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丹下健三と磯崎新——いま見に行ける、日本建築を更新した師弟の名建築20

  • 2026.4.7
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戦後日本建築の国際的評価を決定づけた丹下健三(1913–2005)と、そのもとで学びながら独自の思想と表現で時代を切り拓いた磯崎新(1931–2022)。両者は、師弟という関係を起点にしながらも、継承と展開を重ねることで、日本建築の地平を大きく更新してきた存在である。ル・コルビュジエに触発され都市スケールで建築を構想した丹下は、「広島平和記念公園」や「国立代々木競技場」といった戦後の象徴的プロジェクトを通じて国際的評価を確立。一方、丹下研究室で「東京計画1960」にも関わった磯崎は、独立後、「大分県立大分図書館」や「水戸芸術館」などの実作に加え、批評や理論を通して建築の可能性を拡張し、ポストモダン以降の建築言説を牽引した。本記事では、このふたりの軌跡を「いま見に行ける」名建築20件を通してたどる。師から受け継がれた思想はどのように変容し、いかに更新されていったのか。都市、空間、そして建築の意味を問い続けた師弟の対話を、現存する建築を訪ねながら読み解いてみよう。



広島平和記念資料館提供

広島平和会館(現・広島平和記念資料館)及び平和記念公園(1955年)/広島

設計:丹下健三

1949年に広島平和記念公園全体を対象とした公開コンペが実施され、丹下チームが1等を獲得。丹下健三として初の実作となった。竣工は、被爆10周年にあたる1955年。東西に走る平和大通りを背に、公園内を見通すと、「広島平和記念資料館・本館」、「原爆死没者慰霊碑」、その先には「原爆ドーム」が南北方向に一直線に配置されているのがわかる。

広島平和記念資料館提供

丹下は、「原爆ドーム」への眺めを遮ることがないように、資料館本館1階部分を壁のないピロティとした。1.4m間隔で取り付けられた縦ルーバーや、ル・コルビュジエの影響も感じさせる台形に仕上げられた柱が、この建築のモダニズム的な特徴を際立たせる。

「広島平和記念資料館・本館」は2006年、戦後日本の建築物としては初めて、国の重要文化財に指定された。

広島平和記念資料館提供

<写真>広島平和記念資料館内部の様子。

広島平和記念資料館及び平和記念公園
住所/広島県広島市中区中島町1-2


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香川県庁舎(東館)(1958年)/香川

設計:丹下健三

1958年に建てられた香川県庁東館、は、鉄筋コンクリート造りでありながら、柱と梁を軽やかに組み合わせた佇まいが、日本の伝統的な木造建築を想起させる。また、県庁前の歩道からスムーズにアクセスできるピロティや、南庭など県民に開かれた空間を積極的に取り入れた構成も印象的だ。

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広島平和記念資料館のピロティよりも高さを設け、心地よい解放感を獲得した。床に敷き詰められた石材は地元産を用い、戦後の地場産業の振興にも貢献した。2022年に国の重要文化財に指定された。

<写真>高さ約7mの開放的なピロティ。

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1階ロビーには、丹下健三の研究室がデザインを手掛けた家具が現在も残されており、ロビー中央部では、香川県出身の芸術家・猪熊弦一郎による壁画《和敬清寂》が存在感を放つ。ガラス窓からは南庭とピロティが見えるが、ここでは屋内外の一体感を高めるように、窓枠の高さが調整されている。

<写真>オリジナルの家具が今も使われているロビー。

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香川県庁舎
住所/香川県高松市番町4-1-10


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倉敷市庁舎(現・倉敷市立美術館)(1960年)/岡山

設計:丹下健三

倉敷市の中心部に立っていた倉敷西小学校が移転し、その跡地に市庁舎として1960年に完成した。外観で最も強い印象を残すのは、水平方向に架けわたされた約20mにおよぶ梁。それを支える柱は太く、壁は厚い。南北いずれからでも入ることができるエントランスホールには、高さ10mを越える吹抜空間がつくられ、今でもこの建物の見どころのひとつとなっている。

内部において丹下が最も力を入れたのは、教会の内部を思わせる3階の議場(現・講堂)。勾配のついた天井とゆるやかに湾曲した壁に、ル・コルビュジエの「ロンシャン礼拝堂」の影響が見られる。

