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日本の養蚕が消滅の危機? 今、私たちができること

  • 2026.2.22
写真提供=大日本蚕糸会

かつては世界一の生糸輸出国で、養蚕王国だった日本。戦後の最盛期に45万戸を数えた養蚕農家が一昨年では134戸、国産繭の生産高は12万トンから38トンへと激減し、絹の国内消費量のうち、国産繭が占める割合は0.1パーセントしかありません。従事者の高齢化も進み、日本の養蚕・製糸業は存亡の危機にあります。
そんな今、日本の絹を守るためにできることとは? 一般財団法人大日本蚕糸会会頭の松島浩道さんと、西陣織の老舗「細尾」会長の細尾真生さんに、日本のシルクの現状と未来へ向けた取り組みについて語っていただきました。「美しいキモノ」2026年春号に掲載した対談の完全版第1回です。

左=「大日本蚕糸会」会頭・松島浩道さん。右=西陣織「細尾」会長・細尾真生さん。 撮影=田村 聡

日本の蚕糸業界の現在地とは

蚕糸絹業発展のために活動する大日本蚕糸会の会頭・松島浩道さんと、数年前から養蚕に取り組まれる西陣織「細尾」会長の細尾真生さんには、共通する蚕糸への思いがあって、この対談が実現しました。

会頭は長らく養蚕に関係する農林水産省で勤務されてきました。現在の日本の蚕糸業について、どのように見られていますか?

松島浩道さん(以下松島)元は農林水産省の職員で国際関係を中心に取り組んでまいりましたが、20年前に養蚕を担当する課の課長をしておりました。退官して大日本蚕糸会の会頭になり、本当に驚いたのは、20年前に比べて日本の蚕糸業の規模がこんなにも小さくなったのかということでした。

昨年、大日本蚕糸会からレポートされた「蚕糸業の現状について」では、現在の状況があらゆる角度から検証され、数字で表されていました。

松島 江戸末期の1858年に横浜が開港してから75年もの間、生糸は一貫して日本の第一の輸出品で、近代化に必要な外資を稼いできました。政府が輸出産業として蚕糸業を育成したのです。養蚕は労働集約的な産業であったことから、日本の経済が発展すると労賃が上がります。するとどうしても価格も上がって結果として中国や韓国に比べて国際競争力が落ちてきたのです。

大日本蚕糸会「蚕糸業の現状について」令和7年10月より転載。 資料提供=大日本蚕糸会

松島 戦後の養蚕のピークは昭和43年(1968)で養蚕農家は45万戸くらい、繭生産は12万トンでしたが、以後減少し続け、令和6年(2024)には養蚕農家134戸、繭生産38トンと、当時とは桁が大きく違います。製糸業は装置産業ですから、一定規模の繭生産がないと事業は成り立ちません。現在の産業規模は本当に日本から蚕糸業、国産の生糸が失われる瀬戸際といえます。何より深刻なのは、そのことを誰も知らないということです。絹産業関係者ですら知らない人が多いのです。まずは皆さんにしっかり認識していただくこと、それが最初で最大の課題だと思いました。

そして、なぜ右肩下がりになってきたかというと、主たる原因は先ほど申し上げたような国際競争力の低下に基づく国内での繭価格の低迷です。収益性のある産業でないと誰も養蚕農家を継がないし、外からも入ってきません。ちなみに養蚕農家の労働は時給換算すると550円ほどになります。考えられないような低収益産業です。

◉まつしま・ひろみち 一般財団法人大日本蚕糸会会頭。農林水産省、スロベニア大使などを経て現職。1958年生まれ、栃木県足利市出身。 撮影=田村 聡

まずは認識するところから、ですね。

松島 はい。そして細尾さんのようなブランド力をもち、国際的な評価を得ている製造業者の方々の協力を得ることが必要ではないかと思います。

細尾さんは江戸時代から続く西陣織の製造元です。

細尾真生さん(以下細尾)今回は2つの顔で来ました(笑)。ひとつは1688年創業の西陣織の製造卸会社の会長です。今も伝統的な染織技術に基づいた着物や帯を製造するほか、広幅の西陣織を製織してヨーロッパのラグジュアリーブランドを中心に輸出しています。絹との関わり合いでは、ど真ん中でやってきました。

もうひとつの立場は、映画プロデューサーです。日仏の絹文化をつなぐ「セヴェンヌ」という蚕を主軸にドキュメンタリー映画「マダム・ソワ・セヴェンヌ」を作りました。映像の力を借りて絹の魅力を多くの方々に知ってもらい、これをきっかけに蚕糸業、絹に関わる伝統産業を盛り上げていきたい──そういう活動をやっている最中です。

細尾さんは西陣織製造のかたわら、どのような経緯で養蚕に眼を向けられましたか。

細尾 国産生糸の流通量はわずかで、我々が使うのは中国の糸が多いのですが、価格が上がる一方、生産量や品質が落ちています。このままでは、美しい西陣織を作っていけないと危機感を抱きました。中国へ視察にも行きましたが、輸入に頼るだけではなく自分達でなんとかしなければならないと思いました。

