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「頭痛がするくらい号泣した」芸能史に深く刻まれる“婚約発表会見”から46年…結婚と同時に引退を選んだ“伝説的存在”

  • 2026.1.27

人生には、大きな決断をきっかけに状況が一変する瞬間があります。今回は、トップスターたちの結婚発表が大きな話題を呼んだ「結婚発表に衝撃走った理想の夫婦」をテーマに、5組をセレクトしました。本記事ではその第5弾として、三浦友和さん×山口百恵さんをご紹介します。人気絶頂の21歳で引退を選んだ伝説の歌姫と、彼女を生涯守り抜くと誓った俳優。昭和、平成、そして令和へと語り継がれる“世紀のカップル”が、今もなお“理想の夫婦”の代名詞であり続ける理由とは——。

※本記事は、筆者個人の感想をもとに作品選定・制作された記事です
※一部、ストーリーや役柄に関するネタバレを含みます

運命の出会いと「ゴールデンコンビ」の誕生

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※Google Geminiにて作成(イメージ)

三浦友和さんと山口百恵さんの出会いは、1974年の夏、江崎グリコ『プリッツ』のCM撮影現場でした。当時15歳だった百恵さんと、22歳の新進俳優だった友和さん。この初共演が、すべての始まりとなりました。

百恵さんは自著『蒼い時』の中で、初対面の友和さんが「よろしく」と一言だけ告げ、笑顔も見せなかったことに対し、肩すかしを食らったように感じたと綴っています。ただ、その“ぶっきらぼうさ”が決して不快ではなかったとも。

一方の友和さんも、当時のキラキラしたアイドルとは一線を画す百恵さんの落ち着いた雰囲気に、特別なものを感じたそうです。

この出会いをきっかけに、映画『伊豆の踊子』をはじめとする数々の作品で共演を重ねていきました。映画12作、ドラマシリーズでの共演を経て、二人は日本中から愛される“ゴールデンコンビ”として不動の地位を築き上げていったのです。

日本中に衝撃が走った21歳の電撃引退発表

そして迎えた1980年3月7日。その日は日本の芸能史に深く刻まれることになります。東京プリンスホテルで行われた婚約発表会見で、百恵さんが語った言葉は日本中に衝撃を与えました。

当時21歳。歌手としても女優としても人気絶頂期にあった彼女による、あまりにも潔い“完全引退”の宣言でした。

この発表を受け、日本中には激震が走りました。現代でいう“ロス”という言葉では表現しきれないほどの喪失感が列島を覆ったのです。「頭痛がするくらい号泣した」「周りもみんな落ち込んでた」といった声が今も後を絶ちません。

それと同時に、多くのファンからは「復帰しなくていい。このまま幸せになって」と、彼女の決断を尊重し、幸せを願う声が上がったといいます。それほどまでに、山口百恵という存在は時代そのものを象徴するアイコンだったのです。

同年10月5日、日本武道館で行われたファイナルコンサート。最後の曲を歌い終えた百恵さんが、ステージ中央にマイクを静かに置き、舞台裏へと去っていく姿は“伝説のラストシーン”として、日本中の人々の心に焼き付きました。

「私のわがまま、許してくれてありがとう。幸せになります」という言葉を残して、彼女は本当に表舞台から姿を消したのです。

「相性」が紡ぐ、幸せな結婚生活

結婚後の二人の歩みは、決して平坦なものばかりではありませんでした。

引退した百恵さんを執拗に追い続けるマスコミの過熱報道。三浦さんは当時を振り返り、マスコミを「ジョーズのような存在」と感じるほどの恐怖を抱えていたと明かしています。あまりのストレスで、28歳にして白髪が一気に増えたというエピソードからも、その過酷さが伝わってきます。

また、俳優として一本立ちしようとする三浦さん自身にとっても、試練の時期がありました。30代前半、仕事のオファーが“年に1本”しかないという厳しい状況に陥ったのです。そんな時、百恵さんは不満ひとつ漏らさず、夫を支え続けたといいます。

友和さんと百恵さんには、結婚してから一度も夫婦喧嘩をしたことがない、という逸話があります。その関係が変わらず続いているのは、互いを尊重し、きちんと向き合う時間を重ねてきたからでしょう。

活躍の場は違えど——「らしさ」を貫く家族の現在地

三浦さんは日本を代表する名優として、今なお第一線で輝き続けています。

2023年にはヴィム・ヴェンダース監督の映画『PERFECT DAYS』で、主人公が思いを寄せる女性の元夫という役柄を好演しました。また、2025年にはドラマ『続・続・最後から二番目の恋』に新キャストとして出演。心豊かな町医者・成瀬千次役で、主人公に“大人の恋”を意識させる重要な役どころを演じ、70代とは思えない包容力とクールな立ち振る舞いがSNSで話題を呼びました。

一方、家庭を守り続けてきた百恵さんは、現在、本名の“三浦百惠”名義でキルト作家として活動しています。キルトとの出会いは引退後、マスコミの取材攻勢で家から出られない時期に、友人から贈られた一冊の本がきっかけでした。2019年には作品集『時間(とき)の花束 Bouquet du temps[幸せな出逢いに包まれて]』を出版。夫・友和さんの半纏や、息子さんのために作られたバッグなど、家族を思う気持ちから生まれた作品には、ピンクやイエローといった鮮やかな色合いが使われ、温かみに溢れています。

そんな両親の背中を見て育った二人の息子、三浦祐太朗さんと貴大さんも、それぞれ歌手、俳優として活躍中です。2017年の『24時間テレビ』では、祐太朗さんが母と同じ武道館のステージに立ち、名曲“さよならの向う側”を歌唱。その際、祐太朗さんは自宅にいる百恵さんについて「(今日は)絶対に見ています」と明かし、父と母への感謝を込めて歌い上げました。

近年では、祐太朗さんに長女が誕生し、三浦さん夫妻は「じぇじぇ」「ばぁば」と呼ばれて孫を溺愛しているという微笑ましい近況も明かされています。

沈黙が育んだ「本物の愛」

山口百恵さんの引退から40年以上。今なお、二人が“理想の夫婦”と語られ続ける理由は、何よりもその“誠実さの貫き方”にあるのではないでしょうか。

二人は、SNSなどで私生活を積極的に発信したり、プライベートを話題にして注目を集めたりすることを選びませんでした。自分たちの時間を何よりも大切にし、静かに沈黙を守り続けています。

その揺るがない覚悟が、情報が溢れる現代において、かえって“二人の関係の確かさ”を際立たせているように感じられます。

そこにあるのは、互いの歩む道への尊重です。21歳という若さで家庭に入る決断を下した百恵さんと、俳優として挑戦を続けてきた友和さん。それぞれの決断を信じ抜き、支え合うその姿は、時代が変わっても色褪せない夫婦の理想形そのもの。

誠実さと深い愛情で紡がれてきた二人の歩みは、これからも変わることのない「理想のカップル」として語り継がれていくことでしょう。


※記事は執筆時点の情報です