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杉戸洋の窓から見えるもの──弘前れんが倉庫美術館での個展「えりとへり / flyleaf and liner」は5月17日まで

  • 2026.4.24

奈良美智が涙した、弘前れんが倉庫美術館で開催中の「杉戸洋展:えりとへり / flyleaf and liner」。絵画と空間、人との関係から生まれた展覧会だ。細部への鋭い感覚と俯瞰する視点。その両方を携え、杉戸洋は建築やコラボレーター、過去の自作も巻き込み、展示空間を組み立てる。

PHOTO: RYO NARITA, COURTESY OF HIROSAKI MUSEUM OF CONTEMPORARY ART. © HIROSHI SUGITO, KAZUNARI HATTORI

「ここをこんなふうな素晴らしい構成にしてね、展示してくれてすごく感謝します。もう愛情しか見えない。涙なしに見れない」

弘前れんが倉庫美術館で開催中の「杉戸洋展:えりとへり / flyleaf and liner」の開会セレモニーでスピーチした、この土地出身のアーティスト、奈良美智。この美術館の館長でも学芸員でもない奈良が展示作家に最大の感謝と称賛を送った。そこにいたるストーリーがある。

絵を見ていくと描かれているのはたとえば、家やビルなどの建物、山や樹、人物や静物など。具象だが、抽象ととれる作品もある。色と形をどう置いていくか、しかもどんな質感、風合いにして。それらによって、絵を見る人の気持ちをつかむことに長けた画家が杉戸洋である。近年、海外での評価も高く、展覧会も続いている。

描くことと同時に、見るということに独特の能力を備えていることに気づく。それは絵の細部や絵の主たる部分と同時に、縁(ふち)にいたるまで細やかな気配りも見えてくる。それだけではない。展示している空間を的確に把握して、それぞれの絵がそこにある必然を説得してくる。言い換えれば、ミクロとマクロ、虫の視点と鳥の視点をともに携えて展覧会をつくれる画家なのだということを顕示している。

きわめて大きな作品から、注視しなければ見過ごしてしまいそうな小さな作品まで、会場をめぐりながら出合う。随所に配された服部一成による壁紙は、完璧に貼り込まれることなく一部が浮いたり、人が通るとそよいだりして、空間全体に「隙間」を生み出している。本記事のすべての写真は「杉戸洋展:えりとへり / flyleaf and liner」展示風景より。 PHOTO: RYO NARITA, COURTESY OF HIROSAKI MUSEUM OF CONTEMPORARY ART. © HIROSHI SUGITO, KAZUNARI HATTORI
PHOTO: RYO NARITA, COURTESY OF HIROSAKI MUSEUM OF CONTEMPORARY ART. © HIROSHI SUGITO, KAZUNARI HATTORI
PHOTO: RYO NARITA, COURTESY OF HIROSAKI MUSEUM OF CONTEMPORARY ART. © HIROSHI SUGITO, KAZUNARI HATTORI

光に関しても、画家の感じ方というのはそういうものかと驚かされる。彼はある展覧会のカタログにこんなことを書いていた。

「カンヴァスを壁にかけて制作に取りかかるとき、壁にできる影の色をいつも気にしながら描いています。季節では4月が一番好きです」

杉戸洋は1970年、愛知県生まれ。少年時代10年をニューヨークで過ごし、名古屋の高校時代、美術大学受験を志し、予備校に通った。そこで出会ったのが当時、愛知県立芸術大学に通い、予備校で受験指導のアルバイトをしていた奈良美智だった。時は流れ、2006年、弘前れんが倉庫美術館の前身である酒造倉庫で開催された、「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」に杉戸も参加した。それが今回の展覧会につながっていたのだろう。

縁(えん)というのは不思議なものだ。奈良は東京の美術大学に入学したものの、継続して支払うべき学費を欧州旅行に充ててしまい、学籍を抹消され、私大より学費の安い愛知県立芸術大学に再入学し、受験予備校で教え、二人は出会う。奈良は20代、杉戸は10代だった。

弘前れんが倉庫美術館は元は地元の酒造メーカーの工場と倉庫として戦前から利用された建物だった。戦後は、所有者が変わり地元特産のリンゴを使ったシードルが製造された。その後、何度か活用案も出たが、実際に活用されたのは2002年。実行委員会を立ち上げ、のべ3500人ものボランティアらが清掃やリノベを行い、奈良美智の展覧会「I DON’T MIND, IF YOU FORGET ME.」が実現した。2005年にも奈良の展覧会「From the Depth of My Drawer」、2006年「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」の会場になった。2015年、弘前市の所有となり、建築家の田根剛により、改修、整備され、2020年、美術館として開館した。レンガやコールタールの壁、大きな吹き抜けなど独特の空間がここでしかない展示づくりに貢献している。