◉ほそお・まさお 1688年から続く西陣織の老舗「細尾」会長。古代染色研究所、京都シルクハブ代表。1953年生まれ、京都市出身。 撮影=田村 聡

細尾 もうひとつ、我々が考えなければならないのが需要です。国際的な絹の需要は2030年に今から1.5倍に増えるといわれています。ラグジュアリーブランドの使用が増加し、これから高品質のシルクが求められるというのです。中国の品質や生産力が落ちている現在、次に来るのはインドなのですが、まだ品質の面では足りません。そうなると日本の出番です。フランスなどでもそれに気づいて、日本での養蚕を一緒にやろうよという働きかけが増えています。私はこれが日本の養蚕業がよみがえる絶好のチャンスだと思っています。ここで動かなければ、松島会頭がおっしゃるように日本の養蚕がなくなる危機に瀕します。

日本の蚕糸業を応援しよう!
(詳しくはリンク先または記事の最後をご覧ください)

〇3月13日(金)「蚕糸の日2026フォーラム」に参加しよう!


■主催/一般財団法人大日本蚕糸会、一般社団法人日本サステナブルシルク協会


国産繭・生糸サポーター制度に登録しよう!

■サポーター事務局/一般財団法人大日本蚕糸会 silk-info@silk.or.jp

養蚕がひとたび失われたら取り戻すのは難しい

ヨーロッパの養蚕事情はいかがでしょうか。

細尾 フランスでは1960年代に養蚕が途絶えてしまいました。

松島 イタリアも産業としての養蚕はなくなっています。イタリアもフランスと一緒で、養蚕を再興したいという気持ちがあるようです。一昨年イタリアのパドバ大学の先生にお会いしたとき「イタリアはかつて繊維大国でしたが、どういう経緯でなくなったんですか」とお尋ねすると、「日本に負けた」と(笑)。冗談めかしていましたが、技術も人も一度失われるとこれを取り戻すのに何倍ものエネルギーがかかります。今の日本はその瀬戸際です。養蚕がこれからもずっと日本の産業として維持できる仕組みを作っていくのが我々の使命だと思っています。

世界に誇れる日本のシルク

写真提供=大日本蚕糸会

日本のシルクの魅力とは?

松島 まずは細尾会長もおっしゃっていたように生糸の品質です。具体的にいうと白度(白さ)と、繊維の細さです。白度が高いと発色がよく、染め上がりが美しくなります。繊維が細いとしなやかでコシがあり、最終的に良い製品になります。さらに輸入生糸との差別化を図れることです。国際商品として流通するものは少品種大量生産です。対して日本では小規模農家がほとんど手仕事で、小石丸など様々な性質の品種を、工芸作家さんらの需要に応じて作ることができます。そのような多品種少量生産が、国産の強みです。

細尾 おっしゃるとおり日本の生糸の強みはお蚕さんの種類が約2,000種もあることだと思います。世界一です。ところが今はわずかな種類しか活用されていません。遺伝資源をフル活用し、目的により、一番ふさわしい蚕を2,000種のなかから選別して復活させ、高付加価値型の糸を作る。これが日本の養蚕業がよみがえっていく一つのポイントになると思います。

日本に約2,000種類あるというのは、それだけ蚕種(さんしゅ:蚕の卵)の研究がされていたということでしょうか?

松島 日本では蚕糸業が最先端の輸出産業だったので、いたるところに研究所があり、品種改良を重ね、さまざまな品種が作られ、現在まで遺伝資源を保存しています。

写真提供=大日本蚕糸会

蚕種の保存は、毎年交配させて行うのですか。

細尾 そうです。毎年、2,000種すべてです。大日本蚕糸会の「蚕糸科学技術研究所」や「農研機構」(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)、大学の研究所など様々な所で、交尾させ卵を産ませて、育てて、この大変な繰り返しをずーっと続けてくださっているのです。

松島 植物の場合は種を冷凍保存できるのですが、蚕の場合は毎年交配が必要です。

細尾 蚕種の個性のわずかな違いにロマンのある物語性を乗せて、付加価値を高める努力をしていきたいと思っています。そういうものをしっかり活用しないと、先人たちに申し訳ない気がします。

「お蚕様」に感謝する思いと文化的価値

細尾 我々ものづくりをしている者は、お蚕さんの貴重な命をいただいて美しいものを作るんだという気持ちがあります。日本中で「お蚕さん」「お蚕様」と敬称で呼ぶのがその表れです。

松島 今でも養蚕地域へ行きますと蚕神社があったり、製糸会社でもお蚕さんに感謝して神事を行ったり、そういう姿勢は日本固有の文化かもしれません。

銘仙でも知られる足利ご出身で、機音を身近に聞いて育ったという松島さん。 撮影=田村 聡

松島 国産絹には、歴史的かつ文化的な価値があります。生糸には数千年、少なくとも二千年の歴史があり、弥生時代の遺跡で養蚕されていたことが確認されるなど、絹業は日本文化と密接にかかわりながら営まれてきました。その結果、日本各地のお祭り、神社などと密接不可分な存在であり続けています。また、伝統を守るという側面で、正倉院御物を復元するときに、固有品種を使用することがあります。伊勢神宮では2033年に式年遷宮を行いますが、神宮の方から1,500㎏の全量を国産生糸で調達したいという意向を承りました。

