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32年前、 人気バンドが放った“80万ヒット” 名作を彩った“静かに響くもうひとつの名曲”

  • 2026.2.14

冷たい風が吹き抜ける1994年2月。街には期待と、少しの不安が入り混じったような、どこか瑞々しい空気が漂っていた。テレビをつければヒットチャートを賑わす華やかな楽曲が溢れていたけれど、そんな喧騒から少し離れた場所で、私たちの心にそっと寄り添う旋律があった。

ZARD『Boy』(作詞:坂井泉水・作曲:栗林誠一郎)――1994年2月2日発売

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Google Geminiにて作成(イメージ)

それは、激しさと静けさが同居した不思議な引力を持つ一枚だった。坂井泉水の透き通るような歌声が、冬の澄んだ空気の中に溶け込んでいく。あの頃、放課後の教室や、仕事帰りの車窓から見上げた夜空の下で、この曲を聴きながら自分の未来に思いを馳せた人も少なくないはずだ。

激しさと静けさが同居した「二つの顔」

1994年2月、ZARDが世に送り出した11枚目のシングルは、これまでにない重厚な存在感を放っていた。なぜなら、この作品は『この愛に泳ぎ疲れても』との両A面という形でリリースされたからだ。

一曲目の『この愛に泳ぎ疲れても』が、疾走感溢れるデジタルサウンドとドラマティックな展開で「動」の情熱を描き出していたのに対し、続く『Boy』が提示したのは、どこまでも穏やかで優しい「静」の世界だった。この対極にある二曲がひとつの盤に収められているという事実に、当時のリスナーはZARDの表現力の深さを思い知らされることになる。

アレンジを手がけたのは、ZARDサウンドの屋台骨を支えてきた明石昌夫。あえて音数を絞り込み、アコースティックな温もりを大切にしたサウンドメイクは、坂井泉水のボーカルが持つ「語りかけるような質感」を最大限に引き出している。

このシングルは、発売されるやいなやランキングで初登場1位を獲得。最終的には80万枚を超えるセールスを記録し、ZARDの不動の人気を改めて証明する結果となった。派手な宣伝文句よりも、楽曲そのものが持つ力によって、多くの人の日常へと浸透していったのだ。

性別を超えて吹き込まれた、新しい命

実はこの『Boy』という楽曲には、知る人ぞ知る「物語の続き」のような背景がある。この曲は、作曲者である栗林誠一郎が1989年に発表したファーストアルバム『LA JOLLA』に収録されていた『Girl 今でも』という楽曲のカバーなのだ。

原曲は、男性の視点から「Girl」へと向けた想いが綴られた切ないバラードだった。しかし、坂井泉水はこのメロディに全く新しい息吹を吹き込んだ。「Girl 今でも」というフレーズを「Boy 今でも」へと書き換え、歌詞のほとんどを新しく書き下ろしたのである。

一人の女性が、かつての少年、あるいは心の中にいる純粋な存在に向けて放つ言葉たち。それは単なる恋愛の歌を超えて、過ぎ去った日々への慈しみと、明日への静かな決意を感じさせるものへと生まれ変わっていた。

彼女が選ぶ言葉のひとつひとつには、飾り気のない真実味が宿っている。作家としての坂井泉水の鋭い感性が、既存のメロディと共鳴し、全く別の色を持った名曲を誕生させた。この「再構築」のセンスこそが、彼女が時代を超えて愛され続ける理由のひとつなのかもしれない。

スクリーン越しに溶け合う少年の日の記憶

この曲を語る上で欠かせないのが、映画『夏の庭 The Friends』との出会いだ。湯本香樹実の小説を原作に、相米慎二監督がメガホンをとった作品のエンディングテーマとして流れた『Boy』は、映画が描き出した少年たちの成長や、老い、そして生と死という重厚なテーマを、優しく包み込むような役割を果たしていた。

夏の終わりの陽だまりのような、切なくて、でもどこかあたたかい読後感。映画を観終えた観客が、暗闇の中でエンドロールを見つめる時、この曲が流れてくる。その瞬間に、物語と自分自身の記憶が溶け合い、何とも言えない感慨に包まれる。

32年という月日が流れ、あの頃「Boy」だった少年たちも、今では立派な大人になっているだろう。それでも、このイントロが流れた瞬間、一気にあの冬の、あるいはあの夏の景色へと引き戻される感覚がある。

それは、この曲が単なる流行歌として消費されるのではなく、聴く人それぞれの「人生の大切な断片」を封じ込めたタイムカプセルのような存在になっているからだ。派手さはないかもしれない。けれど、一度耳にすれば、ずっと胸の奥に残り続ける。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。