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親友は新しい彼氏? 女友達をパートナーにすべき理由

  • 2026.3.13
Celebrity Sightings In New York City - November 14, 2024

かつては恋愛関係のパートナーにだけ向けられていたような長期的なコミットメントが、今では友情に向けられるようになっている。友人同士で一緒に住んだり、家を購入したり、共同の銀行口座を開いたり、互いの絆を正式なものにするために、恋愛感情を伴わない結婚式のようなセレモニーを開いたりする人もいる。もう誰も、インスタグラムでの気恥ずかしい交際報告や、郊外でのロマンチックな週末なんて見たがらない。では、女友達との旅行は? それなら大歓迎だ。

こうした文化的な変化はセレブ界にも広がっている。『ウィキッド』のプロモーションツアーを通して見られたアリアナ・グランデシンシア・エリヴォの、不思議なほど親密で、しかも大胆な絆は、それ自体がひとつの文化的現象となり、見出し記事やミーム、さらには交際の噂まで生み出した。また、『セックス・アンド・ザ・シティ』のように友情の重要性を何十年も称えてきたコメディドラマもあるが、最近では恋愛ではない愛(プラトニック・ラブ)を真剣に扱うストーリーへの関心が高まっているようだ。

これらの新しいトレンドが示唆するのは、私たちはある根本的な前提を見直すよう迫られている、という事実だろう。つまり、「パートナーである」とは本当はどういう意味なのか。そして、その称号にふさわしいのは誰なのか、ということだ。

最近では、「パートナー」という言葉を聞くと恋愛関係を思い浮かべる人が多い。しかし、臨床心理士のアンドレア・ボニオール博士は、この言葉はもともと、主にビジネスの文脈で使われていたものだと語る。共同の責任、利害の共有、そして信頼できる協力関係に基づいた関係性を正式に示すラベルとして使われていた。そしてそれらは、もっとも健全な恋愛関係を表すときにも、同じように当てはまる性質だ。

実際、今なお少なくない国々において法的に結婚する権利を認められていないLGBTQ+のカップルにとって、「パートナー」という言葉は、同じように生涯にわたる献身的な関係を名づけ、主張するための表現となった。やがて、あらゆるセクシュアリティの関係においてもこの呼び方が広まり、今では「パートナー」は「配偶者」と実質的に同じ意味を持つ言葉として広く理解されている。

しかし、もしパートナーシップの本質が、互いへのケアや支え合い、そして共通の投資にあるのだとすれば、なぜ私たちは長い間、それらは恋愛関係にしか属さないものだと思い込んできたのだろうか。

リレーションシップ・アナーキーと呼ばれる動きのなかでは、そのような恋愛中心的な考え方に人々が疑問を投げかけ始めている。心理学者のキンバリー・ホーン博士は、その背景にはパンデミックによる精神的な乱れや、そこでよりいっそう強まった孤独感も影響していると語る。

コロナ禍にパートナーとふたりきりで閉じこもる生活を送ったことで、私たちの感情的なニーズのすべてを、ひとりの人間が満たすことは非現実的であることがはっきりした。たとえ、どれほど思いやりがあり、愛情深く、優しいパートナーであったとしても。多くの人にとってそれは、これまで過小評価されてきた、より広い社会的なつながりの重要性に気づくきっかけとなったのだ。

さらに、現実的な経済事情も考える必要がある。アメリカでは住宅危機や生活費の高騰により、特に独身者が明らかに不利な立場に置かれていると、ホーン博士は指摘する。既婚カップルには少なくとも、税制上の優遇、共働きによる収入、社会保障の保護など、一定の法的・経済的な仕組みが用意されている。一方で、未婚の人々は同じような安定を得るために工夫を凝らさなければならない。

その結果、「経済的な圧力によって、友人と共同生活をしたり、家計を共有したりする人が増えている」とホーン博士は言う。ただし、こうした取り決めは単なる合理性だけに根ざしているわけではない。それはまた、人生の大きな決断──たとえば誰と家を買うのか、緊急時に頼る相手は誰なのか、あるいは誰と家族を作るのかということを、配偶者に限定する必要はないのではないか、という認識が広がりつつあることも示している。単にこれまでは配偶者になぜか限定されがちだった、というだけの話なのだ。

同時に、幅広い文化的な変化によって、女性にとっての幸福、充実、成功のかたちが再定義されつつあると、ペンシルベニア大学ウォートン・スクールの准教授で、ジェンダー経済学を研究しているコリン・ロウ博士は語る。

長く根付いてきた家父長制的な規範の影響により、異性愛の結婚は長い間、経済的安定、社会的な望ましさ、そして家族形成のための主要な、ときには唯一の道として位置づけられてきた。しかし、もはやそれが唯一の選択肢ではない。今では女性は夫がいなくても不動産を所有できる。キャリアを築き、一家の大黒柱になることもできる。実際、ある調査によると、夫と同程度かそれ以上に稼ぐ女性の数は、過去50年間で3倍に増えている。

このような社会の変化を背景に、「家族とは何か」ということを自分自身で決めることもできるようになった。その結果、異性愛者たちにとって結婚は絶対的なものから選択的なものへと変化した。そして多くの人にとって、その選択肢としての魅力は、以前よりも薄れつつあるのかもしれない。

「結婚がうまくいくための鍵は『相互性』です」とロウ博士は語る。「しかし、多くの女性が、自身の関係性が相互的ではないと感じています」。たとえパートタイムやフルタイムで働いている女性であっても、料理、掃除、育児や介護などの日常的な肉体労働に加え、言いにくい話題を切り出すこと、支えを提供すること、相手のニーズを予測すること、ストレスを受け止めることなど、感情労働の大部分も背負うことになる。

「こうしたことを考えると、一部の女性にとって結婚の価値が下がっていることも納得です」と彼女は言う。その代わりとして、友情は互いへのケアや支え合いなどがありながらも、同時に伝統的な恋愛関係にありがちな社会的な重荷や暗黙的な期待のない、真の相互性をもたらしてくれるのだ。

これらの絆が特にユニークで、そしておそらくより本物だと感じられるのは、多くの場合、正式なインセンティブなしで育まれている点にある。法律的な契約も、経済的な利益も、社会的な報酬も存在しないのだ。

「指輪をもらうわけでも書類にサインするわけでもなく、公式な肩書きさえないのです」とボニオール博士は指摘する。親友が、自分のことを本当に親友だと思ってくれているかどうかさえ保証されていない。それでもなお、その誠実さは自然と現れる。良き友人は、真夜中の取り乱した電話に出てくれ、休日に長時間を割いて新居への引っ越しを手伝い、ほかの誰にもできない理想の誕生日ディナーを計画してくれる。そのような行為が期待されているからではない。ただ、自分でそうすることを選んでいるのだ。

つまり、プラトニックな絆を正式に認める方法が文化としてまだ確立されていない、そしてしばらくは確立されそうにない社会において、「親友が『新しい彼氏』なのか」や「友情が恋愛に取って代わるべきか」ということは問題ではないのかもしれない。むしろ本質的には、友情こそが常に健全なパートナーシップの設計図であり、すべての関係が考えるべきケア、相互性、そして着実なコミットメントのモデルであって、恋愛の下位に置かれるべきものではないのだ。

Text: Jenna Ryu Adaptation: Hanae Iwasaki

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