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やがて3市合併により倉敷市の人口が急増したことから、市庁舎は移転。「旧倉敷市庁舎」は「倉敷市立美術館」として再生することとなった。改築の設計を担当したのは、倉敷出身の建築家、浦辺鎮太郎。

<写真>幾何学的なモチーフにル・コルビュジエの影響も感じられる、エントランスホール。

倉敷市立美術館
住所/岡山県倉敷市中央2-6-1


提供:独立行政法人日本スポーツ振興センター

国立屋内総合競技場(国立代々木競技場)(1964年)/東京

設計:丹下健三

1964年の東京オリンピックを機に建てられた、日本における戦後モダニズムを代表する建築。敷地内には、大小2つの体育館が建つ。

第一体育館を特徴づけるのは、2重の吊り構造。これが、屋根と観客席を支える象徴的な外観と、中央が伸び上がる壮大な内部空間を実現した。丹下が望んだ急な屋根曲線を実現すべく、吊り材に鉄骨を使う「セミリジッド吊り屋根構造」が採用された。また、上部から見ると、2つの半円形をずらして組み合わせた「二つ巴」が見え、円錐形の天井が美しい第二体育館の「一つ巴」と呼応する。この第二体育館では、1本の支柱から、らせん状形に吊りパイプが架けられ、屋根面が吊り渡されている。

東京オリンピックでは、それぞれ水泳競技とバスケット競技が行われた第一・第二体育館。東京オリンピックとパラリンピック(2020、2021)でも競技会場として使用された。現在では、コンサートを開催するなど文化施設としての顔も見せる。

提供:独立行政法人日本スポーツ振興センター

当時一流の技術者を結集し、前例のない技法、構法を開発し、意匠、構造、機能を極めて高い水準で融合させたことが評価され、2021年、国の重要文化財に指定された。

代々木国立屋内総合競技場
住所/東京都渋谷区神南2-1-1


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東京カテドラル聖マリア大聖堂(1964年)/東京

設計:丹下健三

第二次世界大戦の東京大空襲によって焼失した「東京大司教座聖堂」は、ドイツ・ケルン教区の支援によって再建設が決定。1961年に前川國男、谷口吉郎、丹下健三の3名による指名コンペが実施された。その結果、箱型でマッシブな建築を提案した前川、谷口に比べ、ダイナミックで前衛的な丹下案が選ばれた。その後、1963年に起工。翌年12月に落成を迎えた。

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完成したのは、8枚のHPシェル(曲面壁)が空に向かってそびえる、荘厳なコンクリートの聖域。この四角形の対角線に沿って立てられたシェルは、上空からは十字架に見える。また、これはトップライトとしても機能し、聖堂内で上を向くと、光の十字架が浮かび上がるのが見える。

丹下はカトリック教徒ではなかったが、その後洗礼を受け、2005年に逝去すると、ここで葬儀が執り行われた。その遺骨は地下の納骨堂に納められている。

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東京カテドラル聖マリア大聖堂
住所/東京都文京区関口3-16-15


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山梨文化会館(1966年)/山梨

設計:丹下健三

16本の円柱が床スラブを支える、圧巻の地上8階、地下2階のコンクリート建築。1966年に、山日YBSグループの本社として建てられた。丹下は8案もの設計図を描き、「都市のように発展しうる建築」を提案。将来的な技術の変化や事業の拡大に応じて増築や改修ができるよう、「余白」を用意した。このもくろみ通り、1974年には大規模な拡張工事が実施され、北東部分の6、7、8階、南東部分の5、6、8階を増築した。

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直径5mの円柱は中がくり抜かれ、内部にはエレベーターや螺旋階段(写真)、トイレや空調設備が入る。4階には空中庭園が設けられ、「余白」の名残を見ることができる。2016年には「山梨文化会館100年計画」を目指し、TANGE建築都市設計の手により全面的な耐震改修が行われた。

