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資生堂は"同じ失敗"を繰り返している…「過去最大の赤字」を招いた900億円買収の"致命的誤算"

  • 2025.11.27

資生堂は、今年12月までの通期の業績予想を下方修正し、最終損益が520億円の赤字になる見通しだと発表した。赤字額は過去最大だが、その原因は何なのか。淑徳大学経営学部の雨宮寛二教授は「買収した米国ブランドの不振を背景に、米州事業ののれんを減損したことが主な理由だ。だが、同じようなことは過去にも起きており、経営陣の“見通しの甘さ”が再び露呈した形だ」という――。

香港の資生堂ストア
香港の資生堂ストア(写真=Wpcpey/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
買収した「米国のブランド」をいかせず、“また”減損

資生堂の2025年12月期の連結最終損益が、昨年度の108億円の赤字に続き、520億円の赤字になる見通しとなった。この額は、2001年3月期の450億円の赤字を超え、過去最大となる。

赤字額520億円は、米国で468億円の減損を計上した影響が大きく、この減損は、2019年に約8億4500万ドル(約900億円)で買収したスキンケアブランド「Drunk Elephant(ドランク・エレファント)」が主因となっている。

資生堂が買収したブランドで減損が生まれたのは、これが初めてではない。2010年に約19億ドル(約1800億円)で買収した自然派化粧品会社である「Bare Escentuals(ベアエッセンシャル)」が販売不振に陥り、2013年3月期に286億円、2017年12月期に700億円超の減損をそれぞれ計上している。

どちらのケースにおいても共通するのは、撤退の見通しの甘さだ。ベアエッセンシャルは、ミネラル系メーキャップ化粧品の草分けとして米国で高い支持を受け、ミネラルファンデーション市場でトップブランドの地位を築いていたことから買収に至ったが、資生堂は、その成功体験に縛られたため、最初の減損を迫られた2013年に見切りをつけることができなかった。

実際、売却したのは、それから8年後の2021年で、「ローラ メルシエ」など他の2つのブランドを含めた売却額は7億ドルで、その額はベアエッセンシャル買収価格の4割にも満たない水準であった。

買収後の“ブランド育成”や“市場開拓”が「不十分」

そのうえ、2024年12月期には、売却対価が回収不能になる可能性から、引当金128億円を計上している。戦略的買収にはほど遠く、経済的価値を生み出せていないだけでなく、買収後のブランド育成や市場開拓が不十分と言わざるを得ない。

資生堂は、これまで成長戦略の一環として、トップブランドのM&A(合併・買収)をひとつの柱に据えて世界展開を進めてきた。

しかしながら、資生堂が本来持つ強みである「価値創造力」や「価値伝達力」を買収先の企業にどう結びつけていくかが明確になっていないことから、経営統合によるシナジーが生み出せていない。

資生堂が捉える価値創造力とは、「人を一生という時間軸で捉え、肌・身体・心の全体を対象に研究」するR&Dや、「安心・安全な品質への信頼を担保」する生産技術・品質保証を指し、価値伝達力とは、「感性に訴える新しい文化・価値を提言」するクリエイティブや、「感動を生み、生活者と深く繋がる顧客体験」を届けるおもてなしの心を意味する。

資生堂は創業以来、この価値創造力と価値伝達力を、一体となった複合能力として磨き上げてきた。

“無形の資源”こそが、価値ある製品やサービスにつながる

独自性を持つ経営資源の中でも、とりわけ評価される傾向にある資源は、有形より無形な資源だ。

なぜなら、有形資源は、技術革新など社会や環境の変化により経済的価値を失いやすいうえ、市場での獲得や交換がしやすい資源であるのに対し、無形資源は、その価値が必ずしも環境の変化などには左右されず、企業内で長年培われ組織的に孵化されたものであり、市場では容易に手に入らないからである。

このように、無形資源は、有形資源に比べ、より経済的価値のある経営資源であり、顧客にとって価値のある製品やサービスの提供が可能となる経営資源として捉えることができる。

それは、リクルートで言えば、創業から受け継がれる「個の尊重」というマネジメントの企業文化であり、こうした経営資源を活用することで外部環境の機会を捉えて、『とらばーゆ』『じゃらん』『ゼクシィ』『Hot Pepper』など多様なジャンルの情報誌を創刊し社会の潮流を変えている。

ソニーで見れば、長年積み上げられてきた開発、設計、製造、販売に関する経験値やノウハウであり、こうした経営資源を利用することで、カラーテレビ(トリニトロンカラーテレビ)やパーソナルコンピュータ(VAIO)、家庭用ゲーム機(PlayStation)などを開発し普及させて、外部環境の脅威を無力化している。