PHOTO: RYO NARITA, COURTESY OF HIROSAKI MUSEUM OF CONTEMPORARY ART. © HIROSHI SUGITO, KAZUNARI HATTORI

さて、展覧会名「杉戸洋展:えりとへり / flyleaf and liner」。杉戸はしばしばそんなタイトルをつける。これまでも「frame and refrain」(「制約と抑制」というくらいの意味か)「こっぱとあまつぶ」「とんぼとのりしろ」など。今回は4要素だ。今回の「えりとへり」は洋服の襟や絵画の縁(へり)など、「flyleaf」は本の表紙と本文ページの間にある遊び紙をさし、「liner」は洋服の裏地。いずれもとりわけ常に注目されるわけではないが、実は重要なもの。あるいはそういう細部こそ、神経を行き渡らせたいところかもしれない。

今回、杉戸はコラボレーターとして、グラフィックデザイナーの服部一成をこの展覧会に引き入れた。服部はこの美術館のVI(ロゴ制作など)を手がけていて、また以前、杉戸が参加したあるグループ展の出品作家だったこともある。杉戸は服部がアートディレクターを務めていた時代の雑誌『流行通信』の愛読者だったこともあり、今回の依頼となった。

入り口すぐのスペースに広がる“建て込み”のような《えりとへりの小屋》(2025)は、杉戸洋と服部一成の共作。右手前の壁にかかる絵画は、1995年に杉戸が制作し、2024年に自身で手を加えてアップデートした《無題》。歩いて回ると、小屋の壁に開けられたガラスのない窓や、ドアのない入り口/出口から、表情の異なるさまざまな風景が覗く。 PHOTO: RYO NARITA, COURTESY OF HIROSAKI MUSEUM OF CONTEMPORARY ART. © HIROSHI SUGITO, KAZUNARI HATTORI
外側の壁には、服部による《かみのねこ》などが紛れ込む。 PHOTO: RYO NARITA, COURTESY OF HIROSAKI MUSEUM OF CONTEMPORARY ART. © HIROSHI SUGITO, KAZUNARI HATTORI

展示の中に時折、紙でつくった小さな猫の写真があるのは、それは服部作品。そしてオリジナルの壁紙、8種類も。既製品の壁紙の上にその“服部壁紙”を貼り、さらにその上に杉戸の絵がかけられてあったりして、杉戸作品を一層際立たせるいい効果を出している。展示室の中に建てられた小屋の細部に杉戸が細工の指示を出し、服部がそれに応えたりもした。

杉戸は孤高の画家のようにも見える。実際そういう面も確かにあるが、一方でコラボレーションの巧者でもある。今回も田根の建築を存分に生かし、服部とは相性のよさを見せている。杉戸は語る。

「服部さんと、何かできないか、そういうことのほうが大事だと思って。美術をやるうえでなるべくカッコつけないように、構えないで解放するほうへ行く。壊して崩して、またつくり直す作業の繰り返しなんですけど、そのなかでもう一人誰かいるといいきっかけが生まれやすいんです」

奈良美智とはしばしば共作してきて、作品によっては「シャギャーン」というユニット名によるものもある。建築家の青木淳と共同で展覧会をつくったり、前川國男設計の東京都美術館の特徴的な空間での展示「とんぼとのりしろ」は話題になり、イタリアの現代具象彫刻家ジュリアーノ・ヴァンジの彫刻が並ぶヴァンジ彫刻庭園美術館(静岡県・閉館)での展示も記憶に残る。

今回の展覧会では、ブラジルのサンパウロを拠点に活動するアーティスト、ゴクラ・シュトフェルにも出展を依頼。開幕時に杉戸が紹介した。

「自分以外の作品によって、スペースが生き返るんです。2年に1回、3年に1回、出会えた作品があるとその年はなんだか調子がいい。この展覧会の前、ブラジルで展覧会をやってきたんですけど、そのときに一大発見をして、絵を一つ買って持ち帰ってきて、まず自分のアトリエの壁のセンターにかけました。この美術館での展示にどうしてもこの絵が必要でした。開幕に際してゴクラさんがわざわざサンパウロから来てくれました」

