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『花が咲けば、月を想い』の時代背景―禁酒令は本当にあったのか―!?

  • 2026.3.6

「こんな大金を払ってまで酒を飲むとは、正気じゃないな」。「おかげで我々は大儲けできるというわけだ」

銀がぎっしりと詰まった箱を前に、中国の商人たちがにんまりと笑い合う。その傍らで、朝鮮の商人は酒を煽りながら、ため息混じりにこう吐き捨てる。

「正気でいられるはずがない。禁酒令が10年以上も続いているのだから……」

これはドラマ『花が咲けば、月を想い』の一場面だ。海上での密造酒取引という危険な橋を渡る背景には、当時の禁酒令がいかに厳しかったかを物語るが、実際に朝鮮王朝では禁酒令が敷かれたことがあった。

(写真=『花が咲けば、月を想う』韓国ポスター)

朝鮮王朝第21代王・英祖(ヨンジョ)の時代だ。

在位52年の完璧主義だった英祖

英祖(1694年~1776年)は、在位52年という歴代最長の統治期間を誇る、朝鮮王朝屈指の名君で。粛宗の次男として生まれたが、実母の淑嬪崔(スクピンチェ)氏が低い身分の出身であった事実は、彼にとって生涯拭い去れぬ劣等感となった。その反動からか、極めて勉強熱心かつ自己管理に厳しく、儒教的道徳を重んじるストイックな性格を形成した。

政治面では、激しい党派争いを収束させるべく人材を公平に登用する「蕩平策(タンピョンチェク)」を断行。さらに、民の税負担を軽減する「均役法」の実施や、贅沢を厳禁する「禁酒令」など、質素倹約を旨とする実利的な統治を展開し、王朝のルネサンス期を築き上げた。

一方で、完璧主義ゆえに実子である思悼世子(サドセジャ)には過剰に厳しく当たり、最終的に米びつに閉じ込めて餓死させるという凄惨な悲劇を引き起こした側面も持つ。冷徹な政治家としての顔と、肉親との愛憎に苦しむ父親としての顔を併せ持つ、極めて複雑かつ人間味あふれる人物といえる。

朝鮮王朝史上長く厳しかった「禁酒の時代」

その英祖は、朝鮮王朝において最も長期間にわたり禁酒令を継続した国王として記録されている。在位期間を通じて数回の禁酒令を発令し、実に10年間も続くこともあった。

もともと農業国家であった朝鮮王朝では、干ばつなどの食糧難に際して一時的に禁酒令が出されることは珍しくなかった。通常は1~2年で解除されるのが通例だったが、10年という異例の長期化は、英祖自身の強い道徳観や「酒をこの世から根絶したい」という個人的な執念が反映されていたと考えられる。

腐敗する役人と、麻痺する行政

当時の状況を『英祖実録』』は次のように伝えている。

右議政(ウイジョン:現在の副首相相当)の金尚魯(キム・サンノ)が言った。「禁酒令が出て以来、酒場という名がついてさえいれば、秋曹(チュジョ:法を司る官庁)や漢城府(ハンソンブ:現在のソウル市役所)の役人たちが、勝手に“禁乱房(キムナンバン)”という取り締まり所を設置し、毎日金を徴収しています。それがさも当然の法のようになっています」(『英祖実録』28年12月20日)

つまり、役人たちが禁酒令を「賄賂を受け取るための手段」として悪用していたのだ。しかし、問題はそれだけにとどまらない。強力な取り締まりが10年も続いたことで、国家の行政機能そのものに亀裂が生じ始めた。

公務員たちが本来の行政業務よりも、「どの家で酒を飲んでいるか」の監視に明け暮れるようになったのだ。それには切実な理由があった。管轄地域で禁酒令違反が発覚すれば、その担当役人までが厳罰に処されたからだ。免職はもちろん、島流し(流刑)に遭うことも頻繁にあったらしい。

「禁酒令は日に日に厳しくなったが、犯す者は絶えなかった。果川(クァチョン)で酒が見つかったとして地方官を流刑に処し、江華島(カンファド)の船商に違反者がいたため江華留守(カンファユス)を罷免した。また、陽川(ヤンチョン)県監を流刑に処し……(中略)……京江(キョンガン:漢江のソウル流域)で酒を飲んだ者がいたため、その出身地である全羅道(チョルラド)の霊光(ヨングァン)郡守までもが南方の辺境へ流刑となった」(『英祖実録』40年5月3日)

このように地方官が頻繁に交代させられれば、行政の継続性は失われる。その隙を突いて地方の有力者や既得権益層が跋扈(ばっこ)することになった。英祖の時代に、不正を暴く暗行御史(アメノサ)として知られる朴文秀(パク・ムンス)が活躍したのも、決して偶然ではなかったかもしれない。

自分の治める地域で飲酒が発覚すれば身の破滅――。そうなれば、役人たちが血眼になって取り締まりを行うのは想像に難なくない。

役人が頻繁に家宅捜索に訪れては監視の目を光らせ、酒の原料になるという理由で「麹(こうじ)」を強制的に廃棄させ、さらには取り締まりに来た役人を接待するために、家で飼っていた鶏や豚を差し出さなければなならない。良かれと思って始まった禁酒令は、皮肉にも民衆の生活を激しく疲弊させる結果となったのだった。

構成=韓ドラLIFE編集部

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