州力さんなど主力レスラーが次々と団体を離脱。2005年には自力経営が立ち行かなくなり、ゲーム会社の「株式会社ユークス」に身売りすることになります。予算はおよそ半分にまで削られてしまいました。

棚橋さんも、若手レスラーとして肌でその変化を感じていました。それまで満員だった会場のお客さまが、毎年1列ずつ減っていく光景…。10列あった席が最終的には3列、4列にまで減ってしまったといいます。この時期に、プロレスの世界を去っていくレスラーも多かったのだとか。

控室で降りてきた「俺なんじゃないか」という啓示

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(C)テレビ朝日

「新日本プロレスリング」への愛情があって入団を決意した棚橋さん。「頑張って練習して試合をしていればスターになれる」と信じていましたが、現実は厳しいものでした。日に日に盛り下がっていくプロレス業界を見て、「このまま頑張っても、もうスターになれないかもしれない」と感じてしまったのだそうです。

転機が訪れたのは、東北巡業のとき。「誰か新日本プロレスを盛り上げてくれよ…」と、ちょっぴり他力本願なことを思いつつ控室を見渡していた棚橋さんに、突然「プロレス業界を盛り上げるのは、俺なんじゃないか?」という啓示が降りてきたのだとか。まさに天啓のようだったと、棚橋さんは語ります。

意識が変わった棚橋さんは、当時まだ珍しかったWebを積極的に活用し始めます。新日本プロレス公式のiモードでコラムを書くことから始まり、2008年頃からはアメーバブログも開始。メディアへの顔出しも頑張りました。プロレス業界を身近に感じてもらえる活動に力を注いだわけです。

しかし、内部で棚橋さんの頑張りを評価してくれる人はほとんどいなかったのだそう!先輩レスラーからは数年に渡り非難されたと苦笑していました。

金髪・エクステ・ナルシスト!戦略的キャラ変を実行

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当時の「新日本プロレスリング」といえば、黒タイツをメインとした飾り気のない格好をするのが伝統。余計なアピールをせず、実力一本で勝負するのが正統派でした。

しかし棚橋さんは、その伝統をあえて裏切る決断を下します。「今までと同じことをやっていては、客足が遠のくばかりだ」と考えたわけですね。

なんと、棚橋さんは金髪にロン毛、エクステをつけて「かっこいいだろう」とアピールするナルシストキャラへ変身!わかりやすいキャラクターに振り切ったのです。

キャラ変した後、棚橋さんはある重要な発見をします。自分がチャラチャラした格好をして観客からブーイングを浴びれば浴びるほど、対戦相手を熱心に応援する人が増えることに気づいたのです。

棚橋さんが「憎まれ役」を買って出ることで、試合に観客の感情を動かす対立構造が生まれました。

IWGPヘビー級王座初戴冠!長年続いたブーイングと、奇跡のV字回復

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2006年、棚橋さんは新日本プロレスの最高峰タイトル・IWGPヘビー級王座を初戴冠。普通なら歓声が起きる場面ですが、棚橋さんに浴びせられたのは、さらに大きなブーイングでした。「金髪でチャラチャラしている」「ストロングスタイルじゃない」という声が止まらなかったのだそうです。

ブーイングはかなり長い間続きました。それでも棚橋さんは「負けるよりいいじゃん」と開き直り、自分の戦略を貫き通します。その間に、後藤洋央紀さん・中邑真輔さん・オカダ・カズチカさんといった個性派の選手たちも揃い始め、団体の地力が徐々に回復していきました。

そして2012年、株式会社ユークスからカードゲームメーカーの株式会社ブシロードへとオーナー会社が移行。山手線の車内広告や秋葉原での大規模プロモーションなど、潤沢な広告投資によって新日本プロレスの知名度は一気に拡大。ここから「奇跡のV字回復」と呼ばれる急上昇が始まったのです。

嫌われ役を引き受けた覚悟が、新日本プロレスを救った

伝統を守ることが正義とされる世界で、それをあえて裏切り、自ら憎まれ役になる決断を下した棚橋さん。ブーイングを浴び続けてもブレなかった姿勢からは、強烈な信念と「プロレス業界を救う」という孤独な覚悟が伝わってきます。

「誰かが盛り上げてくれ」と願う側ではなく、「俺が盛り上げる」と立ち上がった棚橋さん。その決断があったからこそ、今の「新日本プロレスリング」があるのかもしれません。嫌われることを恐れず行動できる人の強さを、改めて感じさせてくれるエピソードでした。


アルコ&ピースの#文化人が1番やばい〜Produced by しくじり先生〜【テレビ朝日】
【棚橋弘至社長】業績悪化…コロナ…数々の苦難を乗り越えた新日本プロレスの行先は? #114

[配信日時]2026年5月5日
[出演者]平子祐希(アルコ&ピース)、酒井健太(アルコ&ピース)、棚橋弘至
[番組URL]https://www.youtube.com/watch?v=4sO3xFus8QU

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