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「ごめ~ん!今あなたの夫と空港♡」沖縄旅行当日、親友から略奪宣言…私「キャンセル済みだけど?」真実と夫たちの末路は

  • 2026.2.24

待ちに待った沖縄への新婚旅行当日、私のスマートフォンに届いたのは10年来の親友からのメッセージでした。「今、あなたの旦那と空港にいるの」。地元の有名企業に勤め、周囲からも羨まれる自慢の夫。しかし、その輝かしい外面の裏側に潜んでいたのは、身勝手な傲慢さと、あまりにも稚拙な裏切りでした。信じていた日常が音を立てて崩れ去った瞬間、私はある「冷徹な決断」を下しました。

夫と結婚が決まったとき、周囲からは「勝ち組だね」と何度も言われました。彼は地元では誰もが知る企業に勤め、清潔感もあり、実家の両親への挨拶も完璧にこなしました。私自身、中小企業で地味に働く身として、そんな彼と歩む人生にささやかな誇りを感じていたのは事実です。

完璧な夫という幻想

そもそも夫を紹介してくれたのが、親友でした。大学時代からの10年来の付き合いで、就活も失恋も、ずっと隣で笑い合ってきた存在。

「彼、絶対あなたに合うと思う」と言って引き合わせてくれた彼女を、私は心から信頼していました。


しかし、華やかな結婚式の準備が始まるころから、私の心には小さな、しかし消えない違和感が芽生え始めました。夫は「仕事が忙しい」という言葉を盾に、式の打ち合わせや準備のすべてを私に丸投げしたのです。衣装、装花、引き出物の選定。私が一人で足を運び、悩み、決めていく傍らで、彼は「お前は暇なんだから、やっておいてよ」と、当然のような顔をしてソファに寝転んでいました。決定事項を報告すると「ふーん」と一言。感想も、感謝も、ありませんでした。


「僕の会社は君のところとは責任の重さが違うんだ。大変さをわかってよ」


それが彼の口癖でした。家に帰れば食事が出されて当然、洗濯は終わっていて当然、自分は何もしなくて当然——そういう顔をしていました。対等なパートナーであるはずの私を、彼はいつの間にか「自分を支えて当然の格下」として扱うようになっていました。それでも私は、一生に1度の新婚旅行、憧れの沖縄旅行さえ実現すれば、この歪な関係も修復できるはずだと自分に言い聞かせていたのです。


旅行の準備も、例に漏れず私が一人で進めました。フライトの予約、ホテルの手配、旅程表の作成。夫は「全部任せる」と言って、便名はおろか出発時刻すら把握していませんでした。「旅行会社に全部丸投げすりゃいいだろ」という夫に、私はため息をつきながら、すべてを自分名義・自分のクレジットカードで手配しました。

積み重なる理不尽の果てに

出発の数週間前から、親友の言動に小さな変化が出始めました。以前は私の愚痴を聞いてくれていた彼女が、「でも彼って実際すごいよね」「仕事できる男の人って大変なんだよ」と、どこかかばうような言葉を挟むようになったのです。違和感を覚えながらも、10年の信頼が先に立って、私はそれを深く考えないようにしていました。


ほころびはさらに見え始めていました。前日の夜、「仕事の急用が入った」と言って外出した夫は、翌朝になっても連絡が取れないまま。義両親に問い合わせても「こちらにも来ていない」と言われ、胸騒ぎが確信に変わっていきました。

どん底の絶望と、長い朝

そして迎えた、ハネムーン出発当日の朝。

その朝、出発の支度というより、残った書類を整理していたときでした。ふと嫌な予感がしてバッグの中を確認すると、予約時に印刷して入れておいた旅程表と搭乗案内の控えがなくなっていたのです。前夜の夫の不自然な外出が頭をよぎり、胸の奥がざわつきました。胸の奥がざわついた、そのときでした。私のスマートフォンが震えました。画面に表示されたのは親友の名前。メッセージを開くと、短い文章と1枚の写真が届いていました。


夫と親友が、空港で並んで撮った写真。


「ごめ~ん! 実は言わなきゃいけないことがあって。私、今、あなたの夫と空港なの」

「彼、私の方がいいんだって。あなたとだとつまらないから、旅行は私と行きたいんだって♡」

「そういう関係だから、ほんとごめんね!」


続けて、スタンプが2、3個。まるで友人に旅行の報告をするような、軽い調子で。


心臓が冷たく凍りつくような感覚でした。10年間、何でも話せると思っていた友人。就職活動で落ち込んだ夜も、失恋で泣いた朝もそばにいてくれた人間が、今この瞬間、夫と並んで空港に立っている。結婚式のときも祝福してくれたのにあれは演技だったのか……。


私が「旅行ならキャンセル済みだけどね?」と返しても「は? 強がっちゃって」と笑っている様子です。

正直に言えば、最初に感じたのは絶望よりも、奇妙な「拍子抜け」でした。実は、旅行はすでに本当にキャンセルしてありました。彼女が「奪った」と思い込んでいるその席は、最初から存在しなかったのです。そしてこの時初めて気づいたのですが、私はずっと迷っていたのだと思います。「この結婚を続けるかどうか」という問いに、答えを出せないでいた。でも、このメッセージ一通で、あっけなく出てしまいました。