資生堂の強みは、これら2つの無形資源が一体となった複合能力であることから、これを買収後のブランド育成や市場開拓に最大限に生かすことで、シナジー創出の追求が可能となる。

新しい経営戦略は「価格帯に明言なし」「最適化の道筋も見えず」

資生堂は、決算見通しを説明した同日に、2030年に向けた「2030中期経営戦略」を発表している。

2030年に目指すビジョンを「ひととの繋がりの中で新しい美を探求・創造・共有し、一人ひとりの人生を豊かにする」と定め、このビジョンを体現するスローガンとして2005年に発表した「一瞬も 一生も 美しく」を改めて掲げ、その意義を深く追求していく意向である。

記者会見する資生堂の藤原憲太郎社長(右)=2025年11月10日午後、東京都港区
記者会見する資生堂の藤原憲太郎社長(右)=2025年11月10日午後、東京都港区

戦略の柱として、「ブランド力の向上を通じた成長加速」「グローバルオペレーションの進化」「サステナブルな価値創造」の3つを掲げ、基本的にはオンプレミス(注:自社で運用すること)で戦略を展開する意向が示されている(一部は「外部協業」で展開)が、その方向性や具体性が必ずしも明確に示されているとは言えない。

1つ目の戦略であるブランド力の向上を通じた成長加速では、ブランドカテゴリーによる市場セグメントは示されているものの、中・高価格帯への選択と集中を今後も継続していくのか、また、日本の化粧品市場で7割を占める低価格帯のマス化粧品へ新製品の投入をしていくのかなど、収益拡大に極めて重要な意味を持つ価格帯への方針が示されていない。

2つ目のグローバルオペレーションの進化では、「グローバル最適化」と「リードタイム短縮」の2つの側面から全体最適化を図ることが謳われているが、クロスファンクショナルチーム体制(注:異なる部署など、組織の垣根を超えて集められたチームのことで、改革の際などに用いられる)の推進を掲げるに留まり、オペレーションの統合度や具体的な打ち手が示されていないことから、最適化や短縮の具体的な道筋が見えてこない。

売り上げに伸びがなく、株価も低迷中

資生堂は、2030年の財務目標として、コア営業利益率10%以上、ROIC12%以上、フリーキャッシュフロー1000億円以上を掲げている。これについて、藤原社長は、「大規模な構造改革を経て、ここからはブランドの価値最大化による新たな成長軌道へと舵を切っていく」と述べ、目標達成への意欲を示している。

構造改革はすでに2024年から進められており、米国で不採算店の閉鎖や、米子会社で1割超にあたる人員300人をすでに削減している。2025年10~12月期には30億円を計上し、主に40歳以上で勤続年数1年以上の人を対象に200人前後の希望退職者を募集する。さらには、シンガポールの研究施設も閉鎖する意向である。

これらの効果は、2026年12月期までにコア営業利益ベースで700億円超表れるとの見通しが示されており、これが藤原社長の発言を後押しする。

だが、資生堂の売上高は、2020年度から2025年度(見通し)に至る直近5年間を見ると、1兆円前後で推移し伸びがない。この状況は、株価にそのまま表れている。2018年に上場来高値の9250円をつけたものの、直近の1年は2000円台で低迷している。

銀座のSHISEIDO THE STORE
※写真はイメージです
経営は、2026年度に正念場を迎える

資生堂が、再度成長軌道に乗って再生を果たす道のりは険しいと言わざるを得ない。ガバナンスや意思決定の脆弱性が改善されなければ、業界のリーダーとしての地位を失うだけでなく、マネタイズ(収益性)に赤信号が灯ることになる。

今後は、ブランドの再構築と新たなる市場開拓の両面で、説得力のある成長戦略を示し、実践していけるかどうかが問われることになろう。いずれにしても、資生堂の経営は、2026年度に正念場を迎えることになる。

資生堂独自の無形資源を最大限に活用した強力なブランド戦略により世界展開を力強く推し進めるとともに、新市場を開拓して、さらなるコア事業を生み出していくことを期待したい。

雨宮 寛二(あめみや・かんじ)
淑徳大学経営学部教授
淑徳大学経営学部教授。ハーバード大学留学時代に情報通信の技術革新に刺激を受けたことから、長年、イノベーションやICTビジネスの競争戦略に関わる研究に携わり、企業のイノベーション研修や講演、記事連載、TVコメンテーターなどを務める。日本電信電話株式会社に入社後、中曽根康弘世界平和研究所などを経て現職。単著に『世界のDXはどこまで進んでいるか』(新潮社)、『2020年代の最重要マーケティングトピックを1冊にまとめてみた』『サブスクリプション』(いずれもKADOKAWA)など多数。新著に『経営戦略論 戦略マネジメントの要諦』(勁草書房)がある。

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