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「半分生物で半分細胞部品」のような最小のゲノムを持つ生命体を発見

  • 2026.2.23
「半分生物で半分細胞部品」のような最小のゲノムを持つ生命体を発見
「半分生物で半分細胞部品」のような最小のゲノムを持つ生命体を発見 / Credit:Bacteria with smallest genomes living at the edge of cellular life

植物の汁だけを吸って生きるウンカという昆虫の体内に驚きの存在が潜んでいました。

ポーランドのヤギェウォ大学(JU)で行われた研究によって、Vidania(ヴィダニア)と呼ばれる共生細菌のゲノムが、わずか約5万〜5万2千塩基対と、ふつうの細菌の約100分の1しかなく、残された遺伝子もおよそ60個程度であることが明らかになりました。

このゲノム量は既知の細菌・古細菌・真核生物といった細胞から成る生命体の中で最小であり、植物の中で光合成の部品として働く葉緑体よりも小さいものです。

研究では、この細菌は、ウンカの体表を固くする材料になるアミノ酸(フェニルアラニン)だけを作る「職人」として働き、その代わりにほかのほとんどの生命活動をウンカ側に支えてもらっています。

つまりこの細菌は、もはや自立した細菌と呼ぶにはあまりにも機能が少なく、一方でミトコンドリアのような細胞内小器官(細胞の中の部品)にもなりきっていない、「生命」と「細胞部品」のあいだの境界にぶら下がる存在だと言えます。

研究内容の詳細は2026年1月23日に『Nature Communications』に受理された論文として報告されています。

目次

  • 生命はとこまでゲノムを削れるのか?
  • 最小のゲノムを持つ生命体を発見
  • 半分生命で半分細胞部品のような存在をどう定義すればいいのか?

生命はとこまでゲノムを削れるのか?

生命はとこまでゲノムを削れるのか?
生命はとこまでゲノムを削れるのか? / Credit:Canva

私たちは「細胞」と聞くと、いろいろなことが自分でできる、小さな工場のような存在を思い浮かべます。

栄養を分解し、エネルギーをつくり、DNA(遺伝情報を担う分子)を複製し、必要なたんぱく質を作り出す――そんな多機能ぶりが「生き物らしさ」だと感じてしまいます。

実際、多くの細菌のゲノムは数百万塩基対にも達し、何千個もの遺伝子がさまざまな仕事を分担しています。

たとえば代表的な大腸菌は460万塩基対ほどを持っています。

また過去に行われた研究では、本当に自由生活(海水や土で自力で増える)できる最小クラスはおおよそ130万塩基対前後とされています。

しかし昆虫の体内に住む共生細菌(いっしょに暮らす細菌)には、自然の進化だけで10万塩基対台まで小さくなったものも見つかっており、すでに人工設計の限界を下回る「ミニマム細菌」が知られていました。

もともとは自分で何でもこなせた細菌が、「宿主がやってくれる仕事」を少しずつ手放し、自分のゲノムから対応する遺伝子を失っていったのです。

一方で、ミトコンドリアや葉緑体のような細胞小器官は、もともと別の細菌だったものが細胞の中に取り込まれ、さらに徹底的にゲノムを減らして「細胞の一部」に落ち着いた存在だと考えられています。

では、自由生活の細菌と、ミトコンドリアのような細胞部品とのあいだには、本当にきれいな境界線が引けるのでしょうか。

そこで今回、ポーランドのヤギェウォ大学などの研究チームは、ウンカ類と呼ばれる2億6300万年前に起源をさかのぼれる昆虫のグループとその共生細菌のゲノムをまとめて調べ、「細胞として生きている中では、どこまでゲノムを削れるのか」「細菌と細胞小器官のあいだにどんな中間形がいるのか」を探ることにしました。

もし、ほとんど何もできないのにかろうじて生きているような細胞が見つかったら、それはいったい「生き物」と呼んでよいのでしょうか。

それとも「細胞部品」と呼ぶべきなのでしょうか。

最小のゲノムを持つ生命体を発見

最小のゲノムを持つ生命体を発見
最小のゲノムを持つ生命体を発見 / ウンカを進化の系統樹で見ると、ウンカはセミと非常に近い親戚で、「セミのいとこ」のような位置づけです。体の長さは数ミリほど。ウンカは、一生を通じて植物の汁だけを吸います。その不足分を埋めてくれているのが、お腹の中の特別な細胞に住みついた共生細菌たちです。今回話題にしているVidaniaもその一つで、ウンカの体内に作られた「バクテリオーム」という専用の部屋に閉じこもり、宿主であるウンカと何億年も前から共進化してきました。/Credit:Convergent extreme reductive evolution in ancient planthopper symbioses

生命はどこまでゲノムを手放せるのか?