ああ、終わりにしよう。迷う必要は、もうない。


その後、夫から「どこにいる」「連絡つけろ」と立て続けにメッセージが届き、やがて着信に変わりました。親友からは「悔しい?」と短い一文。悔しい?私はその文字をしばらく見つめてから、スクリーンショットを撮って、そっと画面を伏せました。ただ静かに、彼らが搭乗口で現実に気づく瞬間を待ちながら、コーヒーを一杯だけ淹れました。結局飲むことはできませんでしたが。

空港での墜落、明かされる真実

午前10時過ぎ。親友から電話がかかってきました。今度は声のトーンが違いました。


「チェックインできない。本当に予約がないって言われてる。どういうことなの!?」


私は極めて静かな声で返しました。

「だから、さっきキャンセルしたって返信したよね? 1週間前にキャンセルしたの。予約は私名義。彼、便名すら確認していなかったでしょう」

その瞬間、私はひとつ腑に落ちました。航空券は本人以外にそのまま使えるものではないのに、夫は「国内線なら確認されない」とでも思ったのでしょう。私の名前のまま、別の女性を乗せようとしていたようでした。

「そもそもその予約、私名義のままだったから、キャンセルしていなくても2人とも搭乗できなかったけど」

一瞬の沈黙がありました。「1週間前?」と親友が聞き返す声は、さっきまでとまるで別人のように小さくなっていました。


「そう。私と彼は、もう終わってたのよ」


スマホの向こうで、親友の息が荒くなるのがわかりました。「勝手なことしないで!」と喚き続ける彼女に、私はただ事実だけを伝えました。


「キャンセル完了は確定してる。もう取り消せないわ」


しばらく沈黙があった後、今度は声のトーンが変わりました。「ねえ、冗談でしょ?もう終わってたってどういうこと?」。さっきまでの勝ち誇った声はどこへやら。私は何も答えませんでした。

「あの人、あなたにあげる。どうぞ、お幸せにね。私を目覚めさせてくれてありがとうね」


「え……ちょっと待って。どういうこと?」

私は何も答えませんでした。答えないことが、一番怖いと知っていたから。

続いて夫がスマホを奪い取り、怒鳴り声を上げました。「おい!勝手にキャンセルってどういうつもりなんだ!」と。私は一呼吸おいて、返しました。


「あなた、昨夜仕事じゃなかったのね? 1週間前の深夜も……。そして今、親友と空港にいる。それで私に怒鳴れる立場だと思ってる?」

電話の向こうがしばらく沈黙しました。次の瞬間、夫の声が一段低くなりました。「これ以上やると、お前も困ることになるぞ」。私は静かに言いました。


「そう。ちょうどよかった。実はお義父さんとお義母さんには、先週のことを含めてすでに話してあるの。今日これから証拠を持って会いに行く約束もしてある。あなたのご両親がどういう方か、あなたが一番よくわかってるでしょう? 息子の不貞を、世間体を何より大切にするお義父さんが、黙って見過ごすと思う? 絶対に許さないと、もうおっしゃってたわ」


電話の向こうで、夫の息が止まるのがわかりました。


「じゃ」。それだけ言って、電話を切りました。

電話を切った後、私は初めて静かな昂揚感を感じました。迷い続けていた霧が完全に晴れた、清々しさに近い感覚でした。

泥沼の果てに掴んだ光

私はその日のうちに、知人の紹介で弁護士に連絡を取りました。事情を話すと、「まず証拠を確保してから動きましょう」と助言を受けました。親友から届いたメッセージと写真、夫の不在を示す記録、空港からのやりとり、旅行のキャンセル完了メールなど、必要なものはすべて整理して渡しました。


その後数日間、2人からの連絡は続きました。夫は義両親からこっぴどく叱られたようで、最初こそ「話し合いたい」「誤解を解きたい」と送ってきましたが、私が一切返答しないと、今度は「弁護士なんか立てたら絶対後悔させる」と脅し文句に変わりました。親友は弁護士から慰謝料請求の通知が届いた途端に「彼に無理やり連れて行かれた」「私も被害者」と言い始め、翌日には「あなたが先に彼を追い詰めたのが悪い」と論点をすり替えていました。私はすべてのやりとりをスクリーンショットに保存し、弁護士に送り続けました。届くたびに、証拠が増えていく。それだけを考えていました。

離婚協議と清算は弁護士を通じて進めました。結婚式費用の負担分や新婚旅行のキャンセル料も含めて整理し、親友とも今後一切接触しない条件を含めて合意しました。

親友のその後について、私は何もしませんでした。ただ、共通の友人たちには自然と事情が伝わったようで、彼女は少しずつ居場所を失っていったと聞いています。自分でまいた種でした。


現在は、離婚が成立し、静かなマンションで1人の生活を始めています。朝、誰にも邪魔されず、自分で淹れたコーヒーを飲む時間は、何物にも代えがたい。あの日、飲めなかったコーヒーの分まで、今は味わって飲んでいます。

肩書きも、長い付き合いも、そこに誠実さがなければ意味を持たない。今回の経験で学んだのは、それだけです。弁護士を通じて回収したお金は、彼らとの決別の証。そして、二度と自分を安売りしないという誓いの印でもあります。


窓から差し込む朝日を浴びながら、あの日飲めなかったコーヒーを今日も一人で飲む。それだけで、十分です。

【取材時期:2025年12月】

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

ベビーカレンダー編集部

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