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「危篤?死んでから帰れば?」非情な義母の言葉に従ったフリをして…。翌朝、義母が絶望したワケ

  • 2026.3.30

私は結婚と同時に、夫の実家が経営する建設関連の会社に入社しました。事務職の経験に加え、前職で培った営業スキルを活かし、公私ともに一家を支える決意を固めていたのです。
しかし、待っていたのは「嫁」という立場を隠れ蓑にした、義母による過酷な搾取でした。

専務を名乗る義母は、自分では一切動かず、私を「下っ端」と呼び捨てにして、営業回りと膨大な事務作業の両方を押し付けます。そのうえで、夜は6時までには帰宅して夕食の準備や掃除を完璧にこなせと命じるのです。

「嫁に休む暇なんてないの。この家に嫁いだ覚悟があるなら、文句を言わずに働きなさい」そんな言葉を投げつけられ、私は睡眠時間を削ってまで会社と家庭のために奔走しました。

担当した気難しい顧客たちとも信頼関係を築き、着実に実績を上げてきましたが、家族から労いの言葉をかけられたことは一度もありませんでした。

父が倒れた

そんな無理が続く中、実家の母から1本の電話が入りました。父が倒れ、緊急搬送されたというのです。

頭が真っ白になった私は、すぐに義母へ「明日から実家に帰らせてほしい」と願い出ました。ところが、義母から返ってきたのは耳を疑うような冷酷な言葉でした。

「心配して見に行ったところで、素人のあなたに何ができるっていうの? 病院にお任せしておけばいいじゃない。どうしても帰りたいなら、葬儀のときまで待ちなさい」

父の状況を伝えても、義母は「死ぬわけじゃないなら行く意味がない」と一蹴。明日も仕事が忙しいのだから残って働けと、帰省を一切許そうとしませんでした。

このとき私は確信しました。義母は私の家族を人間だと思っていない。そして私自身のことも、ただの便利な道具としか見ていないのです。

夫すら義母の言いなりで、私の肩を持ってくれることはありませんでした。私は心底がっかりし、義母と話をするのをやめて部屋に戻りました。

私の決断

翌朝、私は義母の言葉を無視して始発の新幹線に飛び乗りました。一刻も早く、父と母のもとへ駆けつけたい。その一心で荷物をまとめ、逃げるように家を出たのです。

車窓を流れる景色を見ながら、これまで自分を押し殺してきた数年間が、いかに虚しいものだったかを痛感していました。

私の不在に気付いた義母からは「勝手に実家に帰るなんて嫁の自覚が足りない! 帰ってきたら根性を叩き直してやるから!」と怒りのメッセージが……。

私は用意していた言葉を突きつけました。「そんなことしなくて大丈夫ですよ。社員も嫁も、今日で辞めますから」

私の部屋には、署名捺印済みの離婚届と、法的手続きを弁護士に一任する旨を記した退職願を置いてきました。義母は「今がいかに忙しい時期かわかっているのか」「どれだけの人間に迷惑をかけるつもりだ」と騒ぎ立てましたが、人手不足の解消は経営陣である義母たちの仕事です。

これまで私がどれだけ貢献しても「当たり前」と切り捨ててきた報いを受けるときが来たのだと思いました。

崩壊する会社

私が実家で父の看病に専念してから5カ月。案の定、義母から泣き言の混じった連絡が入るようになりました。

私がいなくなった後、会社は壊滅的な状況に陥っていました。私が担当していた気難しい顧客たちは、代わりを務めた義母の不遜な態度に呆れ、次々と契約を解除。

さらに、現場の不満を「給料を払っているのは誰だ」と怒鳴り散らして抑え込もうとしたせいで社内は内部崩壊し、社員たちも次々と辞めていってしまったようです。

「あなたがいなきゃダメだって、ようやくわかった。お願い、戻ってきて会社を助けて!」かつての傲慢な態度は消え、すがるように懇願する義母。

しかし、私は冷静に言葉を返しました。「お義母さん、嫁なら家に尽くすのが当たり前なんですよね? 自分が嫁いだ家の会社を破滅させているようでは、嫁としての自覚が足りないんじゃないですか?」


潤滑剤として社内をまとめていた私の存在の大きさに、失ってから気付いてももう手遅れです。私はそのまま連絡を断ちました。

取り戻した穏やかな日常

その後、義実家の会社は崖っぷちの状態が続いているよう。多額の費用をかけてコンサルタントを雇ったようですが、長年放置してきた経営の腐敗と失った信用は、お金で買えるものではありません。倒産の日もそう遠くはないでしょう。

一方、父の体調は回復し、今では自力で歩けるまでになりました。私は現在、地元の友人が営むカフェを手伝いながら、穏やかな毎日を過ごしています。

会社組織に縛られるのではなく、目の前のお客様と丁寧に向き合う時間は、私にとって何よりの癒やしとなりました。かつての過酷な生活の中で失いかけていた「働く喜び」を、ようやく取り戻せた気がしています。

◇ ◇ ◇

そこにいてくれることを当然だと思い、配慮を欠いた接し方をしてしまうと、自分が苦しいときに手を差し伸べてくれる人はいなくなってしまいます。長い時間をかけて育んできた良好な関係も、一度の身勝手な振る舞いや、ふとした不誠実さで、簡単に終わりを迎えてしまうものです。

どんな相手でも、まずは一人の人間として、目の前の相手と丁寧に向き合うことを忘れないでいたいですね。

【取材時期:2026年2月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

ベビーカレンダー編集部

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