1. トップ
  2. 40年前、早熟アーティストが放った「毒」を持つ“透明な歌声” アイドル的な人気を博した天才

40年前、早熟アーティストが放った「毒」を持つ“透明な歌声” アイドル的な人気を博した天才

  • 2026.2.13

「40年前の冬の終わり、街を吹き抜けていた風の色を覚えている?」

1986年。音楽シーンがデジタルの光に彩られ始めた時代。華やかなポップスの影で、誰にも似ていない鋭利な美しさを放っていた一人の表現者がいた。

中川勝彦『クール・ロマンティック』(作詞:来生えつこ・作曲:林哲司)――1986年2月25日発売

undefined
2017年撮影、日本科学未来館で開催される「ディズニー・アート展」の特別展開催セレモニーに出席したタレントの中川翔子(C)SANKEI

彼の存在を語る上で欠かせないのが、その圧倒的なビジュアルと、多才な芸術センスだ。後にマルチタレントとして活躍する中川翔子の父としても知られている。しかし、当時の彼が音楽に込めた熱量は、今なお色褪せることのない独自の波動を放っている。

都会の静寂を切り裂く、甘く危険なフェイク

『クール・ロマンティック』の扉を開けると、そこには冷たく澄んだ冬の空気感と、内側に秘めた情熱が同居する不思議な空間が広がる。

この楽曲の最大の魅力は、中川勝彦にしか出せない「危ういほどの透明感」を孕んだボーカルにある。特にサビや楽曲の端々で見せる、裏声を巧みに操ったフェイクは、聴く者の耳を捕らえて離さない

それは単なる歌唱テクニックではなく、どこか祈りにも似た切実さを伴っており、クールなタイトルとは裏腹に、生々しい感情の揺れを感じさせる。

この時期、中川勝彦はアイドル的な人気を博しながらも、自身の目指すロックサウンドや芸術的な表現との間で、激しく火花を散らしていた。

ヒットメーカーたちが描いた“青い炎”の構造

楽曲を支える制作陣も、当時の音楽ファンを唸らせる布陣であった。作曲と編曲を手がけたのは、1980年代のヒットチャートを席巻していた林哲司。彼はこの曲で、自身の代名詞でもある都会的なメロディに、エレクトロな質感を大胆に融合させた。

そこに来生えつこが、抑制の効いた、それでいて官能的な言葉を乗せている。この二人のタッグが、中川勝彦という稀代の個性を「クールなロマンチシズム」という形で見事にパッケージングしたのだ。

面白いのは、この曲の音作りには、同時期のトップアイドルたちの楽曲にも通じる洗練された輝きがありながら、中川勝彦の歌声が乗ることで、一気に「毒」や「深み」が加わっている点だ。

単なる流行歌では終わらせない、彼のアーティストとしての矜持が、その一音一音に刻まれている。

時代を駆け抜けた、永遠の「若さ」という記憶

残念ながら、中川勝彦は1994年、32歳という若さでこの世を去った。彼が残した作品群は、今もなお彼を知る人々の心の中で、あの頃と同じ鮮烈な光を放ち続けている。

『クール・ロマンティック』がリリースされてから40年。

今、この曲を聴き返してみると、当時の彼が感じていたであろう孤独や、誰にも触れさせたくない聖域のようなものが、メロディの隙間から溢れ出してくるのを感じる。

流行に流されることなく、自分だけの美学を貫こうとした彼の姿勢。それは、彼が愛した娘へと形を変えて受け継がれ、今も日本のエンターテインメントの中に息づいている。

静かに、けれど確実に心を浸食していく。

そんな「クールな熱情」に、我々は今、あらためて耳を傾けてみるべきなのかもしれない。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。