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地球でいちばん「詰んだ魚」、DNAの変異速度まで限界仕様だった

  • 2026.1.13
地球でいちばん「詰んだ魚」、DNAの変異速度まで限界仕様だった
地球でいちばん「詰んだ魚」、DNAの変異速度まで限界仕様だった / Credit:Canva

アメリカのカリフォルニア大学バークレー校(UCB)で行われた研究によって、ネバダ砂漠の岩の割れ目に開いた小さな水たまりだけに棲む絶滅危惧魚デビルズホール・ププフィッシュが、見た目のかわいさに反して“遺伝的にはほぼ詰んでいる”ことが改めて数字で示されました。

世界でもトップクラスに生息域が狭く、個体数は多くて数百匹、少ない年には30匹台まで落ちたこともあるこの魚は、ゲノム(全遺伝情報)の約6割がほぼコピペ状態という極端な近親交配集団で、そのうえDNAの「コピーミス」(突然変異)の起こる速さが普通の魚より約3〜4割も速いペースで進んでいたことがわかったのです。

変異を起こしているものの中には、DNA修復にかかわるとみられる遺伝子の変化も含まれています。

生息環境、遺伝的多様性、DNA修復能力、個体数、あらゆる部分で詰んでいるというわけです。

それでも不思議なことに、この魚は完全には絶滅していません。

なぜこんなに“ボロボロの設計図”を抱えたまま、集団として存続できているのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年1月11日に『bioRxiv』にて発表されました。

目次

  • 砂漠の小さな水たまりで始まる「地獄モード」生活
  • 世界で一番「詰んだ魚」の意外なしぶとさ
  • 「アウトな遺伝子を足切りしながら」続く進化の綱渡り

砂漠の小さな水たまりで始まる「地獄モード」生活

砂漠の小さな水たまりで始まる“地獄モード”生活
砂漠の小さな水たまりで始まる“地獄モード”生活 / Photo: Olin Feuerbacher / USFWS

「この状況、どこかで見たことある」と感じる人もいるかもしれません。

ゲームで、なぜか最初から難易度が地獄モードに固定されているキャラ。

そもそも最初の街から行ける場所がなく、レベルアップもほぼ不可能。

デビルズホール・ププフィッシュの暮らしぶりは、まさにそれに近いものがあります。

住んでいるのは、砂漠の岩の割れ目の下にある小さな水たまりだけ。

暗い水底では、オスの青い体色が小さな宝石のようにきらめいて見えることもあります。

水温は一年中32度前後、酸素は薄く、エサとなる藻もほかの泉に比べてずっと少ないと見積もられています。

コラム:32℃は普通の魚にとって地獄
魚にとっての32℃という水温はどれくらい「熱い」のでしょうか。多くの淡水魚や温帯の魚は、10〜20℃くらいの比較的冷たい水を好み、30℃を超えると長時間の生存が難しくなる種も少なくありません。温帯の淡水魚では、上限に近い「もうこれ以上上がると危ない」温度がだいたい30〜32℃あたりにあることが多いとされます。熱帯のサンゴ礁の魚などはもっと暖かい海で暮らしていて、ふだん24〜30℃くらいの範囲で生活していますが、それでも31〜32度を超えるような高水温が続くと、動きが鈍くなったり、食欲や体のパフォーマンスが落ちてくるという研究が増えています。

しかし環境以上に極限なのが、この魚たちの「数」です。

デビルズホール・ププフィッシュは数十匹程度しかおらず、これまでの調査でも個体数は数百匹から上下をくり返し、2007年春には38匹、2013年春には35匹、近年では春の調査で約190匹まで回復した年もある一方で、2025年春には38匹まで落ち込んだこともあります。

しかも一度の産卵で産まれる卵は1個程度と考えられていて、そもそも“ハイリスク・ローリターン”な繁殖スタイルです。

当然ながら近親交配(血縁同士の交配)が避けられず、ゲノム(全遺伝情報)の約6割がほとんどコピー&ペースト状態と言われるほど遺伝的多様性が失われているのです。

これは4〜5世代連続で兄弟同士をかけ合わせたようなレベルの近親交配に相当するとされています。

さらに少なくとも15個の遺伝子が完全に失われ、そのうちいくつかは絶対に必要に思える「低酸素環境への適応に関わる遺伝子」だと報告されています。

それでも、この魚は半世紀以上、数十〜数百匹という“人口”で生き延びてきました。

彼らがいつからこの穴に閉じ込められているのかについては、数百年前という説もあれば、数千年スケールだという説、さらには6万年に達するという報告もあり、はっきりしていません。

ただ博物館に保存されていた1980年の標本からDNAを調べた研究では、その頃からすでに高い近親交配と遺伝子の劣化が進んでいたことも示されています。

そこで今回、研究チームはこの魚のDNAにどれくらい“コピーミス”が発生しているのかを直接測定し、小さすぎる集団に進化の限界が訪れていないか確かめることにしました。

本当にそんな「突然変異だらけ」の状態が現実に起きているのでしょうか?

そして、それでも魚が意外と絶滅せずにいられるのはなぜなのでしょうか?

