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「お姉ちゃんだから大丈夫」と思い込んでいた私が、娘の結婚式で気づいた取り返しのつかないこと

  • 2026.4.1
ハウコレ

手のかかる次女に気を取られるうちに、長女はいつの間にか何も言わない子になっていました。その本当の意味に気づいたのは、娘の結婚式の日でした。

手のかからない子

長女は小さい頃から聞き分けのいい子でした。妹が泣けばおもちゃを差し出し、私が忙しければ一人で遊んでいてくれる。「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」。何度その言葉を使ったか、数え切れません。

次女は体が弱く通院が多かったので、どうしても手がかかりました。長女は大丈夫だと、本気で思い込んでいたのです。手がかからないことを、親として助かるとさえ感じていました。それがどれほど残酷なことだったのか、当時の私にはわかりませんでした。

気づかなかった涙

長女の中学の入学式に行けなかったことがあります。「ごめんね、お姉ちゃんは大丈夫でしょ」で済ませてしまいました。あの子は「うん、大丈夫」と明るく答えてくれた。それを聞いて安心した自分がいました。

後になって夫から「入学式の写真、一枚も撮れてないぞ」と言われて初めて、あの子が一人であの場にいたことの重さに気づきました。それでも「次は行くから」と、また先送りにしてしまったのです。

手紙が暴いたもの

結婚式当日。長女が手紙を読み始めました。「いつも後回しにされていたこと、気にしていなかったと言ったら嘘になります」。その一言で、胸を突かれました。知っていたのだと。我慢していたのだと。

続けて読まれた「我慢することを教えてくれたから、今の私があります」という言葉は感謝の形をしていたけれど、私には叱責に聞こえました。隣に座っていた次女が、私の手をそっと握りました。あの子に我慢させていたのは、私だったのだから。

そして…

披露宴の後、真っ先に長女のもとへ駆け寄りました。「ごめんね、ごめんね」。それしか言えませんでした。手紙には「感謝しています」と書いてあったけれど、私が受け取るべきは感謝ではなく、あの子がずっと飲み込んできた寂しさです。

取り返しのつかない時間は戻せない。でも、これからは「お姉ちゃんだから」ではなく、あの子の名前を呼んで「ありがとう」と伝えたい。何年遅れでも、届けなければならない言葉がある。それが遅すぎる母親にできる、せめてものことだと思っています。

(60代女性・主婦)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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