1. トップ
  2. 40年前、オーディションで選ばれた“新人ヒロイン” 完成度の高さに驚かされる“静かなデビュー曲”

40年前、オーディションで選ばれた“新人ヒロイン” 完成度の高さに驚かされる“静かなデビュー曲”

  • 2026.1.29

1986年1月。街にはアイドル全盛期らしいきらびやかさがありながら、その一方で、アニメや映画、音楽が交差する新しい表現の兆しも確かに生まれていた。レコード店の棚に並ぶ無数の新譜の中に、ひっそりと、しかし不思議な存在感を放つ1枚があったことを、覚えているだろうか。

後藤恭子『ペガサスの少女』(作詞:松本隆・作曲:林哲司)――1986年1月25日発売

それは派手なキャンペーンで押し出された一曲ではない。だが、耳を澄ませばすぐに分かる。これは、偶然生まれたデビュー曲ではないと。

undefined
Google Geminiにて作成(イメージ)

イメージガールオーディションで選ばれた“声”の行き先

後藤恭子は、アニメ映画『アリオン』のイメージガールオーディションで、多数の応募者の中から選ばれた存在だった。その結果として用意されたのが、この『ペガサスの少女』である。

デビューシングルにして、作詞は松本隆、作曲は林哲司、編曲は萩田光雄という、当時の音楽シーンを支えていた一線級の作家陣が名を連ねる布陣。新人の門出としては、あまりにも贅沢で、同時に覚悟を感じさせる体制だった。

この曲が主題歌として起用された『アリオン』は、アニメーター・安彦良和のマンガ作品を原作にした劇場用アニメ作品。安彦自身が作画を手がけ、神話的世界観と繊細な感情表現を融合させた意欲作として知られている。その世界観を背負う“声”として選ばれたこと自体が、後藤恭子の資質を物語っていた。

触れたら消えそうな声が、世界観を完成させる

『ペガサスの少女』の最大の魅力は、その完成度の高さにある。メロディは林哲司らしい流麗さを持ちつつ、決して主張しすぎない。萩田光雄のアレンジは、広がりを持たせながらも過剰な装飾を避け、楽曲全体に透明な奥行きを与えている。

そこに重なる後藤恭子のボーカルは、ウィスパー感を含んだ、あどけなさの残る声質。力強く歌い上げるタイプではないが、その分、音の隙間にすっと溶け込むような存在感がある。「上手さ」よりも「質感」が先に耳に残る歌声だ。

この声があるからこそ、楽曲は単なるアニメ主題歌にとどまらず、ひとつの独立したポップスとして成立している。世界観に寄り添いながら、聴き手の想像力を静かに刺激する。そのバランス感覚は、新人のデビュー曲とは思えないほど洗練されていた。

時代の隙間に落ちた、隠れた名曲という居場所

1986年という年は、音楽的にも情報量が多く、話題作が次々と生まれた時代だった。その中で『ペガサスの少女』は、大きなムーブメントを起こしたわけではない。しかし、だからこそ、この曲は今も“見つけられる側”として静かに残っている。

豪華な作家陣、アニメ映画との強い結びつき、そして透明感のあるボーカル。そのすべてが高い次元で整っていながら、声高に語られすぎることはなかった。完成度が高いのに、記憶の奥でそっと眠っている。そんな立ち位置こそ、この曲の特別さなのかもしれない。

40年という時間を経て改めて聴くと、そこには時代性だけでなく、「丁寧につくられた音楽」が持つ普遍的な美しさがある。羽ばたく前のペガサスのように、静かに力を溜めていた1曲。それが『ペガサスの少女』だった。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。