答えを得るために、研究者たちはまず、世界各地から集めた149種・19科のウンカ標本を集め、ウンカの細胞内に共生している細菌のゲノム(全部の遺伝情報)を分析しました。

その結果、多くのウンカの細胞内に潜む多くの共生細菌(Vidania)は5万〜13万塩基対台のゲノムを持っていましたが、その中に「桁違いに小さい仲間」がまぎれていることが分かりました。

VFSACSP1という株では50141塩基対、VFMALBOSという株では52460塩基対というサイズだったのです。

この5万塩基対という数は、現時点で知られている細菌・古細菌・真核生物、どの生命体のゲノムと比べても最小サイズであり、植物の葉緑体(細胞小器官)よりも小さくなっています。

遺伝子を持つ存在という意味では、ミトコンドリアや葉緑体のような細胞の内部部品(細胞小器官)や、ウイルスのように宿主の細胞を利用して増える存在もありますが、こうしたものはふつう“個別の生き物”とはみなされません。

(※論文でも細胞部品となってしまったミトコンドリアのような存在(オルガネラ)を除くと最小と述べています)

またそこに書かれているタンパク質設計図、つまりタンパク質を作る遺伝子の数は、機能が分かったものに限るとそれぞれ68個と62個しかありませんでした。

ふつうの自立して生きる細菌が数千個の遺伝子を持つことを考えると、驚くほどの「スカスカぶり」です。

では、その少ない遺伝子で何をしているのでしょうか。

詳しく中身を見ると、どちらもDNAやRNAをコピーしたり、リボソーム(タンパク質合成工場)を動かしたりするための基本的な遺伝子と、フェニルアラニンというアミノ酸を作るための遺伝子が中心として残っていました。

このフェニルアラニンというアミノ酸はウンカの表面の殻部分を形成するのに利用されていると考えられています。

一方で、必要な栄養は、ウンカ自身の遺伝子や、別の共生細菌が肩代わりしていることも、同じデータから示唆されました。

結果として、この極小Vidaniaは「フェニルアラニン職人」としてだけ、かろうじて役割を保っていることになります。

研究チームはさらに、電子顕微鏡や蛍光顕微鏡でウンカの体内を詳しく観察しました。

その結果、この極小Vidaniaが住む細胞には、ミトコンドリアがとくに高い密度で集まっていました。一部の個体では細胞質が空洞化するなど、細胞全体が弱っているようにも見えます。

ふつうの細胞が、いろいろな設備がゆったり並んだ工場だとしたら、ここは発電所がひしめく工業地帯の一角だけが、なんとか動き続けているようなイメージです。

それでもVidaniaはそこにとどまり続け、ウンカの外骨格を支えるフェニルアラニンを供給していると考えられます。

まるで、崩れかけの工場の中で、かろうじて一つのラインだけが動き続けているような光景です。

半分生命で半分細胞部品のような存在をどう定義すればいいのか?

半分生命で半分細胞部品のような存在をどう定義すればいいのか?
半分生命で半分細胞部品のような存在をどう定義すればいいのか? / ウンカの体の中にあるバクテリオームと呼ばれる共生細菌を入れておくための臓器。バクテリオームの中には、共生細菌をぎゅうぎゅうに詰め込んだ がたくさん並んでいます。/Credit:Convergent extreme reductive evolution in ancient planthopper symbioses

今回の研究により、「細胞として生きながら、どこまでゲノムを削れるのか」という問いに対して、一つの極端な実例が示されました。

Vidaniaは、自由生活細菌のように何でもこなす万能選手ではなく、特定のアミノ酸だけを作る「専門職」として残された結果、葉緑体に迫るほど少ない遺伝子しか持たない「ほぼ細胞部品」のような姿になっていました。

研究チームは、この細菌を「独立した細胞生命の端っこに生きている」と表現しています。

実際、ウンカの体から出てしまえば、おそらくVidaniaは何もできずにすぐ死んでしまうかもしれません。

それでも、ウンカの細胞内ではきちんと分裂し、世代を超えて受け継がれています。

その姿は、もはや細菌というより、ミトコンドリアや葉緑体に近い、いわば「半分細菌・半分細胞部品」のようにも見えます。

またこれは、「進化=より高度で複雑になる」という素朴なイメージに対して、「進化=どこまで手抜きしても協力で生きられるか」という別の顔があることを教えてくれます。

また今回の研究結果は、人工的に最小細胞を設計しようとする合成生物学や、生命の起源研究にとって重要なヒントになると考えられます。

また、「他の生物と強く協力すれば、生命は教科書よりずっと単純な姿でも成り立つかもしれない」という視点は、地球外生命の可能性を考えるうえでも役立つ可能性もあります。

そしてもうひとつは、「見えないほど小さな存在同士の協力関係」が、生態系の安定にどれほど重要かをあらためて意識させてくれる点です。

ウンカと極小Vidaniaの関係は、昆虫と細菌というスケールの話ですが、同じような強い相互依存は、土壌中や海中など、さまざまな場所で見えないネットワークをつくっている可能性があります。

もしかしたら未来の教科書では、「生き物の定義」のページに、極小Vidaniaが例として「どこからが細菌で、どこからが細胞部品なのかを曖昧にする存在」として紹介されているかもしれません。

参考文献

Bacteria with smallest genomes living at the edge of cellular life
https://en.uj.edu.pl/en_GB/news/-/journal_content/56_INSTANCE_SxA5QO0R5BDs/81541894/160335026

元論文

Convergent extreme reductive evolution in ancient planthopper symbioses
https://doi.org/10.1038/s41467-026-69238-x

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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