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2025年“素晴らしい作品”として話題の映画、コミカルさを封印させ“鬼気迫る”怪物的演技の俳優に圧倒…!

  • 2025.11.12

日々の生活をおくる中で、ふと“全部ぶっ壊してしまいたい”という衝動を覚えることは、意外と誰しもにあるのではないかと思う。しかし、大抵の人間は実際には行動に移さない。移すべきではないと理解しているし、そんなやぶれかぶれの行動に出たら失うものも大きすぎるとわかっている。しかし、そういう行動に出てしまう人の気持ちもどこかわかる気がする。

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佐藤二朗 (C)SANKEI

佐藤二朗の怪演で話題となっている映画『爆弾』は、観る人の“破壊願望”に火をつける映画であり、同時にそれをやらない人を称賛する作品でもある。爆破事件を“予言”するタゴサクは、現代社会を生きる多くの人にとって、両極端な気持ちに共感を覚えさせる稀有な作品だ。

爆破事件を“予言”するタゴサク

東京にある野方警察署に、酒に酔った勢いで酒屋の店主を殴ってしまった自称“スズキタゴサク”という男が事情聴取を受けている。要領の得ないことばかりいうスズキは、異様な不気味さを感じさせる。そして、自分には霊感があり、未来のことがわかると言い出し、秋葉原で爆弾事件が起きることを“予言”する。

実際にスズキの言葉通りに秋葉原で爆破事件が起きると、スズキは次々に爆破事件が起きることを言い当てる。警察は連続爆破事件として捜査に乗り出し、スズキを容疑者として取り調べることにするが、スズキは煙に巻くような発言で警察を翻弄していく。スズキと相対する刑事は、等々力(染谷将太)、類家(山田裕貴)、清宮(渡部篤郎)や伊勢(寛一郎)といった面々。巧みな話術を駆使して、取り調べに臨む刑事たちの心をへし折っていくスズキ。彼の発言には、社会の理不尽さに対する恨みのようなものが滲んでいる。

そして、爆破事件は東京全土を巻き込むような騒動へと発展していく。

佐藤二朗の怪物的演技に圧倒される

本作は多くのシーンが取調室で展開し、スズキと相対する刑事たちと現場対応にあたる警察たちの姿を交互に捉えている。上映時間のかなりの部分を同じ部屋で展開させているにもかかわらず飽きさせないのは、スズキを演じる佐藤二朗の圧倒的な凄みだ。いつものコミカルな芝居は鳴りを潜め、しかし、全く別というわけではなく、人を喰ったような豪放さと、絶妙に人をいらだたせるような芝居を披露している。本作で描かれる犯罪は、重大事件であり、日本ではなかなか起こりえないような規模のものだが、この男ならやりかねないと思わせるリアリティがある。

その芝居はまさに鬼気迫るという形容詞がふさわしく、ぐいぐいと引き込まれてしまう。指の皮はめくれ、無精ひげを生やし放題で汚らしく不敵に笑うその様に、普段の佐藤二朗のコミカルさも時折のぞかせる瞬間もあって、それが怖い。

そして、彼と相対する刑事の中心となる、天才肌の類家を演じる山田裕貴もすごい。スズキとの心理戦を展開する場面では、佐藤二朗の異様な迫力に一歩も引かない存在感を発揮している。その他、所轄の刑事である等々力を演じる染谷将太は事件の発端となった警察のスキャンダルに関わっていたことを葛藤する存在として複雑な心境を見事に表現しているし、坂東龍汰と伊藤沙莉の警官コンビもいい味を出している。

夏川結衣や渡部篤郎、加藤雅也、正名僕蔵といったベテラン勢も作品を支える存在として大きな存在感を持ち、スズキという怪物を中心とした群像劇のようなテイストもあり、俳優の見事な演技は堪能できる作品だ。

社会を壊すより、それを食い止める方がいい

スズキは、刑事たちに命は本当に平等なのかと問う。この問いは社会を生きる人なら誰もが一度は持ったことがあるのではないだろうか。

もちろん、建て前としては、命は平等だということになっている。しかし、どんなに高潔な人間でも実際には命に優先順位をつけているのではないか、そして、結局社会全体もそれを良しとしているんじゃないかという疑念をスズキは浮かび上がらせる。そんな世の中への理不尽をスズキは叩きつけてくる。

そして、スズキのアップロードした犯行予告動画を面白がって無責任に拡散する一般大衆の無責任さも本作には描かれている。こうした描写に触れていると、“社会なんて壊れてもいいのでは”という気分になるかもしれない。実際、物語の途中ではそういう気持ちに共感させるような作られ方をしていると思う。

しかし、それで終わらないのが『爆弾』という作品の素晴らしい点だ。類家はスズキの気持ちがわかるという。しかし、自分は社会を壊すよりもそれを食い止める方を選ぶと力強く語る。なぜなら、壊すのは簡単で、食い止めることの方がずっと難しくてやりがいがあるからだと。等々力もこの社会や警察組織に対して怒りを感じているが、そういう気持ちだけで生きているわけではない、自分の人生は案外悪くないのだと言う。

世の中に理不尽なことは多々あるが、壊すよりも積み上げることの方がずっと尊いと本作は描く。そうやって人々は踏みとどまっているものだと本作は最後に伝えてくる。おそらく、だれの心の中にも“破壊願望”はある。みんな、心に“スズキタゴサク”を飼っているのだ。同時に、それでも踏みとどまる勇気も持てることの素晴らしさも同時に描いているから、『爆弾』は素晴らしい作品なのだ。


ライター:杉本穂高
映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi