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「オーガニックコットン」はなぜ増えない? 農家のジレンマと"3年の壁”を深堀り

  • 2026.3.31
Hearst Owned

ファッション産業における消費者の環境意識が高まる一方で、世界の綿花生産量に占めるオーガニックコットンの割合が依然として低いままなのは、なぜなのか? 農家のオーガニック参入を支える取り組みに尽力する、日本の繊維専門商社「スタイレム瀧定大阪」の取材協力を経て、【オーガニック認証】というラベルの影にある“死角”と、農家と未来をつなぐ新たな選択肢“コットン・イン・コンバージョン”について深掘り。消費社会の今だからこそ、改めて“豊かなものの買い方”について考えたい。

”農薬”にむしばまれ、自死する農家の絶望

私たちの暮らしに溶け込んでいるコットン。しかし、その栽培現場には過酷な現実が横たわっている。綿花から作られるコットンは、他の農作物に比べて栽培面積に対する農薬の使用量が非常に多いのが特徴だ。土壌の汚染はもちろん、周辺の生態系にまで悪影響を及ぼし、農薬を使えば使うほど土が痩せ、大量の化学肥料や農薬に依存せざるを得なくなる。

そのうえ、インドやトルコ、中国、タンザニアなどの生産現場では、農薬による深刻な健康被害が常態化している。農家の人々は常に急性農薬中毒の危機にさらされており、その症状は吐き気や体調不良、重篤な場合には発作や意識喪失を引き起こすこともあるという※1。

綿花畑で農薬を散布するインドの綿作農家。 Getty Images

また、金銭的な負担も大きい。年収の10%以上という高額な農薬代をまかなうため、多くの農家が借金を重ねている。しかし、収穫量は常に天候に左右され、一度不作に見舞われれば返済の目途は立たなくなる。こうした絶望的な負債の連鎖によって、自ら購入した農薬を手に命を絶つ人が後を絶たない。インド国家犯罪記録局(NCRB)のデータによると、1995年から2014年までの20年間で、インドでは約27万人、年間でおよそ1.5万人もの農業従事者が自死へと追い込まれている。これは全農家を合わせた数字だが、中でも高額な農薬代が家計を圧迫する綿作農家の窮状は、この問題の象徴として語られることが多い。

防護マスクや保護メガネなどもなく、軽装で農薬を扱う日々。むき出しの肌が有害物質にさらされるため、身体へのリスクは計り知れない。 Getty Images

こうして彼らが命がけで作った綿花は、世界最大級の縫製国であるバングラデシュやベトナムへと送られる。糸になり、布になり、洋服になった後、アメリカやEUの裕福な国へと送られるのだ。その裏で綿花栽培に従事する人々は、将来を見据えた暮らしはおろか、健康を害するほどの危機的状況にいる。環境汚染という観点から見ても不利益なレギュラーコットンに対して、農薬を使用しないオーガニックコットンは、環境・人権の両面から“持続的な未来をつくるための最良の選択肢”として、世界中のファッション企業がこぞって欲しがる存在となった。

オーガニックコットンに立ちはだかる”3年の壁”

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業界からの需要が高く、高値で売買されるうえ、環境・健康被害も抑えられる。メリットばかりに思えるオーガニックコットンへの転換は、全ての綿作農家がこぞって参入してもおかしくないはずだ。なのになぜ、その数はいまだ全体の3%に満たないのか? そこには、オーガニックコットン生産特有の“空白期間”が大きく関わっている。

実質的には無農薬で作ったコットンであっても、プロダクトとしてオーガニックを名乗るには、第三者機関による“認証”を手にしているかどうかがポイントとなってくる。メジャーな認証を獲得する条件は、農薬や化学肥料を3年以上使用していない土壌で、遺伝子組み換えのない種を使い、正当な価格で取引(フェアトレード)されること。しかしこの条件をクリアするまでの道のりは想像以上に険しい。

Getty Images

まず立ちはだかるのは、歳月の壁。かつて使用していた農薬が土壌から消えるまでには、最低でも3年かかる。さらに、微生物が肥沃(ひよく)な土を作り出すまでには、実に7年の歳月を要すると言われている。加えて、農薬の飛散を防ぐため、近隣農家も含めた地域ぐるみの無農薬移行が求められる。単なる“個人の努力”だけではスタートラインにすら立てないのだ。

そして大きな綿花が育つようになるまでの間、生産量は一時的に落ち込み、特に最初の3年間の移行期間は収入が10~20%も減ってしまう。「無農薬で育てるのに手間がかかるうえ、認証がないため“オーガニックコットン”として高く売れない」という、経済的空白期間が生まれるのだ。農家の人々は、農薬による苦しみから解放されることを強く願っていて、実際に地域や組合もオーガニックへコットンへの移行を必死に目指している。しかし、数年にわたる減収リスクを農家個人が背負い続けるには、限界があるのが現実だ。

「コットン・イン・コンバージョン」が農家の希望に

オーガニックへの移行を阻む、険しい転換期の3年。この“空白期間”に光を当て、農家の挑戦を支えるために生まれた仕組みが「コットン・イン・コンバージョン(CiC=移行期間中のコットン)」だ。レギュラーコットンと同じく安値で取引されてきた移行期間中のコットンを、NGOやブランド、国際的な認証機関が「イン・コンバージョン(in-conversion=移行中)」というステータスを公式に付与することで、製品化を進める動きが加速している。具体的に、移行1年目を「IC-1」、2年目を「IC-2」と評価することで、業界での需要アップに貢献しているのだ。

繊維専門商社の「スタイレム瀧定大阪」が、コットンの生産量が世界で最も多いインドの農地で、レギュラーコットンからオーガニックコットンへの移行をサポートする取り組みとして「ORGANIC FIELD®(オーガニックフィールド)」を立ち上げたのは2020年のこと。

「オーガニックフィールド」では、有機肥料の生産手法に加えて、種植えから収穫までの全工程に関わり、技術指導を実施。 STYLEM

行政と協力し、500件の農家をまるっと契約することで、村ぐるみで大規模なオーガニックコットン農家へと転換させる。一軒一軒説得して回り、従来とは異なる無農薬での育て方、虫への対処法、肥料の作り方、雨期に腐らせないための対処法といった知識を手取り足取り指導する。さらに、移行期間に落ち込んでしまう農家の売り上げを、90〜120%になるように全て買い取る。こういった金銭的なサポートと、オーガニック認証獲得にかかるプロセスを支援することで、農家の負担を最小限にしながら、無農薬栽培への移行を進められるという仕組みだ。

企業が「買う」だけでなく、「育てる」ところから責任を分かち合う。こうした真摯なアプローチが注目を集め、ファッション業界が真に変わるための重要な布石と捉え、農家の支援に乗り出す企業も増えている。

味方であるはずの「認証ラベル」が障壁になる?

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移行期間を終えて、「よし、オーガニックコットンと呼べる!」と手放しで喜べるのかといえば、現実はそれほど甘くない。この後には、オーガニック認証を得るための複雑な申請手続きと、それにかかる膨大なコストが立ちはだかる。

オーガニック認証は一つではない。素材そのものをオーガニックかどうか判断する「OCS」、プロセスの持続可能性を問う「GOTS」、さらには土壌再生や動物福祉まで踏み込んだ最も厳しい「ROC」など、基準は多岐にわたる。どれか一つでも取得していればオーガニックコットンと名乗れるものの、企業やブランドが求める認証はさまざまだ。

また難解なのが、国や地域ごとの農業団体によって判断基準が異なること。たとえば、同じ「IC-1(移行1年目)」でも、特定の認証(OCS)では証明書が出るのに、別の認証(GOTS)では出ない、といった不一致が起きる場合もある。苦労して栽培したオーガニックコットンをグローバルに取り扱ってもらうためには、進出先が定め、求める認証の申請を重ねなければならないのだ。これには時間も費用もかかる。

「無農薬≠オーガニック」のジレンマ

BlackSalmon / Getty Images

オーガニックコットンについてひも解いていくと、ある一つの矛盾が浮かび上がる。無農薬で作ったコットンは環境にとって“正しい選択”のはず。一方で、マーケットが求めるのは莫大な時間と費用をかけた先に獲得する「オーガニック認証」というラベルだ。確かに、消費者がお店で商品を手に取った時に、認証ラベルの有無は購入を決定する判断材料になりうるかもしれない。

しかし、そもそもオーガニックコットンもレギュラーコットンも、もちろん移行期間中のコットンも、品質に差はないというのに、「GOTS」や「OCS」の認証がこれほどまでに重要視されるのはなぜだろうか? それよりも、無農薬へ転換していくことの美徳をセールストークにして、農家へのサポートを増やしていくことのほうが本質的なのではないだろうか?

「オーガニックフィールド」にて、契約農家の方々が集まり、収穫に向けた技術研修に取り組む様子。良質なコットンを届けるために、熱心に学びを深める場として機能している。 STYLEM

中には、コットン・イン・コンバージョンやオーガニックコットンと聞くと、意識的に避ける方もいると聞く。「高そう」という価格の壁を感じている方は、ぜひオーガニックコットンや移行期間中のコットンが、そこに至るまでに数々の障壁を突破してきたことを想像してほしい。「知らないから」「難しそうだから」という理由で手に取るのをためらう方は、この記事を通して知って、考えてみてほしい。オーガニック認証の持つ力に身を委ねる企業も、それを買う私たちも、改めて原点に立ち返り、本質的に環境のためになることとはなんなのかを考えてみよう。そうすれば、普段何気なく手にしているものが、誰かの努力や犠牲の上に成り立っていることに気づけるかもしれない。

実際に、2024年10月に発表された最新の調査報告※2によると、オーガニックコットン栽培時の温室効果ガスの排出量は、レギュラーコットンに比べて45%も少ないことがわかった。また、無農薬の土壌は水資源の使用効率が高く、水の使用量が14%も少ない。農薬使用時と同じ水量から、無農薬の土壌では20%も多くの綿花を生産できるという。オーガニック栽培が、地球の喫緊の課題である温室効果ガスを半分近く軽減するというデータは、未来への大きな希望なのだ。

いつもの買い物が「未来への一票」に変わる時

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現在「パタゴニア(patagonia)」「シーエフシーエル(CFCL)」「タビオ(Tabio)」などをはじめ、少しずつコットン・イン・コンバージョンを導入するブランドが増えている。作り手は素材を単なる資材と捉えず、どういった素材であるかをタグに明記することで、消費者とともに綿作農家の背景に向き合い、状況改善へと導くイニシアチブを握ることができる。

継続的に粘り強く取り組むことで、認知度やファンは必ず増え、企業に利益以上の恵みをもたらすだろう。私たちが自身を充足させるためのその買い物には、誰かが生活や人生すらかけて作られてきたものがある。意識の解像度を上げれば、普段の何気ない買い物が、作り手や地球の未来すら変える力があることに気づくはずだ。

「オーガニックフィールド」では、認証を取得した農家に対しても、自立に向けた支援を継続する。 STYLEM

慌ただしい毎日を過ごし、自分のことすらおざなりになることも多い、現代社会を生きる私たち。だからこそ、いつも着ている服がどのような旅を経て今手元にあるのか、目に見えないものへ思いを馳せてみたい。そしてこれこそが、ものを買うという充足感以上の価値を感じられる、健やかな心の在り方をそっと支えてくれるはずだ。

※1:Centre for Pesticide Suicide Prevention (CPSP) による、タンザニアの綿作農家の農薬中毒に関する調査報告(2025)

※2:Fairtrade Internationalによる、インドにおけるフェアトレード・オーガニックコットンの持続可能性に関する調査報告(2024)

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