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母になって始まった、私の「第2章」 / 毎日が発見。LV.40からの冒険記 中川翔子徒然ミライ日記 【第1回】

  • 2026.4.10

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2023年に結婚、2025年に双子の男の子の母となった中川翔子さん。40歳という節目、そして体外受精での出産という大きなライフイベントを経験し“しょこたん”人生第2章の幕が開けました。母として、またひとりの女性としてのリアルな心境を語っていただく当連載。第1回は、プロローグ編として、「お母さん0年生、戸惑うばかり」と焦りながらも奮闘する、出産直後のリアルな感情の変化について伺いました。

体外受精という技術のおかげで、双子の男の子が生まれてくれた!

「母親になる」ということを人生で意識したタイミングがあったか、今振り返ると私の場合は少し特殊だったかもしれません。

私が育った家は、父が早くに亡くなったこともあり、いわゆる『クレヨンしんちゃん』のような両親が揃った賑やかな家庭ではなく、だからこそ逆に、家族というものにすごく執着があったように思います。

思春期の頃は、もうこの世にいない父に向かって反抗期のような気持ちを抱いたこともあって、「絶対同じ道には行かないぞ」なんて思っていました。だけど気がつけば、私が好きなこと…絵を描くこと、歌うこと、猫が好きなこと、その多くが父と共通していたんです。

いろんなことが、「血」の中に入っているんじゃないかなって。

そう思うようになってから、会えなくなってしまった家族や、会ったことのないご先祖様の血も、この体の中に流れているのかな、と感じるようになりました。私自身は母と2人、友達親子のような関係で、それはすごく心地よくて楽しかったので、「いつか1人娘が産めたらいいな」とずっと思っていました。でも不思議なことに、結婚するビジョンはなかなか浮かばなかったんですよね。

時が経ち、私の人生は想像もしていなかった方向へと進みました。結婚をして、まさか体外受精という技術のおかげで、双子の男の子が生まれてきてくれるなんて!

私の育った家庭には男性がいなかったので、家族のみんなにとっても驚きの出来事で「まさか男の子が2人もやってきてくれるなんて!」って大喜び。人生って、まるでジェットコースターみたいなスピードで、予想できない方へとどんどん進んでいく。想像つかなかった展開が訪れるからおもしろいなって思います。

40歳という年齢が怒涛の節目、不思議な脳みそに…

40歳という数字の効果は、想像以上に大きいもので、たくさん思考に変化が生じました。

妊娠中も産後も、メンタルが大きく上下して、まったく余裕がなかった時期もあったのですが、ある日ふと鏡を見て「うわー、人生って短いんだ!」と思ってしまったんです。今私は40歳。人間は寿命が限られているし、いつどこでどうなるか分からない。ここから新しい命を育てていくのに、自分の人生はもう折り返しているんだ、って。

最近夜中に「あのときなんであんなことしたんだ、バカバカ!」みたいに、過去を振り返ってばかりいるんです。まるで走馬灯のように。これってもしかして無意識に、人生が折り返した感覚があるからなのかな?って。

双子が生まれて、今はまさに人生の転換期。激流の中で溺れているような感覚です。「どうしよう、どこかつかまりたい!」と毎日思っています。そんな慌ただしい子育ての中で、なぜかどうしても自分の人生について考えるスイッチが入ってしまう。

昔は未来や過去のことを考えると怖くなるから、わざわざ蓋をしていたのに、最近はその蓋ができなくなってきてしまって。私が生きてきて、“この人生”になった意味とか、ここから先どうやっていこうかとか、思考が止まらないんです。

そんなことを考えていたら、急に怖くなって。だから、思ったことや感じたことを、言葉や絵にして残しておきたいという気持ちが、以前よりずっと強くなりました。

今、日常的に子どもたちの絵日記を描いていて、5月1日に『しょこたんの子育てクエスト ママLV.1』(宝島社)というタイトルで発売されるのですが、これは将来彼らへのプレゼントになったらいいなという思いも込めています。それに、子育ての合間に絵を描く時間が少しでもあると、すごく救われるんです。心の何かが回復する感じがします。

若い頃からいろいろなお仕事をさせていただく中で、言葉や歌、写真といった形で「生きた証」を残せてきたことは、本当にありがたいことだと感じていて、いつか子どもたちが「お母さんは僕達が生まれる前はどんなことを考えていたんだろう?」と思って探ったときに、私が残した“何かおもしろいもの”が出てきたらいいなとも思っています。

