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「棺の蓋は開けないで」急逝した天才小説家の不可解な遺言の真意とは? 現実と虚構の境界線を曖昧にする異色SF短編集【書評】

  • 2026.3.26

【漫画】本編を読む

『1ページ先、奇妙を右方向です。 勝見ふうたろー作品集』(勝見ふうたろー/KADOKAWA)は、「ほんのわずかなズレ」から始まる奇妙な世界を詰め込んだ短編集だ。日常に潜む違和感をSF的手法で切り取り、読者の常識を静かに揺さぶってくる。SNSで話題になった『きまぐれな水』をはじめ、現実と虚構の境界のほころびを鋭く描き出す本作は、人間の感覚や認識そのものを根底から問い直す問題作だ。

なかでも象徴的な一編が『天地海人の葬告』だ。天才小説家・天地海人が死去し、担当編集者の平井が葬儀の喪主を務めることになる。天地の遺品として残された手紙には「棺の蓋は開けず、誰にも見られずに荼毘に付されることを望む」という不可解な一節が記されていた。彼はなぜ、このような遺言を残したのか。

このエピソードの面白さは、不可解な遺言というミステリー的な仕掛けを入り口にしながらも、読者の価値観や日常感覚そのものを変容させていくところにある。物語は単純な怪異譚ではなく、目の前にある死と存在、そして見えているものの不確かさを読者に問いかける。天地が遺した言葉や平井の行動が積み重なるごとに、読み手は「当たり前だと思っていたものが、ほんの少し先ではまったく別の意味を持つかもしれない」という不安に直面するだろう。やがて平井は違和感を拭えず、棺の蓋を開ける決断を下すのだが……。

本作には他にも「突然体から内臓が消える」「亡き妻が入れ墨になって語りかける」「過去や未来の自分と出会う」といった、暮らしの中に潜むエアポケットに陥ったかのような物語が並ぶ。どのテーマも文字にしてしまうと突飛に映るかもしれないが、SFやホラーの文法を借りながら、妙にリアリティーのある物語に昇華しているのだ。現実と虚構、その境界線に眼差しを向けさせることで、常に未知の世界と隣り合って生きているのだと気づかせるのである。

文=練馬麟

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