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まっすぐ自分の「好き」を信じたらいい/偏愛のかたち。①

  • 2026.3.18

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私にとって「好き」という感覚は、とても特別なもの。

特に「偏愛」と呼べる存在は、私を支えるもう一つの軸のようなものです。

ただの趣味やその場の気分ではなく、心の深い場所にずっとあって、それに触れることで自分らしさを取り戻せたり、安心できたりする。

そんな守りたくなるほど大切なものが、私にはいくつかあります。

この連載では、私にとっての「偏愛すべき大切なものごと」を少しずつ紹介していきます。

初回である今回は、小さな頃からずっと一緒にいるぬいぐるみ「ベルちゃん」についてお話しします。

★出会いは1歳。毛布からのバトン

私がはじめて出会った「好き」は、母から聞いた話によると、産まれて間もない頃にそばにあった、1枚の大きくて厚手の毛布。

真夏の暑い日でも手放さなかった私に、母は困っていたそうです(笑)。

そんな1歳の夏、地元・八王子のお祭りで、母がプレゼントしてくれたのが…スヌーピーのぬいぐるみ、ベルちゃん!

出会った瞬間からぎゅっと抱きしめて離さず、それまで肌身離さず持っていた毛布の代わりに、自然とベルちゃんをそばに置くようになったそうです。

古いアルバムをめくってみても、どの写真にもベルちゃんの姿が。幼稚園の頃には、もう特別な存在になっていて、具合の悪いときも、どんなときも、必ず一緒に寝ていました。それは今でも変わってないんですけどね(笑)。

 小さな頃の私とベルちゃん
小さな頃の私とベルちゃん

他のぬいぐるみや流行りのキャラクターも集めましたが、ベルちゃんだけは別格! ぬいぐるみという“もの”ではなく、私にとってはかけがえのない存在であり、相棒なんです。

実家でも、ベルちゃんはいつもソファーの定位置にちょこんと座ります。弟からは「また連れてきたの?!」なんて笑われますが、家族の一員として受け入れてくれる内田家のあたたかい空気のおかげもあって、私の「好き!」という感情はすくすくと育まれていきました。

実は、ベルちゃんには感情や人格のようなものがあると思っていて(大真面目)。機嫌がいいときは毛がふわふわで表情もニコニコしているけど、不機嫌なときは毛がごわごわして、顔つきもどこか強張っています。いや、疑いたくなる皆さんの気持ちもわかります! でも触れたときの手のひらの感触や温かさが、本当に全然違うんです!

高校生の頃、実家に遊びに来た男の子が、ベルちゃんをふざけて投げてしまったんですが…ぽんっと放った瞬間、彼が急に怯え始め、「ごめんなさい、ごめんなさい!」とベルちゃんに土下座しだしたんです。どうやら声が聞こえたらしく…それっきり二度と家に来ることはありませんでした(笑)。もしかしたらベルちゃんが急に怒ったのかもしれません。私もびっくり!

★ベルちゃんを雑に扱い、金縛りにあう

そういえば一度、私もベルちゃんを怒らせてしまったことが…。学生時代、金縛りに悩まされたことがあって、あまりに毎日眠れないので母に相談したんです。すると、「どうやって金縛りに合うの?」と聞かれ、私が「毎回左側から来る」と答えると、その目線の先にいたのはなんとベルちゃん。

実はちょうどその頃、学校生活に慣れずベルちゃんをベットにころんと置きっぱなしにしたり、あまり大切に扱えていなかった。もしかしてそれが原因で怒らせてしまったのかもしれない……そう思い、母のアドバイスでベルちゃんにきちんと謝り、学校へ行く前にちゃんと整え、扱いを見直したんです。すると不思議なことに、その日から金縛りはなくなり毛並みも以前のように再びふわふわに戻りました。

★「愛する」ことをはじめて教えてくれた

私がはじめて「好き!」を超えて「愛する」という感覚を知ったのはベルちゃんです。物心ついたころから何でも話し合える相手で、ずっと一緒にいてくれる存在。見えないものでつながっているというか。それが、本当の「愛する」という感情なんでしょうね。

大人になるにつれて、子供の頃には感じ取れていた感覚が、今は見えない、聞こえなくなることもありますよね。やわらかい心のままで生きられたらいいのに、成長するにつれて、周囲の影響もあって心は少しずつ固くなるというか。でも、大人になってからでも私にはベルちゃんの存在や意思がわかるんですよね。

小さい頃から抱いているベルちゃんへの愛情を、私は特別なことだと思っていません。誰かと比べるものではなく、私にとっての当たり前として、今日も隣にあるだけです。

◉文=夏目円、写真=當麻 結菜

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