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朝ドラで視聴者が改めて“ハッとした”瞬間「忘れてた」「心残りになりそう」あえて映さないことで描き切った“決別の演出”

  • 2026.2.13
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『ばけばけ』第19週(C)NHK

朝ドラ『ばけばけ』第19週「ワカレル、シマス。」は、物語上は“熊本行き”という転機を描いた週だった。しかし、視聴後に残された感情を、言葉に尽くすのは難しい。遠景のカメラ、長い沈黙、響く雨の音や虫の声、あえて映さない表情。今週は演出そのものが“別れ”の正体を語っていたように思う。その静かな手法を読み解きたい。

※以下本文には放送内容が含まれます。

描き出される、錦織の孤独

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『ばけばけ』第19週(C)NHK

一見すると、ヘブン(トミー・バストウ)の熊本赴任をめぐる進退の物語だった19週。しかし演出面から読み解いてみると、この週の中心にあったのは“移動”ではなく“距離”だった。

物理的な距離、心の距離、そしてカメラを置く距離。演出は一貫して“近づかない”ことを選び続けていた。

象徴的なのは、錦織(吉沢亮)の描き方である。ヘブンの熊本行きをなんとか止めようと、防寒具や外套、薪などの冬支度グッズを荷車いっぱいに積んでやって来る場面。演技としては十分に感情的に振ることもできるはずだが、あえて錦織の焦燥をコミカルに描くことで、より一層彼の焦りを前面に押し出して見せた。

そして決定的だったのは、校長になれないことを自ら告白する教室の場面である。

自分は帝大卒ではなく、英語の教員免許もない、と淡々と明かす錦織。その瞬間、カメラは劇的なクローズアップを選ばない。むしろ教室全体の空気を含めたフレーミングで、彼の孤立を浮かび上がらせる。ここで感情の揺れ動きを過度に強調しないことが、かえって痛みを増幅させる。

雨と“不在”が描いた、友情の終わり

雨音の使い方も巧みだった。ヘブンの熊本行きを知り、動揺する錦織。画面はわずかに揺れ、雨が音として強調される。視覚ではなく聴覚から不安を掻き立てられる。雨はどこか浄化の印象があると同時に、視界を曇らせる存在でもある。友情の輪郭がぼやけていくことを、天候が代弁していた。

ついに松江を離れる日がやってきたトキ(髙石あかり)やヘブンたちを、錦織が“見送りに来ない”という演出にも目を向けたい。

体調不良を理由に家から出ない錦織。通常であれば、ここは別れの対面シーンで感情を爆発させたくなるだろう。しかし本作はそれをしない。遠景で、あえて序盤は錦織の表情を影に埋もれさせる。視聴者の想像力に委ねる、勇気のいる選択。“見せない”ことが、かえって関係の断絶を浮き彫りにする。

時を同じくして描かれた錦織の喀血シーンも、SNS上を「病弱なの忘れてた」「心残りになりそう」「来週どうなっちゃうの」と騒がせる要因となった。彼はもともと身体が弱く、いつ体調が崩れてもおかしくない状態だったのだ。それをあらためて見せるシーンが、ヘブンとの別れとタイミングを同じくさせている点も、切なさを増幅させている。

遠景と沈黙が描いた、叫ばない別れ

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『ばけばけ』第19週(C)NHK

また、トキがサワ(円井わん)に熊本行きを報告する場面も、演出の意図が明確だった。かつてともに煮炊きをしていた場所で、過去と現在を重ねる構図。ここでカメラは柔らかく寄る。友情の別れは、夫婦の決断よりも近い距離で撮られる。その対比は、誰との別れがもっとも重いものなのかを、無言で示しているようだった。

ヘブンの熊本行きの理由も、演出によって再定義される。寒さは確かに口実だ。しかし画面が強調するのは、顔を隠さなければ外に出られないトキの姿である。

買い物の場面では視線に迫るカットが増え、周囲のざわめきが主観的に処理される。松江という町そのものが“圧”として描かれる。だからこそ、熊本は逃避先ではなく再スタートの場所として暗示される。あくまでも、トキを守るための物理的な距離なのだ。

感情をいたずらに消費しなかった19週。泣かせる音楽も、華美な演出もない。代わりに置かれたのは、遠景、沈黙、雨音、虫の声。別れは、あえて強く叫ばず淡々と見せたほうが、より深さを増すものである。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X:@yuu_uu_