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実話ミステリー級:犯人を特定したのは“DNA”だった——その最初の事件

  • 2026.3.30

実話ミステリー級:犯人を特定したのは“DNA”だった——その最初の事件

1万体以上の検死・解剖に立ち会ってきた法医学医が見てきた、事件現場の“人間の物語”。一見すると不可解な死も、わずかな手がかりをたどることで、事件の真相が浮かび上がってきます。ノンフィクションでありながら、まるでミステリーのように読み進められる世界。『死体は語りだす』フィリップ・ボクソ著(三笠書房刊)から、一部抜粋してお届けします。第4回は、DNAが、初めて犯人を暴いた日——。

DNAが、初めて犯人を暴いた日

法医学医は、身元不明死体の解剖に着手する。

その目的は、死亡原因を探るためだけでなく、手術の痕跡といった個人特定に有益なあらゆる要素をチェックするためだ。

胆嚢が切除されていないか? 心臓バイパス手術が行なわれていないか? 甲状腺は全摘もしくは部分切除されていないか? 私たちはまた、骨折治療の痕跡や、骨折合術[プレートやネジなどの器具を用いて骨折部を直接固定する方法]で使われた器具をチェックする。こうした器具には番号が付されている場合もあるため、個人の特定に役立つ。プロテーゼを製造した企業に問い合わせ、プロテーゼに付されている番号を伝えれば、どの病院に当該プロテーゼを販売したかを教えてもらえる。そして病院に問い合わせれば、当該プロテーゼが誰に装着されたのかが分かる。

解剖には歯科医も参加し、オルソパントモグラフィー[上下の歯や顎全体を撮影するX線検査]を行なうのと同時に、歯の状態を調べ、欠損している歯はないか、入れ歯や詰め物がないかなどを確認する。確認した内容をまとめたレポートが作成され、これを行方不明者たちの歯科診療記録と比較して、該当者がいないかを調べる。

解剖の過程において、私たちは血液もしくは筋肉を採取し、DNA型鑑定に回す。

近代の犯罪科学の発展に貢献した第三の重要要素であるDNAは、今や、犯罪捜査における「証拠の女王」となった。そして、DNA型鑑定技術を開発したアレック・ジェフリーズは世界的な知名度を獲得した。

すべては、イギリスのレスターシャー州で1983年と1986年に起きた2人の少女——リンダ・マンとドーン・アッシュワース、2人とも15歳であった——のレイプと殺害から始まった。捜査は難航し、1987年に警察はアレック・ジェフリーズに協力を求めた。レスター大学の遺伝子学者であったジェフリーズはその数年前に、酵素を使ってDNAを分解すると一人ひとりに違いが出ることを突き止め、これは指紋と同じく個人特定に使うことができる、と論文で発表していた。

実は、軽度の知的障害がある青年が少女2人の殺害の容疑者と見なされて拘束されたのだが、1人の殺害しか認めなかった。ジェフリーズは自らが開発したテクニックを用い、この青年の血液のDNAと被害者から採取された体液のDNAを比較した。DNAはマッチせず、青年がまったくの無実であることが分かった。その後、近隣の男性全員に協力を求めて[協力しないとやましいことがあると見なされたので、5000人近くが協力した]血液を採取し、DNAを鑑定したが、犯人のDNAと一致するDNAは見つからなかった。

捜査はまたもや行き詰まって振り出しに戻ったかと思われたが、1987年8月1日に1人の女性が警察署を訪れ、さきほどパブで気になる会話を耳にした、と通報した。ある男性客が「友人のコリン・ピッチフォークに頼まれて身代わりとなり、DNA検査を受けて200ポンドの報酬を得た」と得意げに語っていたのだ。すぐにピッチフォークは逮捕され、DNA型鑑定で犯人だと断定された。

彼は、DNAを決定的な証拠として断罪された、初めての犯罪者である。

それ以降、DNA型鑑定技術は驚くほど進化し、精度と感受性を大幅に高めた。当初、DNA解析にはそれなりの量の血液が必要であったが、現在では数個の細胞で事足りる。

個人を特定するのに役立つテクニックはほかにも存在しており、私がここに紹介したのは最も代表的なものにすぎない。

犯罪科学の進化は続いており、これからも私たちを驚かす新しいテクニックが登場するに違いない。

著者 Profile

フィリップ・ボクソ(Philippe Boxho)
法医学医。作家。
1965年生まれ。ベルギーを代表する法医学医であり、同分野の第一人者。リエージュ大学法医学教授、および同大学法医学研究所所長を務める。そのキャリアにおいて6000体を超える検案、4000体以上の司法解剖を執刀。膨大な専門知識を有する医学の権威として、重罪裁判所での証言回数は300回以上に及ぶ。医学・学術界への貢献に加え、作家としてもフランスやベルギーで絶大な人気を誇り、本書を含め、著作は世界で累計160万部を売り上げる。「死」や「法医学」という厳粛な現実を、人々の知的好奇心を揺さぶる一級の物語へと昇華させるその筆致は、多くの読者を魅了してやまない。

※この記事は『死体は語りだす』フィリップ・ボクソ著、神田順子訳(三笠書房刊)の内容を、ウェブ記事用に再編集したものです。

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