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未来の大統領候補? ケネディ家のイケメン御曹司ジャック・シュロスバーグに注目

  • 2026.1.17
NBC / Getty Images

アメリカ政治史に燦然と名を刻むケネディ家。その名門一族のなかで、今ひときわ注目を集めている存在がいる。ジョン・F・ケネディ元大統領の孫で、知性とルックスを併せ持つジャック・シュロスバーグだ。名門大学で学び、法律とビジネスの両分野を修めたエリートながら、SNSを通じて若い世代からも支持を集め、未来の大統領候補として期待の声も聞かれる。その求心力の理由とは? 生い立ちから私生活、そして下院議員選挙立候補のニュースまで、政治界の若きプリンスについて気になることをまとめた。

伝説の大統領、ジョン・F・ケネディの孫として生まれる

ジョン・ブーヴィエ・ケネディ・シュロスバーグ(通称ジャック)は1993年1月19日、ケネディ大統領の娘で元米国大使のキャロライン・ケネディとデザイナーで芸術家のエドウィン・シュロスバーグの息子としてニューヨーク市で誕生した。彼の名前は祖父母であるジャッキーとJFKに敬意を表したものだという。ジャックには上にローズと故タチアナの2人の姉がいる。

名門大学を出て、司法試験に合格

シュロスバーグはイェール大学を卒業後、2022年にハーバード大学の法学・経営学共同学位プログラムを修了。2023年4月にニューヨーク州の司法試験に合格した。祖父JFKも1940年にハーバード大学を卒業しており、キャンパス内には彼の名を冠した建物や通りが点在する。その光景に、シュロスバーグは奇妙な感覚を覚えたとか。

政治評論家やライターとしての経験を持つ

大学卒業後、シュロスバーグは政治ジャーナリズムに挑戦。ワシントン・ポスト紙や政治系ニュースメディアのポリティコ、『タイム』誌に記事を掲載しているほか、『Vogue』誌で2024年大統領選挙の特派員を務めた。

SNSのインフルエンサーとして知られる

シュロスバーグはTikTokで86万4,000人、Xで約17万8,000人のフォロワーを抱えており、インフルエンサーとしてすでに有名だ。話題を集めるために過去には物議を醸す投稿で炎上、謝罪に追い込まれたこともある。

シュロスバーグはSNS上の自分の存在が必ずしも万人受けするわけではないとニューヨーク・タイムズ紙で認めている。「僕は万人受けする人間じゃない。ほら、母がいつもそう言ってたんだ。『ジャック、あなたは他の男たちとちょっと違う』って。彼女の言う通りでした」

熱心なパドルボートの選手である

活動的なシュロスバーグが学生時代から現在まで、最も情熱を注いでいるスポーツがパドルボートだ。2017年にはマンハッタンをパドルボートで一周するチャリティイベントにも参加した。

一時期日本に住んでいた

2017年のMETガラに出席したキャロライン・ケネディ(左)とジャック・シュロスバーグ(右)。 George Pimentel / Getty Images

シュロスバーグの母キャロライン・ケネディは2013年から2017年までオバマ政権下で駐日米大使を務めた人物。このため、シュロスバーグは一時期、家族と一緒に日本で生活していた。イェール大学で日本史を専攻した後は、日本企業のサントリーや楽天で勤務経験を積んだ。

ロバート・F・ケネディ・ジュニアを公然と批判している

ロバート・F・ケネディ・ジュニア(左)とジャック・シュロスバーグ(右)。 Getty Images

シュロスバーグはトランプ政権下で保健福祉長官を務めている従伯父のロバート・F・ケネディ・ジュニアを痛烈批判。2024年8月、RFKジュニアが大統領選を撤退してトランプ支持を表明した際には、Xで「全く驚かなかった。一年前から言ってるように、RFKジュニアは売られて、トランプのために働いている。気の合う仲間同士で、しかもそれを楽しんでいる。一方でカマラ・ハリスは国民のための人物だ。史上最も簡単な選択が、さらに簡単になった」と投稿した。

叔父の故ジョン・F・ケネディ・ジュニアと似ている

故ジョン・F・ケネディ・ジュニア(左)とジャック・シュロスバーグ(右)。 Getty Images

1999年、38歳という若さで飛行機事故により突然この世を去った、シュロスバーグの叔父ジョン・F・ケネディ・ジュニア。そのカリスマ性と人気から、「もし生きていたら大統領選に出馬していたのでは」と、今なお語り草になっている伝説的存在だ。

そんなJFKジュニアと、ジャック・シュロスバーグは驚くほどよく似ていると言われている。端正な顔立ちだけでなく、知性とスター性を併せ持つ2人の佇まいは確かにそっくり。

最近、大きな喪失を経験した

2025年12月30日、シュロスバーグのきょうだいで環境ジャーナリストのタチアナ・シュロスバーグが急性骨髄性白血病の闘病の末、35歳の若さで亡くなった。姉の死去を受けて、ジャック・シュロスバーグは2026年1月5日、SNSに、姉の著書の一節を引用したメッセージを投稿。初めて公に彼女を追悼した。

ニューヨーク州第12選挙区から下院議員選挙に立候補した

ケネディ家はこれまで、下院議員や上院議員として何世代にもわたり連邦議会に名を連ねてきた。しかし現在、議会に立つケネディ家の人物はいない。シュロスバーグは2025年11月、支持者へのメールとニューヨーク・タイムズ紙の複数のインタビュー、そして自身のSNSを通じて、2026年11月に行われる中間選挙の連邦下院選にニューヨーク州第12選挙区から民主党候補として立候補することを発表した。

「私の名前はジャック・シュロスバーグです。故郷であるニューヨーク州第12選挙区の代表として下院議員選挙に立候補しました。私はこの場所で生まれ育ち、毎日バスに乗って区の端から端まで通学していました」。「この選挙区には、この選挙区の創造性、エネルギー、そして活力を活かし、それをワシントンの政治力へと繋げられる代表者が必要です。私が立候補するのは、すべての答えを持っているからではありません。ニューヨーク12区の人々こそが、その答えを持っているからです」

「故郷のために闘うこの現場こそ、私がいま立つべき場所です。これから8カ月間、この選挙戦を通して、できるだけ多くの皆さんとお会いしたいと思っています。街で私を見かけたら、ぜひ声をかけてください。もし私が皆さんの家のドアをノックしたら、ぜひお話ししたいです。政治は個人的なものであるべきだからです。近いうちにまた感謝の気持ちを伝えます。それでは、ニューヨーク12の選挙運動でお会いしましょう」

1946年7月、女性団体の前で下院議員候補として選挙運動について演説するジョン・F・ケネディ。 Historical / Getty Images

「公職における家族の功績を、私は心から誇りに思っています」とシュロスバーグはニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで語っている。「ケネディ大統領は私にインスピレーションを与えてくれます。(大)叔父のテディは医療、移民、労働問題のために闘いました。これらは今もなお私たちの時代の課題です」

「若すぎる」「経験不足だ」との声に対し、32歳の彼はこう言い切る。「テディが上院議員になったのは30歳でした。政治は、年配のベテランだけのものではありません」。果たして彼はこの名門の名にどのような未来を重ねていくのか。まずはその第一歩を静かに見守っていきたい。

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