タクシーで「遠回りしただろ」と支払いを渋る客。だが、運転手が告げた事実を聞き、謝ったワケ【短編小説】

本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。

「ちょっと高くないですか？遠回りしただろ！」

自宅マンションのエントランス前でタクシーが停まった時、私はメーターに表示された金額を見て、思わず声を上げてしまいました。

いつもよりも明らかに高額だと感じたからです。

運転席に座る白髪まじりの温和な運転手さんは、静かに私に声をかけました。

「お客様、本日は長距離のご乗車、ありがとうございました」

「あの、すみません。遠回りされましたよね？」

私は少し語気を強めました。

今日のこの時間帯なら、通常のルートでこの金額になるはずがないという確信がありました。

「遠回りをさせて料金を稼ぐ」という、あの嫌な手口を疑ってしまったのです。

「このルートだと、普段私が通っている道よりも距離があるように思います。納得できないので、これでこの金額を払うのはちょっと…」

運転手さんは、私の厳しい糾弾にも表情を変えず、落ち着いた声でこちらを振り向きました。

そして、運転手さんは助手席の真下にある、リアルタイム交通情報が映った小さなモニターを指差しました。

「お客様がいつも通るルートの幹線道路は、今、大規模な多重事故で完全に通行止めになっています。警察車両も多数出ており、復旧には少なくとも一時間はかかると、無線情報が入りました」

私は息をのみました。

「私は、お客様が何度も腕時計を見て、焦っていらっしゃるご様子でしたので、多少距離が長くなっても、渋滞ゼロで一番早く目的地にお届けできるこの迂回ルートを、選択させていただきました」

私が頻繁に時間を確認していたことにまで気を配っていたなんて。

そのプロとしての判断力と、客を思っての行動に、自分の見当違いな疑念が、一気に恥ずかしさに変わったのです。

「…っ！そうだったんですね。すみません！」

私は深く頭を下げ、メーターの金額に加えて、心からの感謝の気持ちとして、多めのチップを添えて支払いました。

「とんでもございません。お客様が間に合われるのが、私の仕事ですので」

運転手さんは、心底ホッとしたような、晴れやかな笑顔を見せてくれました。

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