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渡邉美穂が語る。バスケの魅力と、同世代・八村塁から受ける刺激

  • 2026.2.2

元日向坂46で、埼玉バスケットボールアンバサダーも務める渡邉美穂が1月25日、NBA配信番組『NBA docomo』のロサンゼルス・レイカーズ対ダラス・マーベリックス戦にゲスト出演した。
小学校1年生から高校卒業まで、12年間にわたりバスケットボールをプレーしてきた渡邉は、いわば“競技を知る視聴者”。スタジオで語る言葉の端々には、長年コートに立ち続けてきた人間ならではの実感がにじむ。渡邉美穂という存在を通して、NBAの魅力、そしてバスケットボールという競技の奥深さがより立体的に浮かび上がった。

「一視聴者みたいな気分」から始まったNBA初体験

『NBA docomo』初出演について、渡邉は開口一番、「NBAの試合の配信っていうのはそんなに出演した事が無くて……すごく新鮮で、一視聴者みたいな気分でした」と語った。

Bリーグの仕事経験はあるものの、NBAの試合にゲスト出演するのは初めて。スタジオにいながらも、“観る側”の感覚を保ちながら番組に参加していたという。

中原雄氏ら解説陣から、選手の特徴や細かなプレーの意味を教わる時間についても、「なかなかそういう機会がないと思うので、すごく貴重で、とても贅沢な時間だった」と表現した。

競技経験者であっても、NBAという舞台は別格。その奥行きを学びながら楽しむ姿勢が印象的だった。

画像: 「一視聴者みたいな気分」から始まったNBA初体験

気づいたら始まっていた、12年間のバスケットボール人生

渡邉とバスケットボールの出会いは、3歳年上の姉の存在がきっかけだった。ミニバスをしていた姉の練習について行き、ボールを触って遊ぶ日々。だが当初は、自分が本格的にプレーするとは思っていなかったという。

転機は、チームの人数不足による“半ば強制参加”だった。
「大会に出たいけど人が足りないから、とりあえずいてくれるだけでいいからって言われて……気づいたらユニフォームを着て試合に出させられていました」。ルールも分からないままコートに立ったその経験が、結果的に12年間続く競技人生のスタートとなった。

「自分でやりたいって言ってやったというより、気づいたら始まっていた」。遊び感覚で始めたバスケは、知らぬ間に日常の中心になっていく。練習に参加し、試合に出る。それが当たり前の時間になり、振り返れば12年が過ぎていた。

負けず嫌いと、努力が返ってくる競技性

長く続けられた理由を問われると、渡邉は自身の性格を挙げる。
「すごく負けず嫌いな性格なので、試合で負けた時に、次は絶対負けないように頑張ろうっていう気持ちで続けてきました」。

団体競技でありながら、バスケットボールは個人との戦いでもある。シュート練習、ハンドリング、地道な反復。「練習すればするほど、自分の身になるのが楽しい」という感覚が、競技への没入感を高めていった。

そして何より、「試合でシュートを決める瞬間っていうのはすごく気持ち良い」。その爽快感が、苦しい練習を報いてくれる。勝ちたい、決めたい、その積み重ねが12年間の原動力だった。

バスケ経験が、芸能活動に直結した瞬間

12年間のバスケットボール経験は、思わぬ形で芸能活動にも生きている。

昨年公開された映画では、高校女子バスケ部員の役を演じ、実際に経験者同士で練習するシーンもあったという。
「経験者の子たちを集めて実際にやったんですけど、そういう時はやっぱり(バスケットボールを)やっていて良かったなあって思いました」

競技の動きや空気感は、経験していなければ表現できない。「思わぬところでお芝居に役立つと思わなかった」と驚きつつ、「バスケに救われたなって思います」と振り返った。

画像: バスケ経験が、芸能活動に直結した瞬間

初心者でも分かる、NBAとバスケ観戦の入口

NBAやバスケットボールをどう楽しめばいいか。その問いに対する渡邉の答えは、非常にシンプルだ。
「シュートがたくさん連続して入るっていうのは、バスケットボールの魅力で、知識のない方でもすごく分かりやすい」

レイアップ、ミドル、3ポイント。シュートの多様さが、試合を直感的に面白くする。そこからポジションごとの役割や動きを知っていくと、見え方はさらに奥行きを増していく。

さらに渡邉は、「ディフェンスをかいくぐって、そんなシュートをねじ込めるの?っていう、人間の身体能力の壁の向こう側に行く瞬間」を挙げ、「バスケを通じて非日常を楽しんでもらえたら面白いんじゃないかなと思いますね」と語る。

