「臭いから近寄るな」父を避ける娘。だが、父の部屋から出てきた手紙を見て、娘が号泣した理由【短編小説】

本記事はフィクションです。物語の登場人物、団体、名称、および事件はすべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。

「臭いから近寄るな」

それが、思春期の頃の私の口癖でした。

私の父は、小さな町工場で働いていました。家に帰ってきた父の体からは、常に鉄と油、そして薬品が混ざり合ったような独特の臭いが漂っていました。

お風呂に入っても完全には消えないその染みついた臭いが、当時の私には耐え難いものだったのです。

父は私がそう言うたび、困ったように眉を下げ、「すまないな」と力なく笑うだけでした。私はそんな父の弱々しい態度も好きになれず、大学進学を機に実家を飛び出すように離れました。

その後、結婚して家庭を持っても、父との距離は縮まらないままでした。

そんな父が急死したという知らせを受けたのは、先月のことです。

通夜と葬儀を淡々と済ませ、遺品整理のために実家に帰りました。

事務的な手続きに必要な書類を探そうと、机の引き出しを開けた時です。一番奥から、茶封筒に入った一通の手紙が出てきました。宛名はありませんでしたが、封はされていません。

何気なく中身を取り出し、私はその場に凍りつきました。

それは、母へ宛てた、父の独り言のような手紙でした。

『今日、あの子にまた「臭い」と言われてしまった。情けない父親で申し訳ない。もっと綺麗な手で、いい匂いのする父親でいてやりたかった。

だが、今の現場のきつい仕事を断れば、あの子が夢見ている私立大学への進学は諦めさせなきゃいけない。俺の体につくこの臭いは、あの子の未来を守るための代償だ。そう思えば、どんなに嫌われても耐えられる。なあ、そうだろう？』

手紙の日付は、私が父を一番激しく拒絶していた時期のものでした。

父は、ただ汚れていたわけではありませんでした。

私が「臭い」と蔑んでいたあの臭いは、私の夢を叶えるために父が懸命に戦い、身を削っていた証だったのです。

父は何も言い訳せず、ただ私の心無い言葉を受け止め、泥にまみれ続けてくれていました。

「お父さん……ごめんなさい、ごめんなさい……」

私は父の作業着を抱きしめ、床に崩れ落ちました。

鼻をつく鉄と油の臭い。それは、私を今まで守り続けてくれた、世界で一番温かい愛情の匂いでした。

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