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2024年、“異色の演出”方針で注目を集めた【月10ドラマ】実力派キャスト陣の名演技で“拓いた可能性”

  • 2025.10.20

2024年を代表するテレビドラマと言えば、筆者はカンテレ・フジテレビ系 月10ドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』(以下アンメット)を真っ先に挙げる。事故で過去2年間の記憶を失い、1日ごとに記憶がリセットされてしまう脳外科医・川内ミヤビ(杉咲花)が、目の前の患者と真摯に向き合い、自らの人生を再び紡いでいこうとする物語だ。

本作は、派手な演出や過剰なBGMを排した、役者の肉体を通して人間を描くことに力を注いでいる。日本のテレビドラマとして異色の演出方針で注目を集め、“連続ドラマに新しい表現の可能性を拓いた”としてギャラクシー賞2024年の6月度月間賞を受賞している。

そんな『アンメット』の魅力を改めて振り返ってみたい。

「記憶」が消えても、「私」は消えない――アイデンティティへの問い

本作は1日ごとに記憶を失ってしまう女性を主人公に“人のアイデンティティの在り処”を描く作品と言える。ミヤビは日々の積み重ねを記憶できない。人間関係もリセットされてしまうし、学んだことも覚えていない。それでは、昨日のミヤビと今日のミヤビは別人と言えるだろうか。記憶以外に人のアイデンティティが宿るとすれば、それはどこなのかを本作は問いかける。

そんな自己が不確かになりそうな日々をおくるミヤビに対して、若葉竜也演じる三瓶友治は「強い感情は忘れません。記憶を失っても、その時感じた強い気持ちは残るんです」と言う。ミヤビの患者を救いたいという情熱や、仲間への信頼、そして自らの人生をあきらめたくないという想いは、記憶にはなくても彼女の心のどこかに蓄積し続けているのだ。

そうした本作のテーマは、各話のエピソードにも表れている。認知症が進んで妻の顔が認識できない絵描きの柏木(加藤雅也)も“心が覚えている”。料理人にとって命である嗅覚を失うエピソードなどを通して、大切なものが欠けても、どこかに何かが残っていることを本作は描いている。それは記憶以外の、身体に刻み込まれた体験が感情を形作り、人を形作っているのだと、視聴者に語りかけている。

連ドラ久々出演の若葉竜也と杉咲花の名演

『アンメット』は俳優たちの芝居も高く評価された。ミヤビ役の杉咲花は、クランクインの数か月前から手術シーンの練習を始め、劇中のミヤビの日記も自ら執筆し、役になりきる努力を重ねた。そのディテールのリアリティの積み重ねが、記憶を1日ごとに失うという、きわめて珍しい症状を抱えたキャラクターを、リアルに感じさせることに成功。視聴者の共感を誘う名演技を披露した。

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杉咲花 (C)SANKEI

相手役の若葉竜也は連続ドラマへの本格的な出演は久しぶり。ボサボサ頭でいつも気だるい雰囲気を醸し出す若葉の独特の存在感が、三瓶という風変りだけど、内に秘めた強い感情を持ったキャラクターに説得力を与えていた。

第9話のクライマックスでは、日本のテレビドラマとしては異例の10分以上続く長回しショットは、杉咲花と若葉竜也の2人の演技派がそろっていたからこそ、実現できたものだろう。

また、脇を固める井浦新(大迫教授役)や岡山天音(綾野役)、生田絵梨花(麻衣役)らも作品をしっかりと支えていた。特に井浦新は、柔和さと底知れなさが同居した存在感で、作品を一段と深めたと言えるだろう。

抑制の効いた演出

本作の成功を支えたもう一つの柱が、説明過剰に陥らず、視聴者の想像力に委ねる抑制の効いた演出だ。出演者の若葉竜也は「従来の民放ドラマではたどり着けなかったようなところにタッチしたい」とインタビューで語っていたが、そのこだわりはスタッフや他の出演者も共有し、作品の隅々にまで浸透していた。

撮影現場では作業のように流れ作業に任せるのではなく、脚本や芝居の真意を一つひとつ突き詰めて、なぜこの人物はこう動くのかという細かいことまで話し合いながら決めていったという。

引用元:若葉竜也、民放連ドラ『アンメット』出演の背景と覚悟 杉咲花は「何よりも人間性が素敵」|Real Sound

病院を舞台にしたドラマでは手術シーンがつきものだが、超人的な手腕を誇張するのではなく、顕微鏡下の精緻な作業と執刀医の息遣い、モニターの音だけで極限の緊張感を生み出すように演出。感動的な場面でも安易に感傷的な音楽をつけたりせず、俳優たちの表情や沈黙、間の取り方で感情の機微を伝えていた。

プロデューサーの米田孝は、キャストとスタッフ全員が「この作品が大切にしていることは何なのか」を深く共有し、同じ方向を向いていたからこそ、本作は成功したと語る。脚本の篠﨑絵里子、音楽のfox capture plan、そして物語に寄り添う主題歌を歌ったあいみょん。全ての要素が有機的に絡み合い、総合芸術としてのドラマの可能性を極限まで追求した。だからこそ、作り手の“本気”が伝わり、物語の世界に没入することができたのだ。

引用元:『アンメット』はいかにして成功作となったのか 米田孝Pが語る杉咲花×若葉竜也らとの共闘 | Real Sound

『アンメット ある脳外科医の日記』は、単なる医療ドラマの枠を越え、記憶、アイデンティティ、そして「生きる」ことそのものの意味を、私たち一人ひとりに問いかけた。静かで、丁寧で、誠実なその作劇は、刺激的な展開だけがドラマの魅力ではないことを証明して見せた。本作が残した深い余韻と感動は、きっと私たちの心の中で「忘れられない記憶」として、長く灯り続けるだろう。


ライター:杉本穂高
映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi