1. トップ
  2. コーヒーで旅する日本/四国編|たった一度の“会心の焙煎”が誘ったコーヒーの深淵。手間と時間が醸す深煎りの真価を求めて。「手焼珈琲RODAN」

コーヒーで旅する日本/四国編|たった一度の“会心の焙煎”が誘ったコーヒーの深淵。手間と時間が醸す深煎りの真価を求めて。「手焼珈琲RODAN」

  • 2026.4.23

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

入口に置かれた豆の陳列ケースが目を引く「rodan-caffe 柳井町店」
入口に置かれた豆の陳列ケースが目を引く「rodan-caffe 柳井町店」

四国編の第44回は、愛媛県伊予市の「手焼珈琲RODAN」。愛媛では数少ない、深煎り・ネルドリップを貫く老舗として、全国にファンを持つ一軒だ。店主の西口輝彦さんは、家業の貨物船運送業から転身し、独学でコーヒーの味作りに邁進。自ら設計した焙煎機に改良を重ね、深煎りならではの醍醐味を提案している。飽くなき探求心の原点は、土鍋で豆を焼き始めた時、たった一度だけできた会心の焙煎。以来、飽くなき探求心と試行の積み重ねで追い求めてきた、コーヒーの味作りの深奥とは。

店主の西口さん
店主の西口さん

Profile|西口輝彦(にしぐち・てるひこ)

1964年(昭和39年)、愛媛県生まれ。船舶の専門学校を卒業後、家業の貨物船運送業を担うも、6年ほどで下船。焼肉店・炉談を開店し、2年後に併設して喫茶店「RODAN」をオープンしたのを機に、自家焙煎に着手。札幌の自家焙煎コーヒー店・るびあ店主・従二さんに師事し、自作の焙煎機も開発し、豆の販売専門店にシフト。インターネットによる通信販売を始め、神戸の人気テキスタイル店のノベルティに採用されたことで全国に知られる存在に。2017年、松山に姉妹店、「rodan caffe 柳井町店」を開店し、喫茶を再開。2025年から、旅するコーヒーと銘打った出張喫茶もスタート。

偶然の成功が導いた奥深き焙煎の世界

伊予市の「手焼珈琲RODAN」は焙煎所兼豆のショップとして、奥様のさつきさんが切り盛り
伊予市の「手焼珈琲RODAN」は焙煎所兼豆のショップとして、奥様のさつきさんが切り盛り

伊予市内の住宅街にあって、真っ白なスレート張りの店構えが目を引く「手焼珈琲RODAN」。一見、さわやかな店の雰囲気とは裏腹に、焙煎室に入るとイメージが一転する。壁は燻されたように茶色く染まり、いかにも武骨な焙煎機の周辺には、黒く煤(すす)けた跡が幾重にも。室内に染みついた痕跡が、店主の西口さんが、炎と熱に対峙してきた時の長さを物語る。「焙煎した後は、部屋に煙が充満して、手元も見えないほどになりますよ(笑)」。そう話す穏やかな表情からは、過酷な作業を想像させないが、ここにいたるまで紆余曲折の道のりをたどってきた。

まずもって、もともとは船乗りだったという経歴に驚かされる。「父が貨物船運送業の親方を務めていて、家業を継ぐために船舶の専門学校も出て、国内のあちこちの港を行き来していました。ただ、小さいころから船乗りは向いてないと思っていて、特に荒れる外海は怖かったですね」と振り返る。数年後には船を降り、代わって始めたのは、全く畑違いの焼肉店。「父の強引な勧めで半ば自棄気味に始めたのが、“炉談”という店。実は今の屋号は、この時に付けたものなんです」。飲食の仕事は未経験ながら、2年ほどで何とか軌道に乗り出したころ、父への反発心もあり、店に併設して喫茶店「RODAN」を開業。船乗り時代、寄港した先々でコーヒー店を巡っていた西口さんは、「この界隈にはコーヒー専門店がなかったから、自分で作ればいいのではと思ったんです」。ほんの軽い思いつきが、コーヒーという大海へと漕ぎ出す転機となった。

ドリップバッグは注文を受けてから、豆を挽いて手詰めして新鮮な風味を提供
ドリップバッグは注文を受けてから、豆を挽いて手詰めして新鮮な風味を提供

当時からコーヒーは好きだったが、仕事としては全く無知の状態。「おいしいコーヒーって何?というところからスタートして、焙煎のことを知って、要は豆を煎ればいいのかと簡単に考えてしまって(笑)。豆を焙烙(ほうろく)で煎っているのを本で見て、同じ陶器ならできると思って、土鍋で焙煎を始めたんです」。以来、焙煎にのめり込んで何百回と焼いては失敗を繰り返すなかで、ある時、理想と言える深煎りの焙煎に成功する。「たまたま、すごいうまく焼けたその豆は、苦味がほぼなく、甘味だけが際立っていて、お客さんの感覚を変えるんじゃないかと思ったほどでした。たった一度の会心の出来を体験したことが、この後の運命を変えましたね」。ただ、それ以降、同じ味を再現したことは、ついぞなかったという。

「自分でも納得できる焙煎ができるようになったのは、この2、3年」という西口さん。焙煎室の煤(すす)けた壁が、長年の試行錯誤の足跡を物語る
「自分でも納得できる焙煎ができるようになったのは、この2、3年」という西口さん。焙煎室の煤(すす)けた壁が、長年の試行錯誤の足跡を物語る

悩める焙煎に光明をもたらした師匠との出会い

深煎り・ネルドリップの専門店としては、松山界隈でほぼ唯一の存在
深煎り・ネルドリップの専門店としては、松山界隈でほぼ唯一の存在

それでも西口さんは、焙煎の器具も土鍋から手網、さらに手回し焙煎機に変えて、あらゆる試行錯誤を重ねるも味作りは難航。限界を感じ始めた時に目に留まったのが、札幌の自家焙煎コーヒー店・るびあを紹介する雑誌記事だった。「店主の従二(じゅうに)さんが、かつて豆を手焼きしていたと知って、直接電話しました。この人なら、自分の悩みをわかってくれるかなと。“手焼きで旨いコーヒーはできますか”と聞いてみると、“大型の焙煎機よりうまくできる”と言われて、それを励みにまた豆を焼き続けました」

しかも、そのやり取りから3カ月後に、従二さんが愛媛に移住するとの知らせを受ける。「奥様の療養のため、暖かい土地を求めておられて、僕が電話したのをきっかけに四国のことを思い出してくれたんです」と西口さん。以来、毎日のように来店する従二さんに、コーヒーの評価を請うばかりでなく、焙煎機の改良も相談し、機体の制作にも力を貸してもらった。現在使っている自作のオリジナル焙煎機の原型は、この時の従二さんの助言によって実現したもの。このころから、西口さんのコーヒーも、お客からの支持が増え始めたという。それから4年後に、従二さんは惜しくも急逝。「いつも店に来ては、〇△×でコーヒーを判定してくれて。ようやく〇が出だしたころでした」と、亡き師匠を偲ぶ気持ちはひとしおだ。

2種の看板ブレンドの中でも、極深煎りのフレンチが店の代名詞
2種の看板ブレンドの中でも、極深煎りのフレンチが店の代名詞

開店当初、「RODAN」は喫茶メインだったが、数年後にはよりコーヒーに集中しようと豆の販売一本に舵を切ることに。ただ、このころは最も苦しい時代だったという。「一時は生計が立たないくらい、しんどい時期でした。当時は家で飲む人も少なくて、週に数百グラムしか売れない時もありました。飛び込み営業したり、値下げしたりいろいろしましたが、時々、遠方から電話注文があったので、それなら通販をしようと考えたんです」。とはいえ、インターネットなどはもちろんなく、まだパソコン通信と呼ばれていた時代。ネット上の掲示板にゲリラ的に宣伝を書き込み、後に自力でホームページも立ち上げた。この時、幸運にも、神戸の人気テキスタイルショップ・CHECK&STRIPEのノベルティに採用されたことで、「RODAN」の名は全国に広がった。聞けば、CHECK&STRIPEのWeb掲示板で、お客がたまたま「RODAN」のコーヒーのことを話題にしたのがきっかけだった。

ロダン珈琲750円。滑らかな質感とカラメルのような芳醇な甘味が余韻に広がる。ねじった造形が独特なカップは地元の砥部焼の老舗窯元に特注
ロダン珈琲750円。滑らかな質感とカラメルのような芳醇な甘味が余韻に広がる。ねじった造形が独特なカップは地元の砥部焼の老舗窯元に特注

初心を呼び起こした深煎り・ネルドリップの醍醐味

アイス珈琲は濃度を保つため、氷の上で回して間接的に冷却
アイス珈琲は濃度を保つため、氷の上で回して間接的に冷却

通信販売を機に、豆の販売は増え始めたが、「だんだん焙煎がワンパターンになってきて、気づいたら焙煎が浅煎り気味になっていました。そのほうが売れるからですね。このころは、初めて土鍋で焼いた、あの“会心の豆”を再現しようという気概を失いかけていました」と西口さん。そんな折に、従二さんの墓参を兼ねて訪ねた札幌で、忘れていた初心を呼び起こされる。「札幌の老舗・宮越屋珈琲で飲んだコーヒーに衝撃を受けまして。いわゆるローカルチェーンですが、スタッフ誰もが高いクオリティで抽出し、多くの人に深煎り・ネルドリップの魅力を広めているのを見て、自分が情けなくなった。まだ師匠に恩返しができてない、と忘れていた気持ちを思い出しました」

ここから心機一転、2017年、松山に姉妹店「rodan caffe 柳井町店」を開店し、喫茶を再開。すでにスペシャルティコーヒーが広まっていたころ、従二さんとの出会いを機に追求してきた深煎り・ネルドリップは少数派。「そこで焙煎度を再び深煎りに戻したら、お客さんが半分くらい減りました(笑)。でも、“もっと深く、もっと深く”が口癖だった師匠に倣って、苦味のない甘いだけのコーヒーを迷わず目指そうと思いました」。

アイス珈琲800円は銅に漆と金箔を塗ったカップで。冷やすことで香味が冴え、後味の甘さもキレを増す。底が透けて見えるよう氷のサイズも計算されている
アイス珈琲800円は銅に漆と金箔を塗ったカップで。冷やすことで香味が冴え、後味の甘さもキレを増す。底が透けて見えるよう氷のサイズも計算されている

豆はブレンド3種のみ。創業以来の定番、深煎りのフレンチ、中深煎りのソフト、後にNミックスが加わった。「“N”は常連さんのイニシャルから取ったもの。いつもフレンチ7:ソフト3の配合を注文されていて、いわばブレンドのブレンド。自分でも試してみたらこれがおいしくて。店でも出すようになったんです」

喫茶で提供する際は、豆はすべてフレンチを使用。25グラム・100ccのロダン、30グラム・100ccのクラシック、30グラム・60ccのデミタスと濃度を変えて提案する。さらに、銀座の老舗カフェ・ド・ランブルの名物、琥珀の女王をアレンジしたエヴァンス珈琲は、50グラム・40ccで低温抽出。エバミルクの代わりに生クリームを浮かべるのが「RODAN」流だ。また、シェーカーを氷の上で回して冷やすアイスコーヒーは、福岡の名店・珈琲美美のスタイル。鉄瓶で沸かす湯も、茶会で釜の白湯のまろやかさを感じて以来、使い出したもの。「おいしくなるなら、何でもやります」と、よいものはどん欲に取り入れ、味作りに活かしてきた。

