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大河ドラマにも名を連ねた“若手俳優”「馴染んでるのすごい」「大人になっていってる」物語の中心ではなくても“無視できない存在”

  • 2026.2.14
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『冬のなんかさ、春のなんかね』第2話(C)日本テレビ

朝ドラ『おちょやん』以来、杉咲花と成田凌が再タッグを組んだドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね』で、俳優・水沢林太郎が演じる和地がじわじわと視聴者の心を掴んでいる。放送当初から「やっぱり素敵」「タイプの人しか出てこない」と話題を呼んでいた本作。物語の中心にいるわけではないものの、「馴染んでるのすごい」「大人になっていってる」と評判となっている彼の存在は無視できない。

※以下本文には放送内容が含まれます。

未熟で傷つきやすい青年

杉咲花と成田凌がふたたび顔を合わせた恋愛ドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね』は、今泉力哉監督らしい“余白”が散りばめられたラブストーリーだ。小説家で古着屋アルバイトの土田文菜(杉咲花)が、恋人・佐伯ゆきお(成田凌)との距離や将来への迷いに揺れながら日々を過ごす。水沢林太郎演じる和地は、文菜を取り巻く男性陣のひとりだ。

喫茶店『イスニキャク』の店員であり、文菜が働く古着屋にも姿を見せる、いわば文菜の生活圏内にいる人物。決してドラマの中心人物ではなく、物語を動かす重要な位置にいるわけでもない。しかし、彼は本作になくてはならない、温度を左右する登場人物だ

第2話で描かれた、文菜と和地の衝突は象徴的だ。文菜の古着屋に姿を見せ、血の気の失せた顔で、彼女に振られそうだと訥々と打ち明ける和地。最初は真面目な相談だったはずが、いつしか文菜の無意識の自信……自分は決して振られないという絶対的な感覚に苛立ちを覚え、空気が変わっていく。

その微妙な感情の揺れを、水沢は決して大きな身振りで表現しない。ほんの一瞬の視線。わずかな沈黙。言葉を選ぶ間。それらの要素が、和地という青年の未熟さと傷つきやすさを浮き彫りにする。

押し付けがましさのない、自然に溶け込む演技

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『冬のなんかさ、春のなんかね』第2話(C)日本テレビ

和地はヒーロー的資質を持った男性ではない。かといって、単なる優しいだけの脇役でもない。彼は現代の若者が抱える“不透明な未来への不安”や“他人と自分を比べてしまう感情”を、そのまま体現している。元サヤに戻ったはずの彼女との関係も、どこか納得しきれていない。その曖昧さを、水沢は誇張せず、観る者にそっと委ねる。

今泉作品特有の説明しない演出と、水沢の芝居は非常に相性が良いように見える。演じすぎず、ただその場に存在するからこそ、観客が感情を補完したくなるのだろう。彼の芝居には、過剰な押し付けがましさがないのだ。

この静かな存在感は、別の作品で見せた顔とも通底している。大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』で演じた留四郎だ。時代劇という重厚な世界のなかで、彼は軽やかさよりも、どこか“硬質さ”をまとっていた。所作や視線に、時代の空気を背負う緊張感があった。

現代劇の和地が、空気に飲み込まれそうな青年だとすれば、留四郎は空気を読むことで生き延びた青年だ。対照的でありながら、共通しているのは“大きく動かずに感情を積み重ねる”芝居である。

若手という言葉では足りない、静かな実力

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『冬のなんかさ、春のなんかね』第2話(C)日本テレビ

水沢林太郎は、爆発するタイプの俳優ではない。観終わったあとにじわじわ効いてくる。まるで、時間差で胸に届く余韻のようだ。また、近年はシリアスな役柄にも挑戦を続け、振り幅を広げている。コメディでも時代劇でも、彼は役柄の“体温”を丁寧に探る。だからこそ、どんな作品でも浮かずに溶け込む。

『冬のなんかさ、春のなんかね』における和地は、物語のスパイスであり、ときに鏡でもある。文菜の甘さを映し出し、彼女の選択を揺らす存在。彼がいるからこそ、恋の物語は単純にならない。

若手俳優という言葉で括るには、すでに確かな芯がある。静かで、誠実で、少し不器用。その積み重ねが、水沢という俳優の輪郭を形づくっている。

これからさらに複雑な心理劇や、善悪の境界が曖昧な役に挑んだとき、彼の“間”はより深く光るだろう。水沢はいま、派手さではなく、確実に深度で勝負する俳優になりつつある。


日本テレビ系 水曜ドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね』毎週水曜よる10時~

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X:@yuu_uu_