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「結末が読めなかった」「タイトルは怖いのに」物語のお約束展開を裏切る、“9年前”に上映された青春映画

  • 2026.2.11

住野よるのベストセラー小説を実写映画化した『君の膵臓をたべたい』は、強烈なタイトルと繊細な物語とのギャップで、多くの人の心を掴んだ青春作品だ。
膵臓の病を抱えるヒロイン・山内桜良(浜辺美波)と、彼女の秘密を偶然知った“僕”(北村匠海)が過ごした数カ月。そこには涙を誘う要素が揃っているはずなのに、本作が特別なのは、悲しみを過剰に演出せず、むしろ“生きている時間の眩しさ”を丁寧に描いている点にある。

※以下本文には作品の内容が含まれます。

思わず答えを知りたくなるタイトルのインパクト

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浜辺美波 (C)SANKEI

まず何よりも印象に残るのは、このタイトルだろう。『君の膵臓をたべたい』という言葉は、直訳すれば猟奇的で、初見ではぎょっとしてしまう強さがある。しかし、この作品が面白いのはポスターやビジュアルが決して不穏ではなく、むしろ柔らかく穏やかな青春映画の空気をまとっている点だ。もしも、これがゾンビ映画のような血の匂いがするビジュアルだったのなら、タイトルも“そのままの意味”で受け取っていたことだろう。

だからこそ、この言葉だけが異物のように置かれている。多くの人が、「これはどういう意味なんだろう」と引っかかり、物語に手を伸ばしてしまう。タイトル自体が、作品への入口として機能しているのだ。

そして物語を観進めるうちに分かってくるのは、この言葉が恐怖を煽るためのものではなく、二人の不器用な優しさを象徴するフレーズだということだ。このタイトルには、いくつもの意味が折り重なっているように思える。

桜良は膵臓の病を抱えていた。彼女が“僕”に向かって「君の膵臓を食べたい」と口にした背景には、古い風習として“調子の悪い部分と同じものを食べることで回復する”という考え方があった。だが、それはもちろん「病気を治すためにあなたの健康な膵臓を食べたい」という文字通りの意味ではない。

むしろこの言葉は、彼女なりの憧れと願望の表現だったのだろう。“僕”の膵臓を食べることで、「君みたいになりたい」と伝えたかった。自分にないものを持つ“僕”への羨望であり、欠けた部分を埋めたいという切実な願いでもある。他の誰でもいいわけではない。“僕”だからこそ、桜良はこの言葉を投げかけたのだ。
それを自分の病気と絡めて伝えているのはブラックジョークとしてはなかなかパンチがきいているが、その不器用な言葉こそが、人目を引くタイトルへと姿を変えている。

“僕”の名前が最後まで伏せられる仕掛け

本作の面白さは、タイトルだけではない。もう一つ巧妙なのが、物語の終盤まで“僕”の名前が明かされない点だ。
観客は彼を名前ではなく、関係性でつけられた名前で見続けることになる。実際、物語の中で彼の呼び方は、桜良との距離が変わるたびに更新されていく。「地味なクラスメイト」くん、「秘密を知ってるクラスメイト」くんなど、一緒に時間を過ごすようになるにつれて、彼は少しずつ“特別な誰か”に変わっていく。

この構造は、桜良が彼の名前を知っていて、観客はまだ知らないという状態を生む。そのもどかしさが、桜良の視線の優しさを際立たせる。そして最後に名前が分かった瞬間、ただ「謎が解けた」という爽快感ではなく、名前そのものが急に愛おしく感じられる。この小さな仕掛けが、観終わった後の余韻を深くしている。

病気ものの“お約束”を裏切る結末

また、病気を扱う青春映画には、観る側の中にある種の先入観がある。弱っていく描写があり、やがて「ピーッ」と鳴り響く病室で最期を迎える。そんな“お約束”を、多くの人が無意識に想像してしまう。

しかし本作は、その予想を鮮やかに裏切る。桜良は病気で亡くなるのではなく、通り魔事件によって命を奪われるのだ。一瞬だけ示唆されていた出来事が、最後に繋がる形で回収される。その瞬間に訪れるのは、伏線回収の快感よりも、むしろ強烈な虚しさだ。

“病気だから病気で亡くなる”という単純な思考回路を、観客自身が恥じるような感覚すら残す。生きることは、物語の都合のよい流れではなく、突然終わってしまうことがある。だからこそ、桜良と“僕”が過ごした日々の一つひとつが、より強く胸に刺さるのだ。2017年に公開された作品でありながら、現在でもSNSで「この作品を超える映画はない」「結末が読めなかった」「タイトルは怖いのに本当に名作」といった称賛が多く見られるのは、それほど忘れがたい作品だったからだろう。

『君の膵臓をたべたい』は、ただ泣かせるための映画ではない。誰かと過ごした時間が、どれほど人生を変えてしまうのかを、静かに突きつけてくる作品である。


ライター:柚原みり。シナリオライター、小説家、編集者として多岐にわたり活動中。ゲームと漫画は日々のライフワーク。ドラマ・アニメなどに関する執筆や、編集業務など、ジャンルを横断した形で“物語”に携わっている。(X:@Yuzuhara_Miri