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東直子さんが選ぶ「令和の短歌」|テーマは「風を感じる」

  • 2026.2.22
Rieko Honma / Getty Images

日本では古くから、人々が日々の気持ちを短歌に託して表現してきました。ここでは、現代の感性で日常を切り取った「令和の短歌」を、歌人の東直子さんが選び、毎回さまざまなテーマに沿ってご紹介します。今回のテーマは「風を感じる」です。

風の日は橋がひかるよ地上からすこし浮かんでひとを思えり

小島なお『卵(らん)降る』(2025年)

【東直子さんの講評】

橋の上に立って風に吹かれている。風が川の水に触れて光り、橋がその光に照らされている情景が浮かぶ。上の句は、誰かに語りかける形になっている。結句に出てくる「ひと」へ、心で語りかけているのだろう。

「地上からすこし浮かんで」は、実景でありつつ、現実感が希薄でうつろな心持ちを反映しているようだ。そんな状態で思っている「ひと」。大切に思っているけれど、少し遠い存在になってしまった人のように感じる。

遠い場所からやってきて遠い場所へ去っていく風が、遠い存在を淡く繫ぐ。「橋がひかるよ」という詩的な発見を一緒に楽しめる人と共有したい。でも、心の中でつぶやくだけで、直接伝えることはないのだろう。

「お手」と言えばお手してくれた蝶々が北風に乗り去っていきます

土居文恵『檸檬荘』(2025年)

【東直子さんの講評】

蝶が手に止まった。それを犬がするような「お手」と捉えている点がとてもユニーク。一瞬気持ちが通じ合ったかのような蝶々が、あっと言う間に北風と共に去っていった。お手の動作をしたまま残された自分に冷たい風が吹き抜ける。つかの間仲良くなってすぐに別れた友達のような、はかない友情とその切なさ。なんともいえない淋しさが残る。

「北風」であることも注目点だろう。春風や夏の風に乗って去っていく蝶々ならば元気そうだが、北風の蝶々はもうあまり先が長くないのではないだろうか。自分の願いをいっとき聞き入れてくれたやさしい蝶々は、自分の運命に従って北風と共に去っていったのだ。この蝶々、なんだか潔くてかっこいい。

木のように座りなおして五億年後の春風を聞いていました

佐藤弓生『花やゆうれい』(2025年)

【東直子さんの講評】

この歌が収載されている『花やゆうれい』は、佐藤弓生の短歌と町田尚子の絵を組み合わせた歌画集である。町田の絵には、猫が登場する。

この歌に添えられた絵にも猫がいて、花の咲く野原の椅子の上に座ってお茶を飲んでいるが、コートとマフラーを着用しているのでまだ少し寒そうである。猫の前には錆びた鉄の門があり、かつてそこに住居があったことを思わせる。遠くを見るそのまなざしは、「五億年後」を見据えているのだろう。

どんなにはるかな時空間でも、想像することは自由にできる。一本の木のように無心になれば「五億年後の春風」の音も聞けるのだ。すべての記憶や思考から逃れ、風の気配と交じり合っているようで心地よい。

◾️短歌のNew Topics...東直子さんと小島なおさんの歌会

2026年3月28日に開催される「さわらび短歌会」。事前に作品を投稿し一緒に短歌を詠んで味わう歌会で、創作術から鑑賞法まで学べる内容。ミニ講義「ひらがな・カタカナなど表記の効果」のあとに歌会が始まります。

締め切りは3月24日。参加費5,335円。
お問い合わせは朝日カルチャーセンターtel.03-3344-1941まで。

ひがしなおこ◯歌人、作家。広島県生まれ。1996年に第7回歌壇賞、2016年には小説『いとの森の家』(ポプラ社)で坪田譲治文学賞を受賞する。歌集『春原さんのリコーダー』(ちくま文庫)、小説『ひとっこひとり』(双葉社)、エッセイ集『魚を抱いて 私の中の映画とドラマ 』(春陽堂書店)など著書多数。最新刊は掌編『フランネルの紐』(河出書房新社)。

文=東 直子 編集=吉岡博恵

『婦人画報』2025年3月号より

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