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山梨文化会館
住所/山梨県甲府市北口2-6-10


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横浜美術館(1989)/神奈川

設計:丹下健三

丹下が国内で初めて設計した美術館で、1989年に開館。1983年からスタートした「みなとみらい21地区」の中心に位置するシンボリックな文化施設として建設された。

8階建ての半円柱のタワーを中心としたシンメトリーな姿が印象的。公園に面したファサードに近づくと、外壁に円と四角が交互に意匠化された「フォルス・ウィンドウ」(にせ窓)が見える。その下には、165mの柱廊が伸び、半屋外的なスペースとして外から内へのアプローチとして機能すると同時に、左右の棟と中央の棟をつなぐ。

Photo: SHINTSUBO Kenshu

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建物内に入ると、御影石をふんだんに使った開放的な大空間が広がる。その長さは約63m。TANGE建築都市設計の設計・監理による約3年間の改修工事を経てふたたび自然光に満たされた「グランドギャラリー」は「横浜美術館」の最も印象的な空間だ。

館内には、9つの展示室のほか、多彩なワークショップを行うアトリエ、約24万冊の蔵書がある美術図書室など多彩な設備をそろえる。

Photo: SHINTSUBO Kenshu

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横浜美術館
住所/神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1


Photo: SHINTSUBO Kenshu

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東京都庁舎(1991年)/東京

設計:丹下健三

丹下の設計で1957年に東京・有楽町に建てられた旧庁舎が、都庁の事務増大に伴い手狭になったことから、西新宿へ移転。新庁舎の設計にあたり、丹下のほか、前川國男や磯崎新ら9社が参加した指名コンペが開かれ、その結果、丹下案が選ばれた。

1991年に完成した新庁舎は、都民に開かれた都民広場をはさむように地上7階、地下1階建ての議会棟と、地上48階、地下3階建ての第一本庁舎が立つ。この第一本庁舎と地上34階、地下3階建ての第二本庁舎は、空中歩廊でつながれている。

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特徴的な外壁は、石張り。ファサードの細かい模様は、江戸時代の家によく見られた(縦方向の格子の数が多く、間隔が細かく配置された)縦繁の組子や、近未来を思わせる集積回路をイメージした。

第一本庁舎の双塔は、ともに最上階が展望室となっており、一般に開放されている。ここからは東京が一望でき、見通しのきく日には富士山も見える。

東京都庁舎
住所/東京都新宿区西新宿 2-8-1

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山口県立萩美術館・浦上記念館/山口

設計:丹下健三

萩市出身の実業家であった浦上敏朗が自身の美術コレクションを県に寄贈したことにより、1996年に開館した美術館。

敷地の北側には、歴史地区が隣接。そのため丹下は「城下町に見られる特徴的な要素をデザインに取り入れられないか」と考え、このエリアを象徴する連続する土壁や武家屋敷長屋を着想源に、「横長」の形態をモチーフに取り入れた。

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歴史的な街並みを取り入れたデザインは、館内にも。石壁などを連想させる石材を壁面に使用し、水平方向に線を延ばすことで、色彩や質感が萩の景観に調和するように仕上げた。また、休憩ロビーやスロープには街並みを楽しめる場所を用意し、美術鑑賞が単調なものとならないように配慮した。

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山口県立萩美術館・浦上記念館
住所/山口県萩市平安古町586-1


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在日クウェート大使館/東京

設計:丹下健三

丹下が初めて手掛けた駐日大使館。大使館は、レセプションホールなどを含む大使公邸と、執務空間である大使館事務所で構成されるが、計画されていた要地にはこの機能を平面的に分離させ、設計するだけの広さがなかった。そのため、丹下はこれを「立体的に」分離。上部を公邸、下部を事務所とした。設計にあたり丹下は「私たちはアラブの歴史的な建築に学んで、立体化されたコートヤードを囲んだ建築を現代の技術をもって実現したいと思った」とコメントしている。

建物上部は、最上階から大使邸、ラウンジ、レセプションホールと続く。一方の下部空間は、エレベーターや階段を内包する2本のコアシャフトを中心に事務所の各部屋が相互に入り組む、中庭に向かって開いたアラブの住宅のような構成となっている。

