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16年前の朝ドラから始まった今では“おなじみの習慣” これまでの朝ドラとは異なる盛り上がりをみせた“貴重な作品”

  • 2026.2.13

2010年度前期に放送されたNHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『ゲゲゲの女房』は『悪魔くん』や『ゲゲゲの鬼太郎』の作者として知られる漫画家・水木しげるの妻・武良布枝が書いた自伝エッセイ『ゲゲゲの女房』を原案とする物語だ。

※以下本文には放送内容が含まれます。

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松下奈緒 (C)SANKEI

物語は実家の酒屋を手伝っていた29歳の飯田布美枝(松下奈緒)が、39歳の村井茂(向井理)とお見合いをして結婚する所から始まる。
茂は水木しげるのペンネームで活動する漫画家だが、貸本漫画の世界は儲からず、二人は貧乏暮らし。しかし、どんな時でも漫画を描き続ける茂のひたむきな姿に感銘を受けた布美枝は、茂と生きていこうと思う。

昨年放送された『あんぱん』や、現在放送中の『ばけばけ』など、朝ドラには、何かを成し遂げた偉人や作家の姿を隣で見続けてきた妻の視点から物語を紡ぐ作品がいくつかある。
『ゲゲゲの女房』はその代表作と言える作品で、布美枝の視点を通して水木しげるの歴史を追っていく朝ドラとなっている。
水木しげるは貸本時代に『悪魔くん』や『河童の三平』といった今では名作と言われる漫画を書きながらも、ヒット作に恵まれず、生活は苦しかった。
しかし、週刊誌の時代になると、少年漫画向けにリメイクした『悪魔くん』等の作品がヒットして人気漫画家となる。そして、同時期に盛り上がりを見せていたテレビで、作品が実写ドラマ化、アニメ化されるようになると水木しげるは一躍、時の人となっていく。

妖怪のいる戦後史

偉人モノの朝ドラの魅力は、物語自体が名作誕生秘話となっていることだ。『ゲゲゲの女房』も、『悪魔くん』や『ゲゲゲの鬼太郎』といった水木の代表作の誕生秘話が描かれるのだが、それが単純な成功物語で終わらないのが、本作の一筋縄では行かないところだ。

脚本を担当した山本むつみは、夫婦の物語を並列して描いており、茂が水木しげるとして次々と漫画を描き続ける一方で、なかなか豊かにならない貧乏生活や子育てをする中で次々と起こるトラブルに悩む布美枝の姿を丁寧に描く。
同時に水木たち漫画家を取り巻く当時の漫画業界の内幕も丁寧に見せていく。
貸本漫画は年々衰退しており、編集者や漫画家はみんな金策に追われて苦労していたが、一方で漫画自体は週刊連載の時代へと移行したことで活気に満ちており、少年漫画が大ブームとなっていた。
水木も『週刊少年ランド』で連載をはじめたことをきっかけに、人気漫画家となっていくのだが、こういった戦後直後の漫画メディアの変遷の歴史が描かれているという意味においても貴重な作品である。

また、水木作品に登場する妖怪のイラストが、そのまま劇中に登場するのも、本作ならではの大きな魅力だ。
作家を主人公にした朝ドラでは、作品のアイデアの元となったエピソードがよく描かれる。
『ゲゲゲの女房』では、『ゲゲゲの鬼太郎』に登場するねずみ男のモデルになった茂の幼馴染・浦木克夫(杉浦太陽)が登場し、胡散臭い儲け話を持ち込んではトラブルを起こす迷惑だがどこか憎めない男として描かれた。
浦木は妖怪の元ネタとなった人間だったが、本当の妖怪も劇中には登場する。
その多くは、べとべとさんや小豆洗いのような水木しげるの描く妖怪をアニメ化した存在として描かれていたのだが、逆に役者が演じたことで印象深い存在となったのが、第11週に登場した、大蔵省の役人だと名乗る謎の男(片桐仁)。

夜中に突然、訪ねてきた男は村井家の建っている土地の半分は大蔵省の所有するものだから、土地を買い取るか、もしくは退去せよと言う。
だが、翌日それは勘違いだったと、別の役人がやってきて説明する。
この謎の男は実は貧乏神だったのではないかと茂と布美枝が語るのだが、こういった妖怪にまつわる不思議なエピソードが挟まることによって、人間たちのすぐ隣に妖怪たちが実在し、様々な姿に化けて人間社会に紛れ込んでいたのではないかという想像力が掻き立てられる。

この「妖怪が存在する戦後史」を背景に、茂と布美枝の物語を描いたことこそが『ゲゲゲの女房』の最大の魅力だったのではないかと思う。

SNSの呟きと『あさイチ』による好循環

最後に触れておきたいのが、放送当時の『ゲゲゲの女房』の盛り上がりについてだ。
今のテレビドラマは、SNS上で感想が呟かれ、内容を考察されることによって大きな盛り上がりを獲得している。
そういったSNSでの盛り上がりが本格的に始まったのが、2010年の『ゲゲゲの女房』だった。

一話15分の朝ドラは、当時盛り上がりを見せていたTwitter(現・X)で気軽に感想を呟くのに適した作品だった。 昼には再放送があり、週に6話(現在は5話)放送するという形式も視聴者が脱落せずに楽しめるものとなっていた。
何より、漫画家の水木しげるが主人公だったため、登場人物のイラストを投稿する漫画家が多かったことが幸いし、Twitterと連動する形で『ゲゲゲの女房』はこれまでの朝ドラとは異なる盛り上がりを獲得した。

また、これまで8時15分から放送されていた朝ドラは『ゲゲゲの女房』から8時からの放送となった。
そして、8時15分からは今も続いている生活情報番組『あさイチ』の放送が始まったのだが、その冒頭で、当時メインキャスターだった井ノ原快彦と有働由美子が先程まで放送されていた朝ドラの感想を話す『朝ドラ受け』をはじめたことも大きく、二人のリアクションに対して視聴者がTwitterで呟くことで朝ドラが話題になるという好循環が生まれたのだ。

2000年代に失速していた朝ドラは、2010年代に入ると『カーネーション』や『あまちゃん』といった話題作が次々と生まれたことによって人気が復活し、現在に続く盛り上がりを獲得していったのだが、そのきっかけとなったのが『ゲゲゲの女房』だった。

何より、人気を下支えするSNSと連動した視聴形態を定着させた功績は大きく、本作が朝ドラを復活させるために果たした役割はとても重要だったと言えよう。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。