私自身、いまだに父が、昔インタビューで語っていた雑誌のページが新たに見つかることがあるんです。以前父方の実家を整理したとき、手書きのメモや作詞ノートが大量に出てきて、「ああ、やっぱり考えていたことを残しておくのって、おもしろいな」と心から思ったので、自分の思考をきちんと言語化しておくことは、いつか意味を持つかもしれないなって。

あと心境の変化といえば、あらゆることに対して感謝の気持ちが生まれました。

40歳を前にして、妊娠と重なるように約20年間お世話になった所属事務所から「独立してみよう!」と決意したんです(※)。この行動も私にとって大きな節目。自由と責任を自分で背負って、本当にやりたいことを見極めてやっていくのはどうかな?と思い立って、「よし、冒険だ!」と飛び出しました。実際に独立してみて、めちゃくちゃ大変だということも分かりましたけど、社会の仕組みに素直に感謝できるようになりました。

(※ 2025年5月5日の40歳の誕生日に個人事務所「株式会社miracle」を設立したことを発表)

日々目にする様々な物に対して、例えば折り紙を見たら「こんなキラキラした銀色の折り紙を作ってくれた人がこの世界にいるんだな、ありがとう」とか、物の裏側にいる人の顔を想像するようになって。

お店で物が当たり前に売られていることなど、世の中全体への感謝の気持ちが強く生まれました。

そんな感じで毎日、まるで自分が自分じゃないみたいな、不思議な脳みそになっています。40代になってから世界の解像度が、がらりと変わった感じです。

「悟空から悟飯へ」主人公がスライドした感じ

自分の大好きなこと…趣味やお仕事と子育てとの「折り合い」は、やっとここからです。

産後最初の1カ月は、息子たちがまるでガラス細工のようで、息をしているか、抱っこしていて落とさないか、そればかり考えて頭がいっぱいでした。だけど、周りの先輩方が「頼っていいんだよ」と言ってくださって。

根深い自己肯定感の低さから、つい「ごめんなさい」「申し訳ない」と言ってしまう癖があるのですが、それをなんとか剥がして、剥がして。産後3カ月目くらいから、やっと少しずつ「ありがとうございます」と明るく言えるようになってきました。諸先輩方たちの優しい言葉に感謝しながら、少しずつ新しい自分を調教している感じです。

私には生涯を通してやり続けたい、大好きなことがたくさんあります。例えば、もっと絵を描きたいし、ゲームもしたい。だけど子育て中の今は、絵の画材は段ボールに入ったまま、ゲームも積んだまま。着たい服は、体型が変わってしまって着られない。考えることはいっぱいあるのに、時間はどんどん進んでいく。昔はテレビをつけながら、ラジオを聴きながら、ネットで調べながら、ゲームをしながら…と、好きなことに全振りできていた生活でした。今はまず「命を守ること」が最優先。しかも双子なのでダブルで。

世の中には、好きなこともお仕事も子育ても、フルスイングでこなしている素敵なお母さんがたくさんいます。私も早くそうなれたらいいなと思いますが、こんなに長く生きてきたのにまだまだお母さん0年生だから、今は「えーっと、えっと…」と戸惑うばかり。

だけど、長く生きてきたからこその良い点もあると思っていて。例えば高齢出産はリスクの話ばかりされがちですが、少なくとも私の場合、もうイライラする元気がないんです(笑)。子どもたちがうんちをしても、私の髪の毛をつかんでも、すべてが「あー、かわいいね!」になる。もし20代の頃だったら、もっと「うわーっ」てパニックになっていたかもしれません。

20代、30代は、仕事が本当に楽しくて、たくさんの夢をかなえさせていただいて、すごくラッキーだったと思います。その一方で、「果たして自分はこの先どうなるんだろう」という焦りが、ずっと心のどこかにありました。

40代の今は、その焦りとは違う感覚。人生の第2章が始まったばかりで、まるで主人公がスライドしたような感じで『ドラゴンボール』で言えば、悟空から悟飯へ、みたいな。そんな私たち家族の新しい物語が、日々動き出しています。

※次回は、出産後の実母との関係性の変化や義実家の協力、漫画作品から学んだネガティブをポジティブに変換する方法論、などをテーマに語ります!

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