世界で一番「詰んだ魚」の意外なしぶとさ

世界で一番「詰んだ魚」の意外なしぶとさ
世界で一番「詰んだ魚」の意外なしぶとさ / Photo: Ken Lund / CC BY-SA 2.0

研究チームはデビルズホール・ププフィッシュ約60匹(野生個体と保護下個体、さらに発生中に死亡した胚)からDNAサンプルを集め、最新のゲノム解析によって新たに生じた突然変異(親には無かったゲノム上の変化)を検出しました。

この魚は近親交配の結果、ゲノムの大部分が個体間でほぼコピー&ペースト状態になっているため、新しい変異が「ゲノムの中のぽつんと違う部分」として浮かび上がるのです。

言い換えれば、真っ白な紙に突然現れたインクの染みを探すように、ゲノム中の微細な違いからごく最近起こったDNAのミスを割り出せるわけです。

この手法により、通常なら膨大な家系図を追わないと推定が難しい世代あたりの突然変異率を、小さな絶滅危惧種であっても精度よく求めることに成功しました。

結果、デビルズホール・ププフィッシュのゲノム突然変異率は、一般的な硬骨魚類の平均値の約1.4倍(140%)の速度で変異が積み重なっている可能性が示されました。

(※デビルズホール・ププフィッシュのゲノム突然変異率1世代あたり塩基対あたり約8.1×10^-9(0.0000000081)と推定され、これは一般的な硬骨魚類の平均値約5.97×10^-9の約1.4倍です)

さらに興味深いことに、発生の途中で死亡した胚のDNAを調べると、成魚として生存できた個体群よりもさらに高い変異率を示しました。

胚で推定された突然変異率は1世代あたり約1.77×10^-8にも達し、成魚の値の約2倍近くに上りました。

一方で、突然変異の「中身」も調べられています。

すると、特定の種類の変異だけが暴走しているわけではないようでした。

ただし、DNA修復の不調を反映しやすいシグネチャがやや強く出ており、DNA修復に関わるRAD23Aという遺伝子に部分的な欠失があることも見つかっています。

この結果は何を意味しているのでしょうか。

まず第一に、デビルズホール・ププフィッシュという極小集団が遺伝子のエラー蓄積を減らす方向には進化しにくい状況にある可能性が示唆されたと言えます。

集団の小ささゆえに「突然変異率を下げる進化」が働かず、むしろ有害な変異も放置されて高いまま固定されてしまう状況です。

デビルズホール・ププフィッシュのゲノムは「自然が許容できるギリギリのレベル」で損傷を抱え続けているのです。

端的に言えば「詰んでいる」と言えるでしょう。

しかしにもかかわらず、なぜ未だにこの魚たちは生きながらえているのでしょうか?

「アウトな遺伝子を足切りしながら」続く進化の綱渡り

「アウトな遺伝子を足切りしながら」続く進化の綱渡り
「アウトな遺伝子を足切りしながら」続く進化の綱渡り / デビルズホールを外からみた写真/Photo: Stan Shebs, via Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0)

「突然変異だらけでも意外と絶滅しない」理由はどこにあるのでしょうか。

ここで重要なのが、胚の段階での“ふるい落とし”です。

先行研究では、近親交配が最も進んだ個体では、胚の途中で死んでしまう確率がそうでない個体の約9倍高いことが報告されています。

今回の結果は、それに「致死胚のほうが実際に突然変異率も高かった」という数字を足したものといえます。

つまり、毎世代かなりの数の胚が変異の積み過ぎや致命的な組み合わせで脱落し、その中から「まだギリギリ生き残れる個体」だけが次の世代に選ばれている、という構図が浮かび上がります。

通常の進化のイメージでは、優れた親が優れた遺伝子を子供に受け継ぐことで起こると考えがちです。

たとえば大きなツノを持つ親が沢山子供を残す場合、その種は大きなツノを獲得することになります。

しかし進化的に詰んでいるデビルズホール・ププフィッシュは「やばすぎる遺伝子を足切りする」という下向きの切り捨てで生きながらえているのかもしれません。

この状況は「誤字だらけの写本」に似ています。

デビルズホール・ププフィッシュの集団は、元々の本(ゲノム)が近親交配でだいぶコピペだらけになったうえに、コピーを取るたびに誤字の入りやすさも高くなってしまった写本工房のようなものです。

誤字が多すぎて読めない写本(致死胚)は、早い段階で捨てられてしまう一方で、誤字だらけでも辛うじて意味が通る写本(成魚)は、そのまま次の世代に複製されていきます。

加えて、著者たちが推定した有効集団サイズ(平均165匹前後)は、進化的に見てとても危険なゾーンではあるものの、「いますぐ自動的に崩壊する」と言い切るほどのラインではありません。

突然変異率が高くても、すべての重要な遺伝子が完全に壊れているわけではなく、特に重い変異が両方のコピーに揃ってしまった個体だけが落ちていき、そうでない個体はギリギリ繁殖できる──その結果、「平均としてかなりボロボロだけれど、完全に機能停止はしていない」状態が続いていると考えられます。

極端な環境で、極端に小さい集団が、どこまで遺伝子のダメージに耐えられるのか。

デビルズホール・ププフィッシュは、悲劇の主人公であると同時に、進化の「ギリギリ」を見せる観測窓でもあります。

今後、致死胚の謎がほどけたとき、私たちは「絶滅寸前の現場」を、単なる終末ではなく“理論が試される場所”として、他の絶滅危惧種を救うヒントになるかもしれません。

元論文

Estimate of the mutation rate in the endangered Devils Hole pupfish provides support for the drift-barrier hypothesis at an outlying extreme
https://doi.org/10.64898/2026.01.11.698928

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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