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「二世帯住宅のリフォームが終わるわ!」義母のLINEで秘密の計画が発覚。裏切った夫に私が下した決断と、彼が青ざめたワケ

  • 2026.2.6

「そろそろ娘の小学校の入学準備を始めようか」
そんな穏やかな会話を夫と交わした翌日のことでした。義母から届いた1通のメールが平和な日常の終わりを告げたのです。そのときは味方だと思っていた夫も、まさか義母に加担していたなんて……そのときの私は知る由もありませんでした。

義母からのメールはとても短いものでした。

「二世帯住宅のリフォームがもうすぐ終わるわよ~! いつ引っ越してくるのかしら?」

何度も何度も読み返しましたが、頭が真っ白になってしまい、書いてあることの意味がすぐには理解できませんでした。そこで、私は事実を確認すべく、義母に直接電話したのですが……?

義母から明かされた二世帯住宅での同居

義母によると、義両親の住む古い家を二世帯に改修したとのことでした。しかも、半年も前から夫をまじえての打ち合わせを重ねていたといいます。

「で、あなたたちの引っ越しはいつにする?」

「二世帯のリフォームが終わり次第、できるだけ早めにお願いね!」

「ちょっと待ってくださいお義母さん……何の話ですか?」

「は?」

私はそんな話、一度も聞いていませんでした。

夫はこの1年もの間、「仕事が忙しいから」と言って、休日も外出を繰り返していました。夫を信じていたからこそ、私は疑うことすらしませんでした。それなのに、まさかその裏で、こっそり同居計画が進んでいたなんて……。

結婚当初から義母は口癖のように「嫁のくせに」と繰り返し、私の家事にも育児にもダメ出しをしてきました。一方で息子である夫のことは「うちの子は優秀で」と褒めちぎり、私との扱いの差は歴然。

義母の相性が悪いのだろうと思った私は、波風を立てないよう、適切な距離を保とうと努力していました。それもあって、義両親との同居など考えたこともなかったのです。

「あなたたち、賃貸なんて狭くて窮屈でしょ? 嫁なんだから親と一緒に住むのが当然よ」

電話越しに聞こえてくる、義母の弾んだ声。間取りはすでに決まっていて1階が義両親、2階が私たち家族。しかも完全二世帯ではなく、お風呂やキッチンなどは共有だというのです。

「家族なんだから、気にしなくて大丈夫よ」と笑う義母の声を聞いて、私は胃が痛くなりました。

さらに、義母はすでにご近所中に「息子夫婦と同居する幸せ者」として自慢して回っているとのこと。外堀を埋められていくような、逃げ道を塞がれていくような恐怖を感じました。

「同居のことなんて何も聞いていません」「ちょっと待ってください」と言っても、義母は聞く耳を持ってくれません。結局私は、冷や汗が背中を伝うのを感じながら、夫の帰宅を待つしかありませんでした。

信じていた夫からの裏切り

帰宅した夫に詰め寄ると、夫は気まずそうに視線を逸らしました。

「母さんが前から言ってたし、断れなくてさ」という言葉に、ただただ、目の前が真っ暗になりました。私と義母の折り合いが悪いことを知っていた夫は、揉めごとを避けるために「事後報告」という卑怯な手段を選んだのです。


しかし、真の絶望はその先にありました。リフォーム費用の頭金として、夫は500万円もの大金を支払っていたのです。それは、娘の将来のためにと、私が日々節約してコツコツと貯めてきた教育資金でした。

夫婦として家計管理のため、暗証番号は共有していました。信頼関係の上で当然だと思っていたことが、こんな形で裏切られるとは……。

さらに、私の知らないところで、夫は夫自身の名義でローンまで組んでいたのです。

「娘の進学費用を……」と私が声を絞り出すと、夫は目を逸らしたまま何も言いません。義母の顔色ばかり伺って、妻である私の声には耳を貸さない夫の態度に、絶望が深まりました。

翌日、不安に駆られた私は通帳記帳のために銀行へ向かいました。画面に表示された残高を見た瞬間、500万円が消えていることを確認し、その場で膝から力が抜けました。ロビーの椅子に座り込み、震える手で通帳を握りしめながら、涙がこぼれるのを止められませんでした。

当時、私のおなかのなかには、新しい命が宿っていました。この子に何かあってはいけない、そう思っておなかを抱えましたが、同時に怒りが湧き上がってきました。

その夜、私は一睡もできませんでした。だいぶ大きくなってきたおなかをなでながらも、「もし今回のことで、娘たちの将来の道が閉ざされたら……?」「また夫は義母の希望を叶えるために、子どもたちを犠牲にするかもしれない……」と頭の中では不安がぐるぐると回っています。

結局眠ることを諦めた私は、暗いリビングで1人、共通の通帳や夫から渡されたローンの契約書の束を確認することに。1年以上も前からだまされていた――平然と嘘をつき、隠しごとをする夫はただ恐ろしく、もう何も信じられなくなっていました。