杉戸洋の《無題》(1993/2024、左)の隣に、ゴクラ・シュトフェルの油彩と磁器粘土を用いた《ウィービング・レター》(2025、右)がかけられ、作品同士がまるで会話を交わしているかのよう。 PHOTO: RYO NARITA, COURTESY OF HIROSAKI MUSEUM OF CONTEMPORARY ART © HIROSHI SUGITO, KAZUNARI HATTORI, GOKULA STOFFEL
左の作品はゴクラ・シュトフェルのテキスタイルを用いた作品、《シェルター(避難場所)》(2025)。 PHOTO: RYO NARITA, COURTESY OF HIROSAKI MUSEUM OF CONTEMPORARY ART © HIROSHI SUGITO, KAZUNARI HATTORI, GOKULA STOFFEL

彼女はキルトの作品、絵画など特定のスタイルにとらわれないでとにかく自分を解放している制作態度から、杉戸はおおらかなテンポのようなものを感じるという。それは杉戸自身にはないものなので憧れるとも。その精神を制作の現場に持ち込めたことがよかった。

杉戸にとって、展覧会は単に仕上がった作品を並べ立てる場所ではなく、それは制作が続く場所であり、作品が生まれる場所であり、あるいは協働の場所、実験の場所でもあるようだ。実際、今回、1990年代に描いた絵に、まるで再発見したかのように手を入れているものもある。これは過去の自分もまた、コラボ相手でありうるということだろう。

中央に置かれた台とそれを囲むさまざまな物たちは、杉戸洋と服部一成による《えりとへりのテーブル》(2025)。杉戸のアトリエの光景をそのまま会場に持ち込んだようなインスタレーションだ。奥の壁面には、大型サイズの絵画作品が壁にかけられたり立てかけられたり、“一時的”な気配を保って並ぶ。杉戸は2025年12月5日に本展がオープンする直前まで、小さな物体やドローイングを館内で制作し、展示のなかに組み込んだり調整したりしながら、展覧会をつくる即興的な側面も楽しんでいた。 PHOTO: RYO NARITA, COURTESY OF HIROSAKI MUSEUM OF CONTEMPORARY ART © HIROSHI SUGITO, KAZUNARI HATTORI, GOKULA STOFFEL

自身のアトリエをそのまま移設したようなインスタレーションで制作は進行中だと主張する。館長の木村絵理子が解説する。

「作品がどのような空間から生まれてきたのか、この展示でつぶさに見てもらえます。実際に杉戸さんは展覧会の追い込みではこのスタジオ空間でずっと作業されてて、ギリギリまで新しい作品を生み出しました。それが壁にかかっています。コラボレーターの服部さんもここで一緒に作業していたので、服部さんの要素も入っています」

新しい絵を見せられているのだ、ここで。それにしても、絵とは何だろうかを杉戸に聞いてみる。

「たとえば、家を構造として見てみると、三角と四角の組み合わせでできているのがわかります。三角と四角をただ組み合わせただけなのに、屋根の少しの出っ張りだとか、瓦だとか、細部をどこか、ちょっとずらすだけでも、全部を動かさなくてはならなくなってしまう。こだわりだしていくと、気になってしかたなくなってしまう、現実の世界ではできないことも、絵の中だったらやすやすとできる。だから、絵というのは、ここはこうだったらいいのに、こうであるべきじゃないかという世界の図面のようなもの」

絵の主要部分よりも、ディテールや周辺に目をやっているのかという解釈は当たらない。そうではなく、すべてが大切で、すべてを見渡して表現することの一つの回答がここにはある。奈良も説明してくれる。

「杉戸さんは何を見るにしても、すごく俯瞰して見れる。つまり宇宙からものを見れるようなすごい感覚を持ってる。どれがどことつながってるとか、全部見えてる。図面だけでやる作業じゃなくて、その場所でまた発見したり、プラスアルファしたりする」

虫の視点と鳥の視点というより、神の視点を持つ画家なのか。

〜5/17、弘前れんが倉庫美術館(青森県弘前市吉野町2-1)
杉戸洋は1970年、愛知県生まれ。愛知県立芸術大学美術学部日本画科卒業。第68回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。弘前れんが倉庫美術館の開館5周年記念展である本展は、初期の作品から最新作まで絵画を中心にした作品群に、身近な素材を組み合わせた小作品や、過去作に再び手を加えた近年の作品なども展覧。グラフィックデザイナーの服部一成がコラボレーターとして参加している。

From Harper's BAZAAR art no.5

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