在日クウェート大使館
住所/東京都港区三田4-13-12

参考文献:
モダニズム ジャパン研究会 『再読/日本のモダンアーキテクチャー 』(彰国社)1997年
宮沢洋『画文で巡る! 丹下健三・磯崎新 建築図鑑』(総合資格学院)2025年
松隈 洋『未完の建築――前川國男論・戦後編』(みすず書房豊川斎赫 編『丹下健三都市論集』(岩波文庫)2021年
豊川斎赫 編『丹下健三建築論集』(岩波文庫)2021年
「新建築」(1997年8月)
「新建築」(1976年5月)

提供:大分市美術館

大分県立大分図書館(現・アートプラザ)(1996年)/大分

設計:磯崎新

1966年に「大分県立大分図書館」として完成。自らが提唱した建築概念「プロセス・プランニング論」に登場する「成長する建築」を実現させた、初期の代表作(突き出した中空梁の断面による意匠で「成長」の「切断」が表現されている)。

コンクリート打ち放しの中空梁と巨大なペアウォール(2枚1組の壁)が生み出す特異なフォルムと、スキップフロアを多用した空間が評価され、磯崎にとって初となった日本建築学会賞を獲得した。

提供:大分市美術館

その後、県立図書館の新築移転にともない、市民のための文化施設「アートプラザ」として1998年にリニューアルオープン。改修設計は、磯崎自身の手で行われた。

現在は1階、2階には市民ギャラリーなどの場が設けられ、3階には、磯崎による建築作品の模型や資料が常設展示されている。

アートプラザ
住所/大分県大分市荷揚町3-31

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群馬県立近代美術館(1974年)/群馬

設計:磯崎新

1974年、緑豊かな群馬の森公園に開館した美術館。磯崎が数々の名作を世に送り出した、この年の先陣を切った作品。

実業家で、アントニン・レーモンドとの交流やブルーノ・タウトの招聘などで知られる井上房一郎の推薦により、設計の委託を受けた磯崎は、一辺を12mとした立方体フレームの集積を基本構造とし、外壁のアルミパネルやガラス面グリッドの一辺を120cm、エントランスホールの壁面、床面の大理石パネルは一辺60cm、床のタイルは一辺15cmの正方形に決定。構成要素全てが、12mを基準とした寸法の正方形となっている。

Photo : Shinya Kigure

この「増殖する立方体」という考え方は、1994年に増築されたシアター棟、そして1998年の現代美術棟増築によって立証。さらに、この後に設計される「北九州市立美術館」や、「つくばセンタービル」にも認めることができる。

Photo : Shinya Kigure

<写真>本館1階のホール。

群馬県立近代美術館
住所/群馬県高崎市綿貫町992-1
※群馬県立近代美術館は、設備更新工事のため2026年9月まで休館。

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北九州市立美術館(1974年)/福岡

設計:磯崎新

1958年開館の「八幡市美術工芸館」を前身として、1974年に現在の本館が開館した。同年に竣工した「群馬県立近代美術館」と並び、初期代表作とされる。1辺9.6mの正方形の断面を持つ2本の直方体の「筒」が南北に突き出ている斬新な外観が特徴的。地域のランドマークとして親しまれ、「丘の上の双眼鏡」と呼ばれることも。

1987年には、磯崎の設計により、本館に隣接して市民ギャラリーなどを備えたアネックス棟(改修工事のため、2027年3月末まで立ち入り不可)が完成した。

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内部では、シンメトリーのエントランスは、「現代の大聖堂」をイメージして設計。外から見えた筒の内部は、コレクション展示室となっている。同室と企画展示室の広さは、それぞれ約1000㎡。当時、中国地方以西で最大級規模の美術館建築となった。

<写真>本館のエントランスホール。

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<写真>アネックス棟のアトリウム(2027年3月末まで立ち入り不可)

北九州市立美術館
住所/福岡県北九州市戸畑区西鞘ケ谷町21-1

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つくばセンタービル(1983年)/茨城

設計:磯崎新

筑波研究学園都市のシンボルとして、1983年に完成。ホテルやコンサートホール、レストラン、オフィスなどが入る複合施設。ビル群の中心には広場(写真)があり、ここではローマのカンピドリオ広場からテーマを引用し、さらに色を反転させた模様を確認することができる。そのサイズが、カンピドリオ広場とまったく同じであることにも注目したい。