母としての決意

数日後、義母から呼び出されました。夫も一緒です。相変わらず義母は私の意見になんて耳を貸してはくれません。

「嫁なんだから親と同居するのは当たり前でしょ! 文句言うんじゃないわよ」

そんな高圧的な言葉に、私は憤りを感じました。娘だって、せっかくできたお友だちと離れるのはさみしいだろうし、小さいころから診てくれているお医者さんの近くが私にとっても安心です。

私が同居を突っぱねようと反論すると、義母はさらに私の神経を逆なでするようなことを言ってきました。

「はぁ……嫁のくせに。次は男の子を産みなさいね? 私のお手製の料理を食べれば、丈夫な跡取りが生まれるはず。だから早く引っ越してきなさいよ」

私はあ然として、隣にいる夫を見ました。しかし、夫は義母を止めるどころか、曖昧に笑っているだけでした。隣で妻が追い詰められているのに、何も言ってくれない。この人は、もう私も子どもたちも守ってくれない。

そう確信した瞬間、私の中で何かが完全に切れました。夫や義母に、自分と子どもたちの人生を明け渡してはいけないと、決意したのです。

「……離婚します」


そう言った私の声は震えていました。喉が詰まって、息をするのも苦しいのに、それでもはっきりと言い切りました。義母は目を丸くして、夫も「は? 冗談だろ」と鼻で笑います。


「冗談じゃ……ありません」

言葉が一瞬詰まりましたが、続けました。

「私に黙って500万円使って、勝手にローン組んで……何の相談もなしに!」「お義母さんもお義母さんです! 同居の同意すらしてないのに、何が『跡取り産め』ですか?ふざけないでください!」


声が大きくなっていくのを自分でも感じました。夫の顔が青ざめていきます。


「勝手に使った500万円、全部記録してあります。ローンの契約書も写真に撮りました。すぐに弁護士立てますから、連絡はそちらを通してください。調停で全部説明してもらいますからね!」

実は数日前のことでした。「そろそろ娘の小学校の入学準備を始めようか」という穏やかな会話を夫と交わしていたころ、私はまだ何も知らなかったのです。それがまさか、こんな結末を迎えるとは……。


義母が「ちょっと、あんた何を馬鹿なこと言ってるの!」と声を荒らげましたが、私はもう止まりませんでした。

自分と子どもたちの未来のために

弁護士の助言を受け、私はまず荷物をまとめて、娘と一緒に実家へ。そこで両親のサポートを受けながら、証拠の整理と調停の準備を進めました。妊娠中の体調と娘の世話をしながらの手続きは大変でしたが、「これ以上義母と夫の思い通りにはさせない」という気持ちでやり切るしかありませんでした。


さらにそこから数カ月をかけて、私は弁護士とともに離婚の条件を固めていきました。

夫は最初こそ「やり直せる」と軽視していたようですが、弁護士を通じた正式な通告に直面すると、次第に態度に変化が。調停では、無断での財産使用、重要事項の隠蔽など、すべてを明らかにしました。

最終的に離婚は成立。親権はもちろん私です。すべてを終えた日の元義母と元夫の狼狽ぶりは、今思い出しても滑稽なほどでした。

「離婚なんて世間体が悪いでしょ!」「俺1人でローンを返済できるわけないだろ!」と口々に私を責める彼らに対し、私ははっきりと言い返しました。

「世間体を気にするなら、最初から私に相談すべきでしたよね? 私と子どもたちの人生を好き勝手しようだなんて、許せません」「ローンはあなたが勝手に組んだものでしょ? 自分で返してちょうだい、私は関係ないわ」

「離婚します」と言ったときの声はあんなにも震えていたのに。そのときの私には、毅然と言い返せるだけの強さが備わっていました。

その後――。

元夫1人の収入では、月々10万円をこえるローンの返済と、養育費の支払いは不可能でした。孫に囲まれ、家事は嫁に任せて……と優雅な老後を夢見ていた元義母は、あわててスーパーのバイトに出ることになったと後から聞きました。さんざん自慢して回っていたのもあって、ご近所さんの目を避けるように暮らしているとも耳にしました。

元夫からは何度も「やり直したい」と泣き言のメールが届きます。「母さんの飯がまずい」「家が静まり返っていてさみしい」といった勝手な内容ばかりです。養育費の支払いのことがあるのでさすがにブロックはしませんが、私は一切返信していません。

今私は、実家で両親と娘とともに暮らしています。もうすぐ2人目の子どもも生まれますが、「私たちの孫なんだから、何も心配しなくていい」と笑ってくれる両親の存在が、何よりも強い心の支えとなっています。

私にとって本当に大切なものは、大きくて立派な家でも、誰かからの称賛でもありません。家族で囲むあたたかい食卓、そして子どもたちの健やかな成長を見守ること……それだけで十分なのです。

信じていた人たちに裏切られた心の傷はまだ癒えません。しかし、私はもう二度と、誰にも自分の人生の手綱を渡さないと決めました。これからは、手に入れたこの平穏を、何よりも大切に守り抜いていくつもりです。

【取材時期:2025年12月】

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

ベビーカレンダー編集部

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