現在、先人たちの努力で生み出されたハイブリッドな「春嶺鐘月(しゅんれいしょうげつ)」や「錦秋鐘和(きんしゅうしょうわ)」などの品種があります。式年遷宮には小石丸などの固有種が用いられるのですか。

松島 小石丸のほか、現代の一般品種とよばれる収量の多い繭で6Aや5Aにランク付けされるような選りすぐりの品質のものも使っていただきます。20年ごとに行われる式年遷宮には1300年の歴史があり、これからも国産生糸を使っていただけるよう蚕糸業を存続させていきたいという思いがあります。

どのように絹産業を盛り上げていくか

蚕糸の日(3月14日)を記念して、その前日の3月13日に行われる「蚕糸の日2026フォーラム」では「神宮式年遷宮と御料生糸」と題した講演も行われます。

松島 3月13日のフォーラムは、日本の蚕糸について認識を深めるための象徴として企画しています。今年は伊勢神宮の式年遷宮を担当される方に、歴史を含めたお話をしていただきます。後半では蚕糸に関わる代表的な方々に議論をしていただく予定です。

西陣御召を身に着けて対談に臨まれた細尾さん。 撮影=田村 聡

細尾さんの会社では海外展開のために、15年ほど前から西陣の技術と素材を活用した広幅の織物を製造されているそうですね。

細尾 日本のシルクも、かつてそうであったように国際マーケットを視野に入れていかなければなりません。明治から大正・昭和を通じて日本の絹は最高の輸出産業として外貨を稼いできました。先ほど申しましたとおり、国際的にこの4、5年で絹の需要が1.5倍に増えるという予測が出ています。意識改革をして、マーケットは日本国内だけでなく海外にもあり、海外でも勝負できる絹を作っていくことが大切だと認識しています。

松島 東京・有楽町にある蚕糸会館1階のシルクセンターでは、一番売れているのがストールやショールで、外国の方にも多くお求めいただいています。最近は糸以外に、化粧品や医療系の分野でも多様に利用されています。我々は「蚕糸会」なので、古来の伝統的な糸を中心に活動していますが、養蚕業の経営の安定という観点から、それに限らない新しい分野と協調しながら取り組んでいきたいと思います。

「国産繭・生糸サポーター制度」の新設

写真提供=大日本蚕糸会

大日本蚕糸会が昨年2025年秋に創立した「国産繭・生糸サポーター制度」は、一般の着物ファンにも広がり、大きな役割を果たしそうです。

松島 現在はサポーターの皆様に国産繭、生糸に関する情報を発信することを目的にしています。まず皆さまに実態を認識していただくこと、最終的には、国産生糸を使った絹製品を購入することで応援していただけたらありがたいですね。また、たとえ買っていただかなくても、多くの方に価値を認識、評価していただいて裾野が広がることが大事だと考えています。

細尾 今の続きで、私が申し上げたいのは作り手側の意識です。日本の絹の文化に誇りをもち、先人たちから引き継いだ技をリスペクトして、養蚕、製糸、撚糸など各工程で技術を磨き、「高くてもいいから買いたい」と思っていただけるような、高品質で感性の高いものを作る努力をしていきたいのです。この努力をサプライチェーン全体でやっていかなければ、日本の絹は復活しないと思います。

*2026年2月23日(月・祝)18時公開の次回は、未来に向けた具体的な取り組みについて、詳しくご紹介します。

今私たちにできるアクション──日本の絹を応援しよう!

〇3月13日(金)「蚕糸の日2026フォーラム」開催


「蚕糸の日」を記念するイベントとして、3月13日(金)に講演「神宮式年遷宮と御料生糸」やパネルディスカッション「日本の蚕糸業が消滅してもいいの?」を開催。国産繭・生糸の歴史的・文化的価値への認識を深められる催しです。ぜひご参加ください。詳しくはこちら

■日時/2026年3月13(金)13時~16時
■場所/東京ウイメンズプラザ ホール 地下1階
■参加費/無料
■締め切り/3月6日(金)先着順。
■主催/一般財団法人大日本蚕糸会、一般社団法人日本サステナブルシルク協会


〇国産繭・生糸サポーター制度


国産繭・生糸に関わるさまざまな情報に接することで理解を深め、支援の輪を広げることを目的に、大日本蚕糸会が2025年10月に創設した制度。登録は無料で、サポーターになるとイベント情報を含め、国産生糸関連の情報を入手できます。ぜひご登録ください。詳しくはこちら

■サポーター事務局/一般財団法人大日本蚕糸会 東京都千代田区有楽町1-9-4 蚕糸会館6階
silk-info@silk.or.jp

撮影=田村 聡 文=安達絵里子

『美しいキモノ』2026年春号より

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