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ビル全体を見渡すと、歴史的引用は、このほかにも。ホテルのファサードは、ギリシア神殿などに見られる3段構成を意識しており、ノバホール(写真)正面に見られる鋸状(きょじょう)の柱には、新古典主義のフランス人建築家、クロード・ニコラ・ルドゥーの影響を感じさせる。

広場に戻り、水が流れるカスケードを見ると、茨城県南東部に広がる湖、霞ヶ浦を型どった形状をしていることがわかるなど、読み解くべき引用がどこまでも続く。

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<写真>コンサートホール「ノバホール」の内部。

つくばセンタービル
住所/茨城県つくば市吾妻1-10-1


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水戸芸術館(1990年)/茨城

設計:磯崎新

水戸市制100周年を記念し、1990年に開館。コンサートホールATM、ACM劇場、現代美術ギャラリーが入る複合文化施設。そのシンボルは、なんといっても「100周年」にかけ、高さ100mとした塔だ。磯崎はこれについて「正四面体を組合わせることによって、三重螺旋を生みだし、その天に向かって無限に伸びていく形態によって、未来を象徴している」と語っている。チタンを用いた面は、太陽光を浴び、刻々と表情を変える。

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塔のふもとの広場には、「水戸」という地名にちなみ、水を主題としたカスケードや芝生、3本の大木などを配置した。

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広場を囲むそれぞれの建物の仕上げには、地面に近いところに石をはじめとする重厚な素材を用い、上部では現代的な金属などを使った。また、水戸の街並みと調和するように、人間的なスケールで建物の形を文節している。

<写真>現代美術ギャラリーの内部。

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<写真>「水戸室内管弦楽団」演奏会などが開かれるコンサートホールATM。

水戸芸術館
住所/茨城県水戸市五軒町1-6-8

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奈義町現代美術館(1994年)/岡山

設計:磯崎新

1994年に開館した、作品と建築空間が見事に一体化した美術館。国際的に活躍するアーティストである荒川修作+マドリン・ギンズと岡崎和郎、そして宮脇愛子に、一般の美術館では収集不能な巨大作品をあらかじめ制作依頼し、空間の設計について3組のアーティストと設計者である磯崎が話し合い、美術館として「建築化」した。

© 1994 Reversible Destiny Foundation. Reproduced with permission of the Reversible Destiny Foundation.

敷地内でも目を引く丸い断面をもつ円筒形の建物は「太陽」。この中には、荒川修作+マドリン・ギンズの作品《遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体》の世界が広がる。半月型の「月」には、岡崎和郎が手掛けた《HISASHI-補遺するもの》が恒久展示されている。また、「大地」は、宮脇愛子によるステンレスワイヤーの作品のための空間だ。

<写真>展示室「太陽」(南向き) 荒川修作+マドリン・ギンズ《遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体》

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3つの建物の配置には、磯崎らしいメタファーも。「太陽」の軸は南北軸、「月」の平坦な壁は中秋の名月の午後10時の方向を指し「大地」の中心軸は、秀峰那岐山の山頂に向かっている。

<写真>展示室「月」 岡崎和郎《HISASHI-補遺するもの》

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<写真>展示室「大地」 宮脇愛子《うつろひ》

奈義町現代美術館
住所/岡山県勝田郡奈義町豊沢441

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京都コンサートホール(1995年)/京都

設計:磯崎新

平安建都1200年記念事業の一環として、京都市が建設した音楽専用ホール。外観を覆うのは、主に石、ガラス、陶板の3種類の素材。それぞれが、幾何学的な形状をつくり上げている。建物全体は、平安京で定められた「真北」と鴨川が流れる方向、そして磁石が示す「北」をつないだ三角形を基本の配置計画として、設計されている。

黒い円筒形の上部には、星座が描かれた天井やUFOを思わせる舞台照明が独特な「アンサンブルホールムラタ」が収まる。

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エントランスホールの床面中央の羅盤と十二支が描かれた12本の空調ポールは、風水に従って配置された建物の配置計画の鍵となる方位の概念を表現した。螺旋状のスロープを上ると、各ホールへ。

