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世界一のフーディー浜田岳文さんに聞く、ガストロノミーのトレンドを紐解くキーワード5

  • 2025.12.31
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「優れたレストランは、味覚だけではなく五感を揺さぶり、知的好奇心を満足させる場所。訪れることは、現代アートのインスタレーションを楽しむのに近い」と語る浜田岳文さん。今回挙げてくれたキーワードを読み解くと、トップシェフたちの思考と覚悟が浮かび上がってくる。

『エル・グルメ』No.48掲載

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教えてくれた方

浜田岳文さん

米イェール大学卒業後、美食を追求するためにパリ留学。現在は1年のうち5カ月を海外、3カ月を東京、4カ月を地方で食べ歩くライフスタイルを送り、国内外のメディアで食と旅に関する情報を発信している。2025年11月「世界のベストレストラン50」日本地区チェアマンに就任。著書に『美食の教養』(ダイヤモンド社)。

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KEYWORD1「素材フォーカス」

食材数はできる限り減らす。その代わりに最高級の食材を仕入れ、ひとつの素材を幾通りにも調理して、そのエッセンスを極限まで引きだす。そんなアプローチが目立っている。

写真/イタリア「レアーレ」の「温かいスイスチャードサラダ」。

©2015 BlazHoffski / Dahl TV. All Rights Reserved

食材そのものを深掘りする店が世界各地で増えている

「まだあまり言葉として顕在化していないと思うのですが」と前置きしながら浜田さんが挙げたのは〝主となる食材だけを提示して徹底的に深掘りする料理〟が増えているという現象だ。メインディッシュと付け合わせ、という西洋料理の伝統的な構成を踏襲せず、素材ひとつだけで勝負する。

「たとえばパリの『TABLE - Bruno Verjus(ターブル ブルノ・ヴェルジュ)』。ここはおそらくパリで一番いい魚を仕入れています。座席数も少なく、料理人は2人だけ。店のしつらえだって豪華とは言い難い。でも魚の質は日本人も納得するくらい素晴らしいですし、何よりも、ソースでおいしくするのではなく、食材自体の風味を生かす料理を作っているんです」

写真すべて「ターブル ブルノ・ヴェルジュ」。右上/「メルヴェイユ」と名付けられた、最初に提供される料理。生牡蠣、まぐろとタラモのタルトレット、やわらかないかの3 品仕立て。左/オーナーシェフのブルノ・ヴェルジュ。写真家やラジオコメンテーターなどの多彩なキャリアを経て独学で料理を学び、ミシュラン二つ星、世界のベストレストラン50の8位まで登り詰めた。右下/カウンター主体の店内。

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最高の食材をシンプルに出す。それは日本の料理人が得意とするところだが、海外ではさらに手を加えて強さを増す傾向があるという。

「イタリアの『REALE(レアーレ)』の料理は、一見ものすごくシンプル。でも、食材自体の風味を増幅させるために込めた見えない労力が際立っている。調理法は異なるし、シェフたちは認めないかもしれませんが(笑)、方向性としてはヤニック・アレノが打ち出したエクストラクション(抽出技術)に近いものを感じています」

写真すべて「レアーレ」。上/シェフのニコ・ロミートと、妹でマネージャー兼ホール責任者のクリスティアナ・ロミート。中央右/濃厚なペースト、にんじん抽出液に漬け込んだ薄切り、紙包み焼き、グレーズなどいくつもの調理法を施したにんじんを味わう「にんじん」。中央左&下/16世紀の修道院を改装したレストラン。客室と料理学校と研究機関「アカデミア・ニコ・ロミート」を併設。

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KEYWORD2「薪火」

シンプルに素材を活かす料理法が主流となるのに伴い、薪火に目を向ける料理人が増えている。野趣と薫香の魅力に加え、薪の炎を間近で見るエンタメ性も人気の理由。

写真/スウェーデン「エクステッド」のキッチン。その主役はさまざまな温度帯と火入れ方法が共存する薪場。客席とキッチンが近く、薪が燃える音と香り、煙の残像を臨場感たっぷりに感じられる席も。食事前にはキッチンツアーも開催。

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技術を要するからこそ〝薪火〟に料理人は魅了される

スペインの「アサドール・エチェバリ」を火付け役に、世界的な流行となった〝薪火料理〟。2025年も薪を使う店が印象に残ったという。

「都会のビルの中では、多少の例外はあれど、薪火を使うのはなかなか難しい。ですから海外でも日本でも、人里離れた場所で自然に囲まれて薪火料理をする店が増えていますね。薪火は温度の上昇幅が大きく、操るのが難しい。けれども料理人は、そこにおもしろさとやりがいを見出しています」。

注目店として挙げたのは、ストックホルムにある「Ekstedt(エクステッド)」だ。シェフのニクラス・エクステッドは「エル・ブリ」でも経験を積んだ人物。

「この店は焼くのも煮るのも湯を沸かすのも、すべて薪火です。科学的な調理法や最新技術を踏まえた上で、その対局にあるような原始的なアプローチをする。その価値観やストーリー性にも注目です」

写真/「エクステッド」のテイスティングコースより、北欧らしい素材使いが光る「ジュニパーで燻製したうずら ローズビネガーと青豆添え」。すべて薪火で調理。

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KEYWORD3「地方で地産地消×技術はグローバル」

その土地にしかない食材を使う。だが、調理のテクニックは世界中から取り入れる。それも模倣やフュージョンではない。技術をそしゃくし、シェフ自身のフィルターを通した料理が気になる!