クラシック珈琲は貴重なアンティークカップで提供
クラシック珈琲は貴重なアンティークカップで提供

手間ひまかけた一杯を待つ時間が作る味

細やかな工夫と繊細な仕事ぶりに加えて、西口さんが大切にしているのが、手間と時間だ。「コーヒーを淹れる=手仕事だから、なるべくアナログの道具を使うようにしています。手間をかけた一杯を、待つ時間が味を作るというのを伝えていきたい。たとえば、うちのカフェオレは、できるまでに15分はかかるけど、このプロセスも込みでレシピであり、味のうち。今ならもっと早く作る方法はいくらもあるが、だからこそ、時間をかけて作ろうとしているところもあります」

その言葉には、日本で生まれたネルの文化をなくしたくないという思いもにじむ。「昔の人が、コーヒーの甘さを追求してきたことを、若い人が知らないのはさびしい。これを残すのが使命のように思う。師匠からのバトンを誰かに渡せれば」と西口さん。喫茶を再開した時から、求める味に到達するまで、自分からはやめないと決めている。創業から一貫して、自作の焙煎機を使い続けているが、一時はメーカーの焙煎機の導入を考えたこともあった。それでも、「これに慣れてしまったら変えられない。それに、歴代の焙煎機を制作してきたことが、すごく勉強になった。排気・吸気の仕組みの重要性とかは、実際に仕組みを作ったからわかること。すごい遠回りしてますけどね(笑)」と苦笑する西口さん。ただ、自身の手で積み重ねてきた、一見、遠回りの時間もまた、西口さんのコーヒーの味のうちだ。

「rodan caffe 柳井町店」の店内。ヴィンテージ家具のセレクトにもセンスが光る
「rodan caffe 柳井町店」の店内。ヴィンテージ家具のセレクトにもセンスが光る

開店時から歩みを共にしてきた、奥様のさつきさんは、「RODAN」の味の歴史を知る、西口さんにとっての味作りの羅針盤だ。「同じ人が飲み続けて変化をとらえてもらって、よし悪しの判断を仰いでいる。もちろんダメ出しもある(笑)。それで34年やってきましたから」。今では西口さんのコーヒーを求めるファンは全国に広がり、なかには20年来の常連客も。これから、創業から支えてくれたお客に恩返しがしたいと考えている。「今まで通販のお客さんに助けられましたが、直接は会うことはなかったから、顔を合わせてお礼を言いたい。だから今度は逆に、僕らが出張喫茶をして、全国を回れたら」と西口さん。今年2月には、福岡で最初の出張喫茶を開催、かつて船乗りとして津々浦々を行き交ったように、今後も各地を訪ねる予定だ。

フランス製のばね計りや分銅式の計りなど、店内ではなるべくアナログの道具を使うことを心掛ける
フランス製のばね計りや分銅式の計りなど、店内ではなるべくアナログの道具を使うことを心掛ける

西口さんレコメンドのコーヒーショップは「宿と珈琲 太陽と月 sun&moon」。

次回、紹介するのは、愛媛県宇和島市の「宿と珈琲 太陽と月 sun&moon」。

「店主の兵頭さんとは、彼のお祖母さん、お母さんが営むカフェ・ポラリスに豆を卸していたのが縁で知り合ったのを機に、コーヒーに興味を持ってくれて。ニュージーランドでバリスタの経験を積んで、帰国後に宇和島で初のコーヒースタンドを開店されました。久しぶりに、コーヒー愛あふれる若い世代と出会えたのはうれしいこと。2年前から、手回しの器具で焙煎も始めて、自分と同じ道を進む後進として応援したいですね」(西口さん)

【手焼珈琲RODANのコーヒーデータ】

●焙煎機/オリジナル焙煎機 10キロ(直火式)

●抽出/ネルドリップ

●焙煎度合い/中~深煎り

●テイクアウト/あり(690円~)

●豆の販売/ブレンド3種、100グラム880円~

取材・文/田中慶一

撮影/直江泰治

※記事内に価格表示がある場合、特に注記等がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。

元記事で読む
の記事をもっとみる