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35年前、熊本弁に衝撃を受けた“CMソング” 人気アイドルの声が“ゼロ距離”で響いたワケ

  • 2026.1.29

「35年前、あなたはどこで、誰と、どんな景色を眺めていましたか?」

1991年2月。バブルの熱狂がわずかな余韻を残しながらも、人々の心は少しずつ、手の届く範囲にある「日常」や「等身大の幸せ」へと向き始めていた1991年。そんな時代の転換点に、ある歌声が街に流れ、聴く者の心に温かな灯をともした。

森高千里『この街』(作詞:森高千里・作曲:斉藤英夫)――1991年2月10日発売

彼女が、ふと立ち止まり、自らの原風景を歌い上げた1曲。それは、都会の喧騒の中で忘れかけていた「心の拠り所」を思い出させてくれるような、不思議な優しさに満ちていた。

都会の風に吹かれて、ふと思い出したあの景色

1990年代初頭の森高千里といえば、誰もが認める時代のアイコンだった。洗練されたビジュアルと、ドラムも叩きこなす高い音楽性。だが、この楽曲『この街』で彼女が見せたのは、ステージ上の華やかなスターの顔ではなく、ひとりの女性としての瑞々しい感性だった。

もともとは、1990年10月にリリースされた名盤アルバム『古今東西』に収録されていた1曲。それが翌年、ファンの熱い支持を受ける形で『勉強の歌』との両A面シングルとしてリカットされた。

この曲が、なぜこれほどまでに特別な響きを持って届けられたのか。それは、歌詞の端々に宿る「飾らない真心」が、当時のリスナーが求めていた「本当の安らぎ」と見事に共鳴したからに他ならない。

編曲を手がけた斉藤英夫によるサウンドは、ポップでありながらも、どこかノスタルジックな温かさを孕んでいる。その穏やかな旋律に乗せて語られるのは、変わりゆく街の景色と、変わらない大切な思い出。あぁ、自分にも帰る場所があるんだ……そんな確かな安心感を、この曲はそっと手渡してくれた。

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1991年、コンサートで歌う森高千里(C)SANKEI

方言という魔法が、距離をゼロにした瞬間

『この街』を語る上で欠かせないのが、曲中に挿入される印象的なセリフだ。彼女の出身地である熊本弁で語られるその言葉たちは、強烈なリアリティを楽曲に与えていた。

驚いた人もいたかもしれない。けれど、その素朴な響きこそが、聴く者との心の距離を一気に縮める魔法となった。どれだけ都会に馴染み、洗練された生活を送っていても、ふとした瞬間にこぼれる故郷の言葉。それは、その人の「素顔」が覗く瞬間でもある。

彼女が自らペンを執り、自らの言葉で綴ったからこそ、そこには嘘のない体温が宿っていた。アイドルとしての枠を超え、ひとりの「表現者」として、自分のルーツを肯定し、誇らしげに歌う姿。その凛とした美しさが、多くの人々の胸を打ったのだ。

彼女が出演していたグリコ「アーモンドクラッシュポッキー」のCMでも、この楽曲の持つ親しみやすさと温もりが溢れていた。CMの中で見せる彼女の笑顔と、背景に流れるメロディ。それらはセットになって、当時の冬のお茶の間を優しく彩っていたのを、今でも鮮明に覚えている人は多いだろう。

時代を越えて受け継がれる、帰る場所への祈り

リリースから長い年月が経った2013年。この名曲は、ハロー!プロジェクトのアイドルグループ、℃-ute(キュート)によってカバーされた。彼女たちの清廉な歌声で蘇った『この街』もまた、新しい世代のリスナーに、故郷という場所の尊さを伝えていった。

いつの時代も、人はどこかで「帰る場所」を探しているのかもしれない。移り変わりの激しい現代だからこそ、この曲が持つ「普遍的な愛おしさ」は、より一層輝きを増して見える。

故郷を離れて頑張っている誰かへ。あるいは、今まさに自分の住む街を愛そうとしている誰かへ。35年という時を経てもなお、『この街』は色褪せることなく、私たちの背中を優しく押し続けている。

ふと空を見上げたとき、このメロディが心に流れれば、そこにはきっと、あなただけの懐かしい景色が広がっているはずだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。