<写真>12本の空調ホールが象徴的なエントランスホール。

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天の川のような照明が内蔵された大ホールの天井の凹凸と壁の竪リブの突起物は、高中音域の反射・拡散の役割を担い、天井と床の重量バランスは音が着実に下に戻るよう考慮されている。

<写真>大ホールでは、オーケストラの音源の非対称性などを考慮し、ドイツ製パイプオルガンと一部の客席を非対称に配置している。

京都コンサートホール
住所/京都市左京区下鴨半木町1-26


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なら100年会館(1998年)/奈良

設計:磯崎新

奈良市制100周年を記念してJR奈良駅前西側に建設された多目的ホール。「奈良の文化を育て、世界に発信するまさに“文化の船”」をイメージしており、「新しい奈良」のランドマークであり、文化発信の拠点となっている。

磯崎は、「古代都市の面影を残す景観への連続性」を意識して、楕円形の平面および(曲率が曲線長に比例して増加する)クロソイド曲面に沿って内側に傾斜する断面形状からなる幾何学的な外殻構造を採用。その表面は燻し調の瓦タイルで覆われている。

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館内には、奈良県内最大の客席数を誇る大ホール(写真)、全面ガラス張りの中ホール、会議や展示にふさわしい小ホールなどが入る。

建設には、外壁と屋根を同時に施工する「パンタドーム構法」を採用。実際の工事では、電車のパンタグラフのように「くの字」に折り畳んだ228枚の外壁パネルを楕円形の屋根部とともに地上で組み立て、 64台のジャッキによって押し上げた。

なら100年会館
住所/奈良県奈良市三条宮前町7-1


Photo : Michihiro Ota

秋吉台国際芸術村(1998年)/山口

設計:磯崎新

3億年という永い年月によって形作られた国定公園秋吉台のふもとに国内外のアーティストが表現創造活動を行うための拠点として、1998年にオープン。敷地内には、約300人を収容するホール、食堂、研修室、練習用のスタジオ、ギャラリー、そして最大100人が泊まれる宿泊室などが入る。

磯崎が掲げたテーマは「群島的空間モデル(アーキペラゴ)」。その言葉通り、各施設がちりばめられているが、「秋吉台国際芸術村」は駐車場をはさみ、大きく「本館棟」と「宿泊棟」に分かれている。

Photo : Michihiro Ota

本館棟のホール(写真)は、現代音楽の巨匠、ルイジ・ノーノのオペラ『プロメテオ』を上演することを念頭に設計された。座席は全て可動椅子になっており、何処にでもステージを設けられるような構造になっている。

また、宿泊棟にはサロンがあり、これは磯崎の設計により、大分市に建築された個人住宅「N邸」(1964年竣工、取り壊され現存せず)を再構築したもの。

秋吉台国際芸術村
山口県美祢市秋芳町秋吉50


撮影:山中慎太郎(Qsyum!) 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

山口情報芸術センター(2003年)/山口

設計:磯崎新

「YCAM(ワイカム)」の名で親しまれるアートセンター。メディア・テクノロジーを応用したオリジナルの作品を制作・発表する場で、教育プログラムにも力を入れる。

全長171m。背後に見える山並みと呼応する波打つ外観が印象的だが、これは直列的に配置された各機能に必要な容量が表出されたもの。センター内には、3つのスタジオ、ギャラリー、図書館、キッズスペースなどが入り、シマトネリコの木が心地よい木陰をつくるガラス張りの中庭も4箇所に設置されている。

撮影:勝村祐紀 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

キーワードは「フレキシビリティ(柔軟性)」で、通路を含めたほぼ全てのスペースが、発表の場であると同時に制作の場にもなる。隙間が大きく、配線を比較的自由に取り回せるルーバー天井を採用したり、床にケーブルなどの配線に必要なアウトレットボックスを数多く用意したりと、技術面でも柔軟性が意識されている。

撮影:勝村祐紀 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

<写真>センター内4箇所に設けられている中庭。ここで展示やパフォーマンスが行われることもある。

山口情報芸術センター
山口県山口市中園町7-7


参考文献:
磯崎新『空間へ』(河出文庫)2017年
宮沢洋『画文で巡る! 丹下健三・磯崎新 建築図鑑』(総合資格学院)2025年
「新建築」(1983年11月)
「新建築」(2003年12月)

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