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「日本が誇るドラマ」「間違いなく名作」35年にわたり語り継がれる伝説作…“生々しさ”が光る作品力

  • 2025.12.24

美しい言葉や理想だけでは割り切れない、人の心の奥底に渦巻く嫉妬、欲望、そして孤独。人間の清濁併せ呑むような本質や、一筋縄ではいかない複雑な関係性を生々しく描き出し、観る者に深い問いを投げかける作品の数々。今回は、そんな“綺麗事では終わらない人間模様を描いた作品”5選をセレクトしました。

本記事では第2弾として、1990年放送のドラマ『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)をご紹介します。

※本記事は、筆者個人の感想をもとに作品選定・制作された記事です
※一部、ストーリーや役柄に関するネタバレを含みます

“綺麗事では終わらない人間模様を描いた作品”ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』

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泉ピン子(1985年頃撮影)(C)SANKEI
  • 作品名(放送局):ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)
  • 放送期間:1990年10月11日~1991年9月26日

あらすじ

定年を迎えた中年夫婦とその5人の娘たちが、それぞれの家庭や人生で直面する悩みを通じて、「本当の幸せとは何か」を問いかける物語

岡倉大吉(故・藤岡琢也)は定年後、子会社の重役に就任しましたが、自分より若い社長と意見が対立し、自身の進退に思い悩んでいました。一方、妻の節子(故・山岡久乃)と共に暮らすなかで、独立した娘たちもまた、各々の事情を抱えています。

長女の野田弥生(長山藍子)と夫の野田良(前田吟)、次女の小島五月(泉ピン子)と夫の小島勇(角野卓造)、三女の高橋文子(中田喜子)と夫の高橋亨(三田村邦彦)、そして四女の葉子(野村真美)や五女の長子(藤田朋子)ら、個性豊かな家族たちが繰り広げる生活が描かれます―。

ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』の見どころ ※ネタバレあり

1990年の放送開始から長きにわたり愛されてきた国民的ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』は、終わりなき家庭内の葛藤を容赦なく描き出しています。物語の中心となるのは、血の繋がった家族ゆえの執拗な干渉や、現代社会でも変わることのない嫁姑問題の凄まじさです。執拗に嫁を追い詰める描写や激しい対立に、SNSでは「生々しい」「鬼のような姑と小姑」「嫁姑のすごさに震える」といった戦慄した旨の感想が寄せられていました。日常に潜む悪意や嫉妬が浮き彫りになる展開が、本作特有の緊張感を生んでいます。

一方で、単なる愛憎劇を超えて、人間の心の機微を軽妙かつ鋭く捉えた脚本家、故・橋田壽賀子さんが紡ぐ物語が見どころ。人生において直面する、最高の出来事と最低の出来事の両面を、綺麗事ではない圧倒的なリアリティをもって描いた展開は、多くの視聴者に共感を覚えさせました。これほどまでに深く人間臭いドラマはないとして、SNSでは「日本が誇るドラマ」「間違いなく名作」といった称賛の声が相次ぎ、今なお色褪せない傑作となっています。

泉ピン子が魅せた圧倒的なリアリティに視聴者「唯一無二」

ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』を語るうえで、中華料理店『幸楽』の嫁・五月を長年演じ続けてきた泉ピン子さんの活躍は外せません。橋田壽賀子作品特有の膨大なセリフ量を完璧にこなし、嫁姑問題や家族の絆、日々の葛藤を泥臭くもリアルに体現する泉さんの熱演は、まさに作品の核と言えるものでした。

そんな泉さんの圧倒的な芝居は、今なお多くの人々の心に深く刻まれています。SNSでは「唯一無二の存在感」といった声が上がっているほか、日常の何気ないやり取りから激しい感情のぶつかり合いまでを完璧に演じ分ける高い演技力に対し、「何でこんなに演技上手い?」といった声が寄せられるなど、泉さんの卓越した表現力に感嘆するコメントが相次ぎました。五月の喜怒哀楽を全力で表現する泉さんの芝居があったからこそ、多くの視聴者が物語に没入できたと言っても過言ではありません。

ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』を観たことがない方、また本記事を読んで興味を持っていただけた方は、“あまりにもリアルで恐ろしい家族の日常”をぜひご覧ください!


ライター:天木拓海
映画・アニメ・ドラマなど、エンタメ作品を観ることを趣味としているライター。エンタメ関連のテーマを中心に、作品考察記事/コラム記事などを手掛ける。

※記事は執筆時点の情報です