写真/イタリア「ダ・ゴリーニ」シェフのジャンルカ・ゴリーニと、サービスチームを率いる妻のサラ・シルヴァーニ。「土地の素材を、最も自然な形で表現」をテーマに、ジビエ、発酵、薪火などを用いたモダンな料理と温かなおもてなしを提供している。

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地産地消のローカル食材をグローバルな技術で味わう

「『Da Gorini(ダ・ゴリーニ)』はエミリア・ロマーニャのテロワールを強く打ち出したレストランなのですが、春に訪れたときに山菜の天ぷらが出てきたんです。もちろん日本にはない地物の山菜で、粉や油も地元産。食材は何ひとつ外から持ってきていなくて、調理法だけは和食。僕はもう、これはアリだなと思って」。

同様に、地元の豆や穀物を使った自家製のたまりしょうゆや味噌を調理に使うイノベーティブレストランも増えているという。ローカル食材を伝統的な技術で調理すると、郷土料理になる。だが世界各国の調理方法を取り入れてみると新たな味が生まれ、地元以外にも広く受け入れられるようになる。食のグローバル化は、思わぬ方向に進んでいる。

写真/野草やハーブを、天ぷら仕立てに。それぞれの香りを衣で閉じ込めた、繊細で香り高い一皿は「ダ・ゴリーニ」の定番。

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KEYWORD4「発酵」

食品を保存すると同時にうま味と熟成感を醸し、味をより複雑にする「発酵」。伝統的な食文化の見直し、常温保存可能で環境負荷が少ない点などは、現代の課題とも通じる。

写真/イタリア「I Tenerumi(イ・テネルミ)」の「じゃがいものミルフィーユ仕立て」。「イ・テネルミ」はシチリア島にあるミシュラン一つ星レストラン。シェフのダヴィデ・グイダーラはプラントベースを基本にラクトベジタリアンを提案。発芽から腐敗まで、野菜の生命サイクルを料理で可視化することを試み、発酵や漬け込み、酸化熟成などの技法を積極的に取り入れる。

Ditte Isager, Noma Projects

「noma」が気付かせた 〝発酵〟という伝統の食文化

インタビュー中、「現在のガストロノミーは『ノマ』が作り出した流れの中にある」と語った浜田さん。それが顕著に表れているのが「発酵」のムーブメントだ。

「物流網が発達し、発酵したものをわざわざ食べなくてもいい現代において、あえて発酵食品を造る。これは伝統的な食の再発見という意味も含めて、世界中でよく見られます。しかも、それぞれの場所で元々あった発酵食品や技術をうまく生かしている。地元食材にこだわると、どうしても端境期が出てしまう。それをポジティブに捉えて、旬のものを発酵食にして提供する。地産地消の流れが続く限り、発酵食品という要素はなくならないと思いますね」。

発酵ドリンクであるコンブチャや発酵野菜、発酵調味料を手作りし、発酵特有の酸味や苦味をうまく使うのはヨーロッパの若い料理人に多いとか。

写真すべて「noma」。「美食の潮流はnoma 以前とnoma 以降に分かれる」と語る浜田岳文さん。コペンハーゲン「noma」によるローカルと発酵の探求は、世界のレストランシーンを根底から変えた。現在はポップアップと、「Noma Projects」を通じて培った革新的な食材や技術を世界中の家庭に届ける活動に注力している。上/アーバンファームの草花が建物を彩る。右下/シェフのレネ・レゼピ。左下/心臓部ともいえる発酵ラボ。無数の瓶が革新的な味を生む。

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KEYWORD5「自国の食文化を掘り下げ」

料理ジャンルのボーダレス化が進む中、店とシェフのアイデンティティをどこに置くべきか。店が位置する土地の歴史・文化を深く探求し、料理に反映する動きが高まっている。

写真は「ハイパーローカルレストランハブ」というコンセプトでインドネシアの素材を探求するバリ島のレストラン「Locavore NXT(ロカヴォア・ネクスト)」。建物内に発酵ラボやきのこ栽培施設を併設し、研究機関の役割ももつ。在来種の食材を、モダンな技法で調理する。そんなフーディーたちの知的好奇心を満たす店が増えつつある。

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美食先進国ではないからこそ、 食を掘り下げるおもしろさが

浜田さんの旅先は多岐にわたる。美食の目的地とはイメージされ難い、いわゆるファインダイニングの少ない国にも積極的に足を運ぶ。その理由のひとつに、地元の人すら知らないような食文化や食材との出合いがある。

「フィリピンの『TOYO EATERY(トーヨー・イータリー)』は、単純に地域の食材を盛り込むだけではなく、他国の料理をまねるのでもなく、自国の食文化や歴史を徹底的に掘り下げているのが興味深いんです」

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「マレーシアの『Dewakan(デワカン)』では原住民しか存在を知らないようなローカルな植物をジャングルから採集し、独創的な料理へと昇華しています。現地の人も存在を知っているけれど、食べものとは認識していない植物を調理する。もはや研究・探求の世界ですね」

自国の食文化を研究する上で欠かせないのは〝第三者の視点〟だという。先述した2店のシェフも、ロンドン「ファット・ダック」、シンガポール「レザミ」など名店で修業した後に故郷へ戻り、自身のルーツを見つめ直している。

「一度外に出て、また帰ってきたからこそ見逃されていた食材の魅力に気付き、新しい発見があるんだと思います」

フランスやイタリアなどの歴史あるグルメ強豪国ではなく、南米や北欧に革新的な店が生まれ、新勢力となって久しい。ガストロノミーの新たな中心はどこなのだろうか。

「『ノマ』誕生後のコペンハーゲンのような場所は、現状ではありません。『ノマ』のレネ・レゼピが行ったのは、ネガティブだと捉えられてきた採集や発酵、北欧の食の原点にポジティブな光を当てること。この流れは全世界に飛び火しました。今もその影響を明示的に受けている料理人もいれば、偶然同じことを思いついて行動している料理人もいる。旅をしていると、それを実感することが出来ますね」

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