スピード、テクニック、身体能力。そのすべてが、コートの上で同時に立ち上がる。それがNBAだ。

八村塁――同世代の活躍が刺激になる存在

画像: 【ダラス(米テキサス州)=2026年1月24日】 ダラス・マーベリックス戦の第4クォーター、得点後にリアクションするロサンゼルス・レイカーズの八村塁(28)。会場はアメリカン・エアラインズ・センター。 写真:Sam Hodde/Getty Images
【ダラス(米テキサス州)=2026年1月24日】 ダラス・マーベリックス戦の第4クォーター、得点後にリアクションするロサンゼルス・レイカーズの八村塁(28)。会場はアメリカン・エアラインズ・センター。 写真:Sam Hodde/Getty Images

25日の試合で八村塁は17得点。スリーポイントシュートは7本中4本を成功させた。その中で渡邉が注目プレーとして挙げたのが、ブロックショットだった。

試合序盤、八村は何本かミドルシュートを放つも得点にはつながらない時間帯が続いた。しかし、渡邉はその流れの中でこそディフェンスに価値があると見る。

「オフェンスをつくるためにはディフェンスを頑張らなきゃいけない」。

強烈なブロック一発が相手にプレッシャーを与え、そこからスリーポイントが立て続けに決まった。

「ミスが続くと気持ちも切れてきたりする」という言葉は、競技経験者ならではの実感だ。ディフェンスから流れを引き寄せ、オフェンスにつなげる。その一連の流れを、渡邉はプレー単体ではなく、試合全体の“空気”として捉えていた。

八村は1998年2月8日生まれ。渡邉は2000年2月24日生まれで、世代としてはほぼ同じだ。自分と近い年齢の選手が、NBAという最高峰の舞台で試合の流れを左右する存在になっている。その事実が、渡邉の言葉にリアリティを与える。

「同世代の方が世界で活躍している姿っていうのは、すごく刺激になりますし、本当に嬉しい」

世界で戦う姿を“遠いスター”としてではなく、同じ時代を生きる存在として見つめているからこそ、ブロック一つの意味や、その後の変化を具体的に語れるのだろう。

河村勇輝――サイズを超えて世界に適応する力

画像: 【ホワイトプレインズ(米ニューヨーク州)=2026年1月23日】 ウエストチェスター・ニックス戦でドリブルするウィンディシティ・ブルズの河村勇輝(11)。会場はウエストチェスター・カウンティ・センター。 写真:Evan Yu/NBAE via Getty Images Mandatory Copyright Notice: ©2026 NBAE
【ホワイトプレインズ(米ニューヨーク州)=2026年1月23日】 ウエストチェスター・ニックス戦でドリブルするウィンディシティ・ブルズの河村勇輝(11)。会場はウエストチェスター・カウンティ・センター。 写真:Evan Yu/NBAE via Getty Images Mandatory Copyright Notice: ©2026 NBAE

渡邉は選手時代にポイントガードとしてプレーしていたが、その同じポジションとして注目しているのが河村勇輝だ。
学生時代から名を知られていた河村が、海外で挑戦する姿に、渡邉は強い期待を寄せる。

「海外に行くとサイズ感が日本と全く違う」

それでも、「自分の体をうまく使って、テクニックもうまく使って、しっかり順応していく力がすごい」と賞賛する。プレッシャーすら力に変えられるのも実力の証。「河村選手はどこまで私たちを連れていってくれるんだろう」と、その未来に思いを馳せた。

スタジオでNBAを見ながら、渡邉が口にした言葉は、どれも特別な表現ではない。けれど、その一つ一つがやけに具体的で、腑に落ちる。

ディフェンス一つで流れが変わること。サイズの違いがあっても、対応していく力があること。それはデータや解説よりも、実際にボールを追い、コートに立ってきた人間の感覚に近い。

八村のブロックも河村の順応力も、ただ「すごい」で終わらせない。なぜ効いたのか、なぜ期待してしまうのかを、自然と説明できてしまう。

NBAは確かに遠い世界のリーグだ。でも渡邉の視点を通すと、その距離が少しだけ縮まる。難しい話をしなくても、プレーを見て「なるほど」と思える。そんな感覚を思い出させてくれる時間だった。

【プロフィール】

渡邉美穂(わたなべ・みほ)
2000年2月24日生まれ、埼玉県出身。2017年にけやき坂46(後の日向坂46)として活動を開始し、2022年にグループを卒業。現在は俳優・タレントとしてドラマ、映画、舞台などで幅広く活躍している。小学校1年生から高校卒業まで12年間バスケットボールに打ち込み、ポジションはガード。競技経験を生かした的確な視点に定評があり、現在は埼玉バスケットボールアンバサダーも務める。

取